身随
「どないしたんや銃夜。ランドセルばっか見て」
晴安が言う。飯を口に入れながらも、黒い晴嵐のランドセルを突きまわしていた銃夜を不審がったのだ。
「触っても良いけど壊すなよ。あと二年くらい使うんだから」
ぶっきらぼうに、晴嵐が言う。手を洗い、やっとのことで昼飯にありつく彼は、少々、腹の減り具合でか、機嫌が悪い。
「もう四年使っとるから、結構ボロボロやなあ」
晴安が言った。確かに、よく擦れているらしい背当ての部分、持ち手の部分、肩の帯はボロボロと表面の塗装が剥がれて指に付く。
ふと、銃夜がランドセルを突きまわしていると、晴安がまた笑った。
「銃夜、そういうの背負って学校とか、行ってみたくあらへんか?」
晴安はランドセルの金具を弄って、中身を見せる。その中には、銃夜の本の中にもあったような教科書や、見たことも無い挿絵の多い物語、何か棒状のものがたくさん入っているらしい布の箱など、銃夜が今までに触れたことのないそれが、ぎっしりと詰まっていた。
「学校に行けば、友達も出来る。筆の取り方、世の中にどんな人間がいるのかもわかる。その鞄を背負って、そういう場所に行くんや」
その言葉にキラキラと目を輝かせる銃夜と、ギョッと、目を丸くする晴朝と晴嵐がいた。
「いや、あのだな、晴安」
焦る晴朝の顔を見て、晴安は、どないしたん、と、含み笑いを讃える。
「預かれと言われただけで、学習させろ、一人の人間として、表沙汰にしていいとは全く言われてないんだぞ。元々の扱い方からして、社会に出すというのは……」
すらと出る晴朝の言葉は、彼を見つめる銃夜の瞳に掻き消される。しかし、その先も理解している晴安は、少し、無邪気な笑みを以て、それを無に帰す。
「預かれとしか言われとらんから、ええんやん。僕らの好きに扱えいうことやろ? なら、僕は銃夜を一人の人間として、表に出す。戸籍やら法やら、そんなんは僕が適当にやる。宮家の特権とやらを、僕も折角使えるんやから」
そう、晴安は謳うと、銃夜の頭を撫でた。大人達がガタガタと語っている間に、銃夜は皿の上の飯をいつの間にやら平らげて、共に話を流していた扇羽の皿に手を付けようとしている。
「扇羽もええやろ。あそこは小中一貫校やし、日常的にお前も銃夜を見てられる」
コクリと、扇羽が頷いた。その顔は晴安を見て、手で銃夜の匙を押え、自分の分を取られないようにとしている。
「はい。俺が正式に守護者になれたら、銃夜の通学をこちらから打診するつもりでした。こちらとしても都合は良いかと」
ぴくりと、晴安の眉が動く。はきはきとした扇羽の言葉に、引っ掛かりを覚えて、彼は尋ねる。
「まさか、本家筋が銃夜の守護者についてちゃちゃ入れするとは思わんかったけど、元治はんの斡旋やったら、断れへんし、断る理由も、あんまりあらへんしなぁ……」
ぐるりと、晴安の内臓がかき回される様な感覚を覚える。
銃夜の守護者を扇羽にさせたいということを、今朝方、急ぎ早に、元治から連絡をされたのである。彼の話を聞くと、深夜、扇羽と話して斡旋すると決めたらしいが、あの元治の斡旋というのが、どうも気になった。
元治は宮家と毒花を全てひっくるめて、史上最高の呪術師と謳われる、少々厄介な男であった。呪術師は皆、大概がクセの強い者で、他人より自分の興味や信念を優先する所がある。その中の、最上である。呪術師の性質も、やはり濃い。今までに彼がひっかきまわした事件は数知れず。最悪の結末を齎した事件も、晴安は良く知っていた。
その元治が、樒元治が、婿入りした大宮の本家の人間としての立場を使い、更には樒家の最高位としての立場をも使い、義弟の扇羽を、彼の望む地位に当てたのだ。
嫌な予感を感じつつ、晴安は扇羽ににっこりと笑う。
