第12話 世界一難しい迷路は日本人が創ったらしいね

お姉さまの腕に抱き着き、僕達は馬車から降りました。

「お姉さま、あれが神殿の入口でしょうか?」

 見た目は新築のローマ神殿みたいに綺麗です。

 なにも無い草原にポツンと建っているのには違和感がありますが。

「多分そうだよ、というより、腕、放してくれない?」

 困った顔のお姉さま、素敵です。

「ね、ねぇ、千冬君?聞いてる?」

「はぃ、お姉さまのお言葉は全て」

「それじゃあ、お姉ちゃんの言う事、聞いてくれないかな?ちょっと困っているんだよね」

「お姉さま、僕の事が嫌いなのですか?」

「そうじゃないよ、そうじゃないから涙目にならないで、私も泣けてきそう」

 お姉さまが泣きそうな原因は僕の涙なら、僕はその涙をぐっと堪えます。

「はい、お姉さま、僕は泣くことを我慢します」

「ありがと、それでさ、そっちで獲物を捕らえるような目をしてないでこっち来てよ、神殿に入ろうよ」

「千冬君を独り占め……」

「許せない……」

「帰ったら覚悟してくださいよ……」

「それともここで置いていってやろうかしら……?」

「怖いよ、ほら皆、アフロさんを見習ってよ、あの全然興味無さそうな目を」

  興味ないというか、やる気が無い目をしていますよお姉さま。

「いや、興味無さそうっていうか、ホントに興味ないからね?」

「アフロも覚悟しておいてね」

「それってとばっちりだよね?私なにも関係ないからね?」

「まぁまず、千冬君をどうにかした方がいいよね?」

「千冬君、こっち来て」

 アフロさんに手招きされていますが、お姉さまと離れたくありません。

「それじゃあ一緒に行こ?それならいいでしょ」

 お姉さまのありがたいお言葉、感激です。

「はい、お姉さま」

 僕とお姉さまは皆さんの方に近づくと、アストさんと千秋お姉ちゃんが前に出てきました。

「それじゃあ千冬、アストさんの方を向いて」

「うん」

 僕はアストさんと目を合うように顔を向けると、アストさんが一言言いました。

「オブリビエン」

 それはどうやら、呪文だったようです。


「どう?」

「千冬君、大丈夫ですか?」

「ん、んん」

「あ、起きたよ」

 僕は、今まで何してたんだろ?

 確か朝ごはん食べた後眠くなって。

 ん?あれここ、どこ?

「あ、皆さん、おはようございます」

「千冬」

「どうしたの?千秋お姉ちゃん」

「千冬!」

 と言うと、僕の首元を抱きしめ、というより、締め付けてました。

「ちょ、お姉ちゃ…ギブ…」

「え?はっ、ご、ごめん、結構力強かったよね?」

「はぁ、はぁ、大丈夫、というより、さっきまで寝っちゃってたよね、ごめんね」

「う、ううん、別にいいの?」

「?」

 何か隠してるような?気のせいですか?

「ところでさ、千冬君」

「どうしたんですか?エミリーさん」

「何も覚えてないの?」

「何がですか?」

「ならいいの」

「何がですか?!」

 何が良いんですか?何が覚えていたら不味いんですか?どの記憶の事を指しているんですか!?

