変人の魔法使いと奴隷達

三合 雷人

毒の花

第1話

 今にも雨が降りそうな曇り空。

 とある王国のとある場所、周りは草原と少しの木々がある所に、一際目立つ古びた大きな屋敷。

 その屋敷の一室、棚にも机にも本が山積みされている部屋。

 そこの窓際で揺り椅子に座りながら、曇り空のわずかな明るさで本を読んでいるのは、短い髪も着ているローブも瞳も全てが黒い小柄な少女。

 彼女はヨルカ・アムクルス。

 この屋敷の主であり、王国全土で誰が呼んだのか『変人の魔法使い』と噂される魔法使いである。


 魔法使いの生き方は主に三つ。

 ギルドで仕事を斡旋してもらい、冒険者としてモンスターとの戦闘を中心としている者。

 魔法専門の学校の教師などをして、未来ある若者を指導する者。

 魔法の研究・実験などをしたり、回復薬ポーションなどの薬品を作り、家からあまり出ない者。

 ヨルカはその三つ目にあたる。

 彼女は魔法の研究をしながら、本を読んだりして気ままに過ごしている。

 時々くる仕事をこなし、その報酬をもらって生活をしている。


 ヨルカがゆっくりと、リズミカルに揺り椅子を揺らしながら本を読んでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

