第23話 弱きものが天に弓引き、八百万に啖呵を切るの巻

 崎山 貴一は「リアルバトルドキュメンタリー☆現代に甦る里見八犬伝」のレポーター、キジシナナキメをいきなり拘束すると、剣崎家の飼い犬、ヤツフサのうんこを水で溶いたものを詰めた水鉄砲を突きつけて人質に取った。


 水鉄砲を突きつけられたナキメは「ヒッ」と怯えた声を上げると、必死に抵抗して崎山の腕を振りほどこうとする。しかし崎山はナキメをガッチリと羽交い絞めにして離そうとしない。

 ナキメの尋常でない怯え方と必死で抵抗する様子からいって、崎山の予想通り、うんこ水を食らう事は彼女にとって拳銃で撃たれるのと同じくらいの、何としても避けたい最悪の事態であるらしかった。

「いいか‼俺たちはお前らにとても腹が立っている。俺たちに対するこのふざけた仕打ち。これが、本当に神様のすることなのか?俺たちみたいな虫けらのような人間なら、さんざん人生をめちゃくちゃにしても全然構わないってどうせ思ってんだろ?違うか?」


 上空に向かって大声で叫んでいる崎山の背中を、不安そうな顔で川崎 瑠偉が何度もつつきながら「やめとけってキーチ。お前、神様相手に何やってんだよ。罰当たるって。ヤベーって。なあ聞いてんのかキーチ?」としきりにたしなめたが、崎山は無視して続けた。


「こいつの体にうんこ水をぶちまけられたくなかったら、俺たちをまず高天原に行かせろ。そして、しかるべき立場の神様に会わせろ。そいつと話をして、このふざけたテレビ番組について俺たちに謝ってもらう。それと、俺たちにもう少しマシな人生をよこせ!」


 神様に向かって、そうタンカを切った崎山を止めようとしたのは川崎 瑠偉だけだった。それ以外の六人は、崎山を止めるでもなく、むしろその言葉にうなずきながら一緒になって空を見上げていた。


 俺たちはヒーローに言いがかりをつけて、卑怯な手を使って倒したロクデナシだ。何の取り柄もなく、もう人生に何の希望もない。これ以上もう何を失うことがある。

俺たちに怒って神罰を当てるんなら当ててみやがれ。それが神の意志だというのなら別に構わん。そのクソのような意志に従って、「お前たちはクソのような神様だったぞ!」と大声で叫びながら死んでやる。

 男たちはそんなことを思っていた。


 周囲がしんとなった。音が止んだ。

 しばらくの間、何も起こらなかった。


 どうした?返事はないのか?と崎山が空に向かって怒鳴ろうとしたその時、空の上から雷鳴のような、ズズーンと腹に響くような低く重い大きな声が響いてきた。


「いいだろう。面白いやつらだ。おまえら高天原にやってくるがいい。

俺の名はスサノオノミコト。謝る相手として不足はあるまい?」


 うそぉ‼スサノオ様が⁉どうして⁉ちょっと待って……なんで⁉と崎山に羽交い絞めにされたナキメがいきなり怯えた声を上げた。ナキメは真っ青な顔をして涙目になりながら、がたがたと目に見えるほど震えだした。


「ちょっと!今からでもいいからアンタたち謝って!ホラ早く!」

 ナキメが泣きそうな声で、必死に八人の男たちに呼びかけたが、崎山はうるさそうな顔でにらみ返すだけだ。


「相手はスサノオ様よ!アンタたちでも名前くらいは知ってるでしょ?恐ろしいお方!」

 確かに、スサノオってのは何となくどこかで聞いた事のある名前だ。しかしその恐ろしさと凄さがいまいちピンと来ていない男たちは、だからどうした?という顔をしている。


「なんで……なんでこんな八百万向けのテレビ番組と一般庶民のトラブルなんかに、よりによってスサノオ様が出てきちゃうのよ……おかしいじゃない……どうしてこんなことに……もう最悪……」

 必死で説得しているのに、目の前のボンクラな人間どもが全く自分の言うことを聞きそうにないので、ナキメは焦ってイライラしながらブツブツと恨み言を言い始めた。その様子を見て、川崎 瑠偉が無邪気に「そんなに怖いの?スサノオって?」と尋ねた。