「いいの、千冬君、これ以上は、逝く」

「いく?」

「もう行こ?千冬君、ここで時間割いていても仕方ないよ」

「そ、そうですか」

 確かに、氣志だ。

 じゃなくて騎士団がやってくると不味いですからね。

 前者は別の意味で不味いですけど。

「早く行くぞー、置いてくぞー」

「あ、はい、今すぐー」

 と言うが早いか、僕の言葉を被せてきた人がいました。

「いえ、フィリアさんとアイリスさんは残ってください」

 アストさんでした。

「何故だアストさん、これから神器の回収をしなくてはなんだぞ」

「お二人は、御者の方を守ってください」

「お留守番って事か!?」

「そうです、私達女神や転生者はお二人よりも強力な存在です、しかしお二人はギルドメンバーである前に国王の娘です、そんな人を危険にさらすわけにはいきません」

「そんな理由でなのか!」

「しかし、御者の人を守るのも立派な務めです、ただお留守番という訳ではありません」

「しかしエミリーはどうなる、彼女は転生者ではないから危険ではないのか」

「エミリーさんはエミリーさんで特殊な存在です、戦闘力は私達とタメを張ります、それに、神殿内で怪我をしたら、エカチェリーナ2世が心配するのではないのですか?」

「ぐ、し、仕方ない、フィリア、一緒に守るぞ」

「そうね、それじゃあ行ってらっしゃい、危なくなったら帰ってくるのよ」

「えぇ、それでは行ってきます」

 そして僕達は、神殿の中に入っていきました。


 中は思ったより綺麗で、掃除されてすぐの石造りの部屋と呼んだらいいと思います。

 特に目立った装飾も無く、なにも無い無機質な空間とも呼べますね。

「地下へ続く階段がありますね、降りてみます?」

「他に進めそうなところも無かったですし、降りましょう」

 しかし、真っ暗な空間が続き、神殿に入る前から僕は千秋お姉ちゃんの腕に掴まっています。

「ねぇ、千冬、そんなに抱き着かなくても」

「だって暗いもん、怖いもん、何か出てきてもおかしくないもん」

「だったらこう唱えれば?」

「こうって、何を?」

「ナイトアイズ」

「え、な、ナイトアイズ」

 と言った瞬間、周りが急に明るくなって、階段の奥まで見えるようになりました。

「わぁ」

「これなら怖くないでしょ?」

「うん」

「ところで3人は平気なの?」

「私達には女神の真理眼があるので」

「エミリーさんは?」

「周囲の情報を集めるのは視覚だけじゃないよ?」

「聴覚や嗅覚を頼りに進んでるのね、五感を使いながらってキツいわよ」

「それが出来ちゃうのが私なの」

 フフンと胸を張っていると、エミリーさんの足元が滑りかけて。

「わぁ!」

 そのまま足を踏み外しました。

 幸い、下の段で踏みとどまって、転がり落ちることは無かったですけど、とても危ない状況でした。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、危ない危ない、危うく転がり落ちるところだったよ」

「ナイトアイズ唱えたらどうです?」

「そうする」

 ナイトアイズと唱え、階段を下りていく僕達、すると。

「そういえばさ、地上で御者を守っている2人、よく納得させられたよね」

 アフロさんが話題を振ってきました。

「今のお2人は、親に心配をかけたくないと思う、そういうお年頃なんですよ」

「そういうお年頃なんですか?」

「そういうお年頃なんです」

「千冬君たちってフィリアちゃんとアイリスちゃんと同じぐらいの年だと思うけど、そういう事って無いの?」

「僕達は結構早めに終わったよね」

「結構早い段階で来て、結構早い段階で去って行ったね」

「だからアイリスさんのさっきの反応を見ると、あぁ、僕達もこういう時があったなぁって思いますよ」

「そうなんだ、歳の割に大人なんだね」

「歳の割には余計だと思います」

「千冬に同じく」

 そうこう話を進めていると。

「あ、終わりが見えてきましたね」

 地下1階突入です。

「そういえばこの神殿って、地下何階まであるの?」

「ここが最下層ですよ」

「ふーん、そんなに広くないんだ」

「しかし、この神殿内部はとても広い迷宮になっています」

「迷路ならあれでしょ、左手法をつか」

「使ったところで、十中八九罠にかかるよ」

「それって…左手式がこの迷路じゃ使えないって事?」

「そういう事」

「どうしよ千秋お姉ちゃん!」

「焦るの速すぎでしょ、第1、そんな事は想定済みよ」

「そうなの?」

「そう、ほら、壁をよく見てみて」

「壁?」

 壁を見ても、特にこれと言ったものはないけど……。

「あぁ、もう、この壁って曲がってない?」

「え?」

 僕はもう1度壁をよく見てみました。

 すると確かに、ちょっと内側に曲がっているような。

「つまり、この円形の迷路の中心に神器が隠されているわけ」

「そっか、それじゃあ進んで行こうよ」

「この迷路がそんな単純だったらね」

「へ?」

「だって考えても見てよ、この先にあるのは神器なのよ?普通の迷路の中に置く?それも、普通の円形の迷路に」

「そっか、迂闊に動くと危険なんだ」

「あの、これって円形迷路なんですよね?」

 お?アストさん、なんか閃いたんですか?