「入れ」

 ヨルカの許可が下りたと同時にドアが開いた。

「失礼します。ヨルカ様、紅茶のご用意が出来ました」

 ドアが開くと背が高く、真っ直ぐな金色の長い髪をした、メイド服の美少女がティーカップが乗ったお盆を持っている。

 そしてヨルカに近づくと、ヨルカは読んでいた本を閉じ、メイドに紅茶を渡され、それを飲んだ。

「はぁ……お菓子食べたい」

「もうすぐパイが焼き上がりますので、お待ちください」

「すまないなコルト」

「いえ、我々はヨルカ様の奴隷です。どんなことでも従います」

 メイドのコルトは首に宝玉がついた首輪を触りながらそう言った。

 コルトは奴隷……借金や犯罪などで平民以下の扱いになる存在。

 買われた者はたとえ虐待でも陵辱でも、買ってもらった主人の命令に従わなければならない。

 コルトがしている首輪は奴隷の証。主人の命令に背いた場合、激痛が走る。

 ヨルカはコルトの他に複数の奴隷と暮らしている。

「では、パイの焼き具合を見て来ます」

「ん」

「「ヨルカ様~」」

 今度は違うメイドが部屋から現れた。

 オレンジ色の髪をして、髪を紐でそれぞれ右、左に結んであるのと、つり目、たれ目ということ以外同じ顔の双子が、気の抜けたような口調でヨルカに話しかけた。

「どうした? オーレス、オージス」

「お客様が来た~」

 右側に髪を結んでいるつり目のオーレスが言った。

「お仕事、お仕事」

 左側に髪を結んでいるたれ目のオージスが言った。

「ちっ……わかった」

 ヨルカは不機嫌な顔をしながら椅子から立ち上がり、膝にある本を置いた。

「コルト、パイは客に出してくれ」

「わかりました」

 ヨルカは部屋を出た。



 ***



 ヨルカが屋敷にある応接室のドアを開けた。

 そこはさっきの部屋とは違い、明かりがついていて片付いてある。

 二つあるソファーのうちの一つには、先に綺麗な服を着た四十代くらいの男性が座っていた。

「お前が依頼人か?」

「あ、はい! ワズと申します!」

 ワズという男は緊張した様子で挨拶をし、ソファーから立ち上がった。

「座ってくれ」

「はい……」

 ワズは再びソファーに座り、ヨルカも向かいのソファーに座った。

 それと同時にコルトが応接室から現れて、ワズの前に紅茶と焼きたてのパイを置き、ヨルカの後ろに立った。

「あの……必ず解決してくれる凄腕の魔法使いとから聞いたのですが……」

「まぁ、必ずとは言ったらプレッシャーだな……」

 ヨルカのやる仕事、それはここに来る依頼人の悩みや事件を解決すること。

 ヨルカのいるこの屋敷の主は代々『変人の魔法使い』と呼ばれていて、このキーダ王国の歴代の王様に深く関わりを持っており、王国から来る事件を解決してきた。

 先代が死んでから、依頼は一時無くなったが、ヨルカが現王の末っ子、王国の第三王子を助けたことにより、その噂が流れ、今のように依頼が来るようになった。

 しかし、大抵のことは王国がなんとかするため、ヨルカのやることは普通の人間では解決出来ない魔法関係の依頼が主である。

「それで依頼とは?」

「はい、実は私は王国の西側の地域の領主をしておりまして……」

 ワズの話を簡潔にすると、彼はキーダ王国と友好関係にある隣国、レフ王国に隣接する地域の領主。

 彼には美人で評判の一人娘がいて、たまたまキーダ王国との会議のために町に立ち寄った、レフ王国の王子が娘に一目惚れをし、求婚をした。

 ワズも娘も乗り気だったのだが、王子には母親である王妃が決めた五人の許嫁候補がいた。

 王妃は王子の説得によって、ワズの娘を許嫁候補に入れることにした。

 しかし、その許嫁候補達は次々と謎の死を遂げ、ついには残りはワズの娘ともう一人の二人になってしまった。

 それを聞いたワズは、娘のために王様に相談をし、ヨルカに仕事を回した。

「なるほど……だったらそのもう一人がやった、あるいは雇った暗殺者の可能性では?」

「私もそう思いました……実は一人目が死んだ時に、私も人を雇って彼女達を見張らせたのですが、特に怪しい行動はしてなかったんです」

「ほう……」

「それで最後に死んだ四人目の許嫁候補の死んだ所を雇った人間が見たらしいのですが……突然倒れたらしいんです」

「突然倒れた?」

「はい、聞いてみれば護衛がいたにも関わらず、急に倒れたらしいんです。私はこれは魔法使いによる呪いだと踏んだのですが……」

「なるほど、それで私が……」

「お願いしますヨルカ殿! 妻が死んでから私を支えてくれた一人娘のために、どうかお力添えを!」

 ワズは深く頭を下げた。

「それで具体的には何を?」

「実は五日後、城でパーティーがあるのですが、そこで王子が婚約者を発表するのです。そこでヨルカ殿に来て頂きたくーー」

「犯人を見つけて欲しいか……まぁいいだろう」

「ありがとうございます!」

「その代わり、成功したら報酬はたっぷりもらうからそのつもりで、コルト、準備を頼む」

「はい」

 ヨルカとコルトは応接室から出て、準備を始めた。



 ***



 数分後、ヨルカは荷物を持ったコルト、オーレス、オージスを連れて屋敷から出てきて、先に外で待っているワズと合流した。

「お待たせした」

「ヨルカ殿、大変なんです!」

 ワズが慌てた様子でヨルカに駆け寄った。

「実は馬が倒れて、動けなくなってしまったのです」

 ワズの視線の先には屋敷の前で止まっている馬車と横に倒れている二頭の馬、それを馬車を運転する御者ぎょしゃが看ていた。

「どうだ馬の様子は?」

「おそらく疲れがたまったせいかと、今日一日安静にしないといけません」

「えぇ!? ここからレフ王国の王都まで五日はかかる距離だよ! どうしよう間に合わなかったら……」

 御者の言葉にワズは更に慌てた。

「はぁ……案ずるな、私がなんとかしよう」

 ヨルカがため息混じりに口を開いた。

「本当ですか!」

「ああ、なんならそこの馬車も馬も運んでやる」

「馬車に馬もですか!?」

「ああ」

 ヨルカがローブから取り出したのは、宝玉がついた指揮棒くらいの大きさの魔法の杖。

「ワズ殿、私は世間では何と呼ばれている?」

「えっと……『変人の魔法使い』です」

「今からその理由を教えてやる。オーレス、オージス」

「「は~い。よいしょ、よいしょ 」」

 オーレスとオージスはいきなり服を脱ぎ出した。

「わわ!? いきなり何を!?」

 ワズと御者は見ないように目を隠した。

 双子の脱衣は止まらず、服だけではなく、下着も靴も脱ぎ、一糸纏わぬ全裸姿になった。

 小ぶりな胸も、腰のくびれも、ある程度肉がついた太ももも丸見えだ。

「「準備完了!」」

「よし、では始めよう」

 ヨルカが杖を前にかざした。

 すると、杖の先の空間から光る複数の魔法陣が現れた。

「変異系魔法第三術式、第五術式複合『獣化テージ・オブ・ビスト巨大化ビッガス』発動!」

 ヨルカが呪文を唱えると、杖の先から赤い光が現れて、放たれた。

 その光は魔法陣を通り、双子達に当たった。

「「うっ……」」

 赤い光を受けた双子は、苦しみだした……。

「「あっ……あ……」」

 いや、頬を赤らめ、よだれを垂らしながら恍惚の表情を浮かべ、喘いでいる。

 次の瞬間だった。

「え……」

 ワズは目を疑った。

 双子の背中からオレンジ色の毛が生えた。

 その毛がどんどん広がり、足以外に体毛が生える。

 双子の体がゴキゴキと音を鳴らし、腕が横に長く広がると体の毛より大きな羽が生えて、翼になった。

 足も棒のように細く短くなると、足の指の二本が引っ込み、三本が長く広がった。

 オレンジの頭の髪が引っ込み、唇が大きく前にとんがるように突き出し、鼻と同化して固くなった。

 そして体がどんどん大きくなる。

 それは馬車の馬をも優に越え、屋敷の半分ぐらいまで大きさなった。

 最後に尻から羽が爆発したかのようにバサッと生やすと、双子はオレンジ色の巨大な鳥になった。

「キュイーーーーーーーーー!」

「ピィーーーーーーーーーー!」

「あ、ああ……」

 鳥になった双子の大きな鳴き声に、そしてさっきまでの変身過程を見て、ワズと御者は腰を抜かした。

「驚きましたか? これがヨルカ様の家に代々伝わる『変異系魔法』です」

 コルトがワズに話しかけた。

「へ、変異系?」

「相手が人間であれば、種族や大きさだけではなく、年齢や性別、さらには無機物にも変えることが出来る魔法。える魔法使い、これが『変人の魔法使い』の由来です。ですがご安心ください。ヨルカ様が敵と認識しない以上、私達にしか使いませんので……敵でない場合は……ね」

「は、はい……」

 コルトは笑顔ではあるが、まるで脅しているかのような口振りでワズに話し、ワズはコルトの言葉に体を震わしている。

「オーレスは馬車と馬を頼む。オージスは私達を乗せてくれ」

「「ピィ!(わかった!)」」

 双子は返事をした。

 変身後の声はヨルカにしか通じない。

「では行こうか。こいつらなら一日で着くだろう」

 ヨルカ達はオージスの上に、オーレスはぐったりした馬と馬車を足でつかんだ。

「出発しろ」

「「ピィ! (おお!)」」

 鳥になった双子はバサバサと翼を羽ばたかせ、空を飛んだ。

「「おお! おおぉぉぉぉぉぉぉ!」」

 ワズと御者は空を飛んだことに声を上げて驚いている。

 曇り空に異様に目立つ大きなオレンジの怪鳥は西に向かうのだった。



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