 すると我慢の限界に達したナキメが、とうとうヒステリックに大声で怒鳴った。

「呼び捨てはやめなさいッ!スサノオ様は恐ろしいお方なのよッ‼何しろ、アマテラス様の忌服屋の屋根に穴を開けて、天のまだらの馬の皮を逆剥ぎにしてそこから投げ込むようなお方なんだからッ‼」


 男たちは、その意味不明なエピソードでナキメがなぜそこまで怯えるのか、理由はいまいちよく理解できなかったが、とにかく乱暴な人だということは何となく理解した。

「だって!……それを見た機織女が驚きのあまり、はずみで織機の杼が股に突き刺さって死んじゃったくらいなのよ‼……どうして?……どうしてあなたたちはこの話を聞いて平気でいられるの……?」

 とナキメは涙目で男たちの顔を見ながら、ガタガタと震えている。


「よくわかんねえけど、とにかく来いって言ってくれてるし、謝る相手として不足はないって言ってんだから謝ってくれるつもりなんだろ?じゃあ行こうぜ?」


 先ほどまでは罰が当たると言って怯えていた川崎 瑠偉だったが、ナキメが怯えている理由がさっぱり意味不明なのと、スサノオの口調がどこか機嫌よさげで、あまり怒った感じではなかったことで安心したのか、コロッと態度を変えていた。


「じゃあ、案内してくれよナキメ。高天原のスサノオ様のとこまで」

「嫌よ私は。須賀なんて恐れ多くて行きたくない!」

「っつってもさ、スサノオ様自らのご指名だぜ俺ら?これで俺たちを連れてかなかったら、お前、後で怒られるんじゃないの?」


 ナキメはうう……と不満げに呻きながら、「スサノオ様のご命令だから行くけど、私は須賀の入口までしか行かないからね?そこから先はあなた達だけで行ってよね」と何度も何度もしつこく念を押すと、両手を広げて目を閉じた。ナキメを中心に地面に光の輪が広がり、八人の男たちを取り囲む。光は徐々に明るさを増し、周囲が真っ白になって何も見えなくなった。


「須賀に着いたわ。スサノオ様の住まわれてる場所ね。あそこに白木の鳥居が見えるでしょ?あの先がスサノオ様とクシナダ姫様の御座所」


 光がまぶしすぎて何も見えなかった状態から、目が慣れて周囲の様子が徐々に見えるようになってきた。

 周囲一面が、吸い込まれそうな真っ青な空。地面はドライアイスのような白い煙で覆われている。自分たちが立っている地面の仕組みが一体どうなっているのかはよく分からないが、おそらくここは雲の上にある世界なのだろう。遠くに白木の鳥居が見え、その奥に白木で作られた高い塀と門が見える。塀の両端はかすんでよく見えないが、とにかく桁外れに大きな屋敷であることに間違いない。


「あとは勝手にあんたたちだけで行ってね。それじゃ!」

 そう手早く言い残すと、ナキメはそそくさとその場を離れ、再び光の輪を出して自分だけを囲むと、どこかに消えてしまった。

 男たちは仕方なく、自分たちだけでとぼとぼと歩いて白木の鳥居をくぐり、その先にある大きな門の前にたどり着いた。


「なんだよ、ナキメのやつ。あいつがあんなにビクビクしてるから、てっきりラスボスの城みたいな、毒の沼とかに囲まれた怖そうな建物に連れて行かれるんかと思ってたけど、なんだか空気の清々しい、すごい良さそうなとこじゃん」

 田崎 満がそう言うと、全員がそうだそうだと同意した。確かに青空はどこまでも青く澄み渡っていて、カラッと乾燥した適度に暖かい空気を吸っているだけで、どこかすがすがしい気分になる。


 男たちが近づくと門がギギイと勝手に開いたので、男たちは中に入った。

 屋敷は八つの塀に囲まれていて、男たちは塀に設けられた門をひとつひとつくぐっていった。最後の門をくぐろうとしたら、その門の扉だけは自動的には開かず、押しても引いてもびくともしない。


「よく来たな、面白いやつらども。俺がスサノオだ」


 地響きのような声が周囲に響きわたり、檜でできた柱や床板がビリビリと震えた。

八人の男たちは、何も言われていないのに自然と扉から離れ、十歩ほど下がったところに神妙に正座して並んだ。

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