第9話 ピカソの本名は長すぎて、ピカソ自身も正しく言えなかったらしいね

 ベッドで寝ている時が、二番目に幸せです。

 一番はもちろん、千秋お姉ちゃんといる時です。

 つまり今が1番幸せです。

 その時は。

 ベッドに起きた変化にも気づかない位。

(あれ?なんだろ?誰かの匂い、良い匂いだけど、誰の?)

 千秋お姉ちゃんの気配が消え、目が覚めました。

 それと同時に、柔らかいものが顔を埋めています。

(誰?)

 顔を見ると、見たこと無い人です、でもいい匂い。

「あら?目が覚めてしまいましたか?」

 僕は小さく頷き、状況を整理しながら、訊ねます。

「ここって、どこですか」

 その答えは、どこか落ち着くものでした。

「ここは天界です、いわゆるあの世、ということですね」

 天界、神々が住む世界、冥府。

 最後のはちょっと違うかな。

「ところで、貴方は誰ですか」

 欠伸1つした後、その女神は優しい顔で言いました。

「私は、眠りの女神、ヒュプノスです」

「ヒュプノスさん」

「ヒュプノスでいいですのに」

「あの、ヒュプノスさん」

「なんですか?」

「なんで、僕をここに?」

「今まで、辛いことや、大変だったことが沢山ありました、今は休息を取る時です」

「は、はぁ」

 と相槌を打つと、ぎゅっと、僕を抱きしめました。

「目を瞑って、力を抜いて、楽しかった事、嬉しかった事を思い出し、安らかに眠ってください」

 目を瞑って、力を抜いて、千秋お姉ちゃんと居れてる事、千秋お姉ちゃんと一緒に生きている事、沢山思い出せます。

「眠りから覚めたら、あなたは私と居た時間の記憶を失います、でも安心してください、あなたが眠りにつく限り、毎晩あなたはここを訪れます、またお会いしましょう」

 忘れたくない、こんな素敵な場所があるんだから、だから僕は、こう言いました。

「リメンバー」

 この場所と、ヒュプノスさんを忘れない為に。

 視界が真っ暗な世界で、匂いがしました。

 千秋お姉ちゃんの匂いです。

 それと何故か、とても身体が軽いです、まるで今までの疲れがとれたみたい。

 目を開けると、目の前には千秋お姉ちゃん、ではなくアストさんの目が。

「おはようございます、昨日はお楽しみでしたね」

「誤解するような言い方は控えて、それと千冬、いつまで私に抱き着いているの?」

「え?あ。。。」

 よく見てみると、僕が千秋お姉ちゃんに物理的に絡んでいました、

「あ、じゃないよ、寝起き最悪だよ」

「ごめんね、千秋お姉ちゃん」

「いいのよ、でもなんか、妙に身体が軽いのよね」

「あ、千秋お姉ちゃんも?僕もそうなんだ」

 僕と千秋お姉ちゃんが身体を起こし、肩を回すと、妙な事をアストさんが言い出しました。

「それはヒュプノスさまのおかげですね」

「え?ヒュプノ……あ!」

「あ」

 この時、僕達は思い出しました。

 奴等に支配されていた恐怖でもなく、鳥籠の中に囚われていた屈辱でもなく。

 今日見た夢を。

「ヒュプノスさん、夢の中に現れた」

「ヒュプノス、私よりある」

 え?何が?

 何があるのかと思うより先に。

「皆起きろ!パソコンに私たち当てのメールが届いたぞ!」

 朝から元気ですね、朝は弱いです。

「スパムじゃなくて?」

 フィリアさんも起きていたようです、異世界でそんな用語を聞くとは思わなかったよ。

「スパムじゃなくて、ゲルマニー帝国の王族からだ!昨日なんかしたのか」

 帝国、昨日。

 ………。

 思い当たる節しかない。

 ベッドにいる3人に目を向けると、一斉に目を逸らしました。

 皆、僕と同じことを思っていますね。

「急遽今日、戴冠式が行われる」

「パスしよ?」

「ダメだフィリア、メールには出席するようにと書かれていたんだ、パスするわけにはいかない」

「えー、もうちょっと寝てたい」

「えーじゃない、いいから準備するぞ、各々も準備を進めるように」

「はーい」

「はーい」

「はーい」

「はーい」

 歯を磨いて、服を着替えて、僕はそのままでいいんですけど。

 外に出て、馬車に乗せられ、一時間。

「上手くないよ」

 千秋お姉ちゃんからの一言でした。

 いつの間に馬車と御者の人なんて用意できたんですか。

「私が声を掛ければ1発ですよ」

 流石アストさん、ギルドマスターなだけに、顔が利くんですね。

 フィリアさんは僕に抱き着いたまま寝ていて、何故か僕のお尻を触ったまま寝ています。

 これが俗にいうセクハラというものでしょうか?

「ところで、アフロさんはどこに?」

「千冬君のパソコンで調べものしていたら興味深いものが出てたって言って、部屋に籠ってるけど」

 アイリスさんがとんでもないことを言い出しました、僕のパソコン、ちゃんとパスワード認証を設定してあるはずだよ。

「なんでも、別の世界にワープできる宝玉が見つかった、とかなんとか」

「宝玉?」

「うん、それに呪文を唱えると、別の世界にワープできるって」

「へぇ」

「あの、宝玉ですか?」

「そう、宝玉」

「そのような物がこの世界にあるんですね」

「不老不死なんだし、アストさんはそれなりに知っているんじゃないの?」

「いえ、私が持っているのは、この玩具のガラス玉ですよ」

 そう言うと、懐から取り出したのは、まるで宝玉の中に光が閉じ込められているような、宝玉そのものが光であるかのような、眩しくも暖かい光が詰まった宝玉でした。

「……」

 アイリスさんが固まっています、もしかしてなんですけれど。

「それ、どうやって?」

「どうやっても何も、いつも懐にしまっていますよ」

「それ…ニュースに出ていた宝玉」

 やっぱり、それで、なんで持っているんですか?