「今は混乱するやろうし、銃夜がもう少しここの生活に慣れ始めたら、契約についても話そうや。とりあえず、銃夜は学校に通わせるんやし、未契約でも、この子のことを守ったってな」
はい、と、扇羽は何の迷いも無く、目を細めて、歯を見せる。銃夜は、自分のことについて話しているのだということだけはわかって、晴安を見ていた。
「はいはい、お話区切れたんなら、早うご飯食べえ。覚めるで!」
やっと座った晴が、晴安の隣でそう言って、立ちっぱなしだった晴朝を座らせる。その時になって銃夜はやっと、晴安が自分のことについて、何か不安を持っているのだと、理解できた。
ガシャガシャと皿を洗う音が聞こえて、銃夜は満杯になった自分の腹を撫でる。腹一杯という不思議な感覚に、銃夜は扇羽の膝で困惑しつつも微睡んでいた。隣では、晴安の膝で、疲れ果てた番犬のように眠っていた葛木が、一つ、欠伸を漏らしていた。
「ほんでな、銃夜」
ふと、晴安の声がして、銃夜は首を持ち上げる。
「さっき晴嵐が見せてくれたランドセルをな、食材の買い出しついでに、百貨店に買いに行こうと思うんやけど」
百貨店という単語に、銃夜は耳を立てる。それは本で読んだことがある。確か、色々なものが売っていて、色々なものが買える場所。そんなような場所だった気がする。それだけ、色々なものが置いてあるのだと長い間妄想をしていて、銃夜は、その妄想が本当かどうかを確かめたくて仕方がなかった。
「行く……!」
咄嗟にそう呟いてしまって、銃夜は顔を赤らめて、扇羽の背に回った。顔の上半分だけを見せて、晴安の表情を伺う。
「よっし。決まりやな。服も新しいの買わなあかんかったし、嫌だと言っても連れて行くつもりやったけど。義兄さん、車出してや」
さらりと出された意味のない言葉に、共に聞いていた扇羽が、何か抜け落ちたような表情をしていたが、銃夜はそれも気にせずに、立ち上がった。
「俺はもう帰る」
立ち上がった晴安の膝から降りた葛木が、全員を見渡して、塀の上に立つ。見下ろして、銃夜を睨んだ。
「じゃあな。扇羽から離れるなよ」
ぴょんと、葛木は塀から敷地の向こうに降りて、何処かに行ってしまったらしい。足音も聞こえず、気配もそのまま消え去ってしまった。
「ほな、行こか」
晴安は、出て行った葛木を見送ると、既に準備していたらしい晴朝と晴嵐、晴を指さして、自分は羽織を着こみ、銃夜に少し薄いパーカーを被せる。
「それも俺のお下がりじゃねえかよ」
駆け寄った銃夜に、晴嵐がそう言い放った。すぐに玄関外から車の動作音が聞こえて、銃夜はそれに耳を傾けながら、首も傾ける。
「仕方がないやろ、お前やって小さい頃は私のお下がり着とったんやで」
晴が晴嵐にそう言うと、彼は車の扉に手をかけて言った。
「赤ん坊の時の話だろそれ! しかもそれ姉さんの産着の話!」
どうやら、二人は姉弟らしいと、その会話を聞いて、銃夜は、二人の会話を観察した。彼らが交わすそれは、何処か愛らしく、怒鳴っているように見えるが、敵意はない。不可思議な情景に、銃夜は首をもう一度傾げる。扇羽が明けた扉に、銃夜は促されるまま立ち入って、ふかふかとした席に身を埋めた。隣にどっかりと座ったのは、扇羽で、更にもう一方の隣に、不機嫌そうに鼻を鳴らす晴嵐が座る。間に挟まれた銃夜は、骨ばった体を、子供らしく肉付きの良い二人の間に、もう一回埋める。
「ほな、行くで」
助手席に座った晴安が、そう笑って、画面に映る地図を弄る。その隣、運転席に座る晴朝が、その画面に触れる度、画面は初期化され、振出しに戻っていた。
さて、いつこの車というものが動き出すだろうと、銃夜は胸を高鳴らせていた。
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