「そうだけど?」

「それじゃあ私が左手式で先導します、途中で罠に掛かっても私なら平気なので」

「そうなの?」

「そうなんです、それでは行きましょう」

 そう言って、アストさんを先頭に僕達は進みました。

 進んだんですが。

 びっくりするほどなにも無いんですよね。

 敵も出なけりゃ罠も無いです。

 ただひたすらに進み続つづけと、やっと、異変が起きました。

「ここが次ですね」

 僕達が全員、迷路の奥へ足を踏み入れた途端。

「え、何?何が起こったの?」

「み、皆さん!出口が塞がれちゃいました!」

 さっきまであった、戻る道が閉ざされてしまいました。

「嘘、これじゃ出ようにも出られないじゃない」

「この神殿に非常口って」

「無かったはずだよ?」

 エミリーさんの1言で、絶望の2文字が、頭の中を駆け巡りました。

「と、とりあえず進んでみるしかないよ」

 しかし、進んでもすぐに行き止まりがあるだけで、神器どころか、出口にすらたどり着けない状態になってしまいました。

「?」

 ん?あれ?千秋お姉ちゃん、何考えているの?

「いや、もしかして、曲率は大きくなってきている、でも」

「どうしたの!何考えているの!」

「落ち着いて千冬!」

「落ち着いていられないよ!こんな」

「静かに!!」

 ち、ちあき、おねえ……ちゃん?

「静かにして、一度整理しなおさせて」

「お、おねえ…ちゃん」

 もしかして、嫌われちゃったの?

「もしかすると……いや、間違いない、これ以外ありえない!」

 おねえ……………………ちゃん?

「ねぇ、皆、こっち来て、分かったの、この迷路の秘密が!」

 お……ねぇ………………………ちゃん?

「ほら千冬、何してるの、早く来て」

 嫌われ……ちゃった。

「どうしたの、千冬、ほら早く」

「おねぇ、ちゃん」

「どうしたの」

「嫌いになっちゃったんでしょ?」

「は?」

「だから、嫌いになっちゃったんでしょ?」

「何が?」

「……僕」

「はぁ?」

 やっぱり、元から嫌いだったんだ、僕の事なんて。

「どうしたの?千冬君」

「ごめんなさいエミリーさん、少しの間、2人にさせて」

「う、うん」

「んで、なんで私が千冬の事を嫌いにならないといけない訳?」

「だって、大声で怒鳴りつけて、それで」

「それだけ?」

「……」

 僕は、静かに首を縦に振りました。

 嫌いなのに、どうしてそんなこと聞いてくるの?

「バカね、千冬」

「え?」

「そんな事で壊れる仲なの?私達は、従姉弟の絆ってそんな簡単に崩れるもの?」

「……」

 その質問に僕は、首を縦にも横にも振らず、なにもできませんでした。

「千冬、骨はね、折れたら再生するの、そして再生したら、その部分は前よりも折れにくくなるの」

 おねぇ、ちゃん。

「それは絆も同じ、壊れたら再生する、そしてその絆は、前よりも固く、壊れにくいの、私達の絆は、1度は壊れた、千冬に悲しい思いをさせた、でもね、絆は壊れたら再生されるの」

「おねえちゃん」

「さっきは大きな声を出してごめんね、帰ったら、目いっぱい頭なでなでしてあげるね」

「お姉ちゃん!」

 僕は千秋お姉ちゃんに飛びつき、力一杯抱き着きました、締め付けるぐらい、力強く。

「千冬!」

「お姉ちゃん!」

 それを見ていた3人は。

「いいなぁ」

「うらやましい」

「なにあれ?」

 アフロさん以外羨ましがっていました。

「なにしてんの?あの2人」

「見てわからないんですか?千冬さんと千秋さんの絆が固くなったんですよ」

「きっしょ……」

「ククリヒメ様に怒られますよ」

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