「前に、今向かっている国へ買い物に出かけたんですけど、その時にこのガラス玉の話をしたら、国家レベルの話になって、科学技術班に渡すように言われたんですよ、でも、これはこれで大切な物なので、同じ仕組みで作った複製を渡したんですよ、偽物ですけど、仕組みや力は本物なので、本物となんら変わりませんよ」

「同じ仕組みでって、アストさん、最初からその宝玉の仕組みが分かってたみたいな言い方していますけど、それについて科学者達から何か言われたりしなかったんですか?」

「いえ、特に何も、一科学者としてのプライドが許さなかったんだと思いますよ」

 自力で導き出したいという思い、でしょうか、今はそれよりも気になることを、千秋お姉ちゃんが言い出しました。

「話が脱線するんだけど、次の王様って誰よ」

「今日王になる人から見て先々代国王の妻、ゾフィー・アウグスタ・フレデリーケっていう人」

「ぞふぃ、え?」

 長い、それと言いづらい。

「あぁ、エカチェリーナ2世ね」

「千秋お姉ちゃん、知ってるの?」

「ゾフィー・アウグスタ・フレデリーケ、又の名をエカチェリーナ2世、ドイツ出身のロシア女帝よ、男に信頼を寄せることは無かったけど、何人もの愛人がいたし、何人も子供がいた、言わばアバズレ女って事よ」

「うわぁ……」

 ちょっと引いたよ。

「でも昔は、何人もの子を産むのが一般的らしいの、産んでもすぐ死んじゃう事が多かったから、生まれてから3日以内に洗礼を受けるのも、そこから来ているらしいし」

 それは悲しいね、でも知識や技術もあまり進歩していない時代だったからね、仕方ないのかも。

「でもそんなアバズレでも、農奴制を緩和したり、いくつもの勲章を授与されていたりで、結構すごい王様でもあったんだよね」

「へぇ」

 凄いなぁ、その人。

 愛人と子供が何人もいることも含めて。

 そうこうしていると、大きなお城と外壁が見えてきました。

「見えてきましたよ、あれが、ゲルマニー帝国です」

 帝国と聞いて物々しい雰囲気の所かと思っていましたが、そんなことは無く、明るい城下町と、人々の笑顔、いつも通りの日常、そんな平和の一言に尽きる街並みでした。

 馬車が進んで、大きなお城の入口に着くと、中には何人ものメイドさんが見えました。

「皆様、お待ちしておりました、戴冠式は1時間後に行われますので、それまでに、どなた様もこちらで用意した正装にお召しください」

 と、沢山いるメイドさんをまとめている感じがするバトラーさんから部屋に案内されると、2,3人の女性がいて、着替えの準備は整っていました。

 しかし。

「あの、僕は男なので、できればタキシードが良いのですが」

「いいじゃない、千冬君、女物の服とか似合うはずだし、今日はドレスで」

「男の子としての尊厳は一応あるんですよ?」

「それでは、千冬様、こちらはいかがでしょう?」

 メイドさんの手の先にあるものを見ると、そこにあったのは、リクルートスーツ(メンズ)を着たマネキンでした。

「え?」

「え?」

 僕と千秋お姉ちゃんは疑問に思います、なんでこんなものがここに?

 第2話でも同じ展開になったような気がしますが、なんで?

「我が国は貿易にとても力を入れています、異国の文化や料理、衣装などを受け入れて、多文化社会を目指しているのです」

 国どころか時代が異なっているんですけど、もっと先の未来の代物ですよ?

 今回という今回はおかしいです、パソコンならまだしも、なんでリクルートスーツ(メンズ)があるんですか、使う機会は無いでしょう。

(リクルートスーツってさ、ある意味正装でもあれば戦闘服でもあるじゃん?だから戦場とかこういう所で、未来の代物を取り入れていこうって事だよ)

 社会的な意味で正装ですけど、これ着て戦場出ている画なんて胸騒ぎが止まりませんよ。

「まぁ、こっちでは就活なんて無いと思いますが、分かりましたよ、それを着て式に出ますよ」

「そうですか、それではこちらにお入りください」

 試着室に入るように誘導され、中に入りましたが、今更ですけど、この部屋だけファッションショップ臭が半端じゃないです、メイドさんが働いているおしゃれなファッションショップとなんら変わりません。

 アキバとかにありそう。

 あれ?そういえばネクタイってどうやって結ぶの?

 就活とかしたこと無いから分からないけど、最近じゃボタンでとめるのもあるらしいですね。

「あの、ネクタイってどうやって結ぶんですか?」

「分からないようでしたら、私が手伝います」

「あ、ありがとうございます」

 試着室から出て、ワイシャツ姿のままメイドさんにネクタイを結んで、ピンで留めてもらい、その上にスーツを着てなんとか完成、多分こんな着方はしないと思うけど、まぁいいや。

「あ、千冬、終わった?」

 千秋お姉ちゃんはリクルートスーツ(レディース)を着ていました、今から向かうのって就活会場じゃないですよね。

「お二人とも終わりましたか、それでは会場に向かいましょうか」

 アストさんはドレス、女性はスーツかドレス、選択可能だったのかな?

 あれ?そういえばフィリアさんとアイリスさんは?

 千秋お姉ちゃんも多分僕と同じ表情をしていると思います。

 どこ行っちゃったんだろう?

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