第11話彼女の昔話(2)

「アイシャを落とすのは無理だ。いくらおまえでもな……。」


店主は何故だか悲しそうに目を伏せた。


「何でですか?」


オルメカは何か理由でもあるのかと思い尋ねると、店主は少し悩んでから口を開いた。


「1つ昔話をしてやろう。あれはまだアイシャが幼かったころだ。俺の女房が流行り病のケレニエ、つまり血を吐く病にかかり死んだ。そのことにアイシャは大層なショックを受けて口が聞けなくなっちまったんだ。」


「ちょっと待ってください。」


オルメカが口をはさむ。人の話は最後まで聞けよなぁ、と店主がぼやくのを無視して質問を続けた。


「もしかして、店主はアイシャさんの父親なんですか?!」


戸惑いを隠せないオルメカを店主は不思議そうな顔でみて、


「そっくりだろ?」


と返事した。オルメカは、ありえない、ありえないと繰り返し、頭を抱えていると、店主は先を続けるぞ、と話を再開した。


「色々治療を試してみたが、アイシャはいっこうに口がきけるようにならずそのまま数年が過ぎ、その時アイシャを看てくれていた女医と俺は再婚した。そいつはリークという連れ子がいたんだ。」


(意外と店主も隅におけないんだな。)


とオルメカは心の中で呟いた。


「そいつはアイシャの面倒をすごくよくみてくれて、本当にやさしいやつだった。徐々にアイシャはリークに心を許し、口も聞けるようになっていったんだ。」


「『やつだった』ってことは今は違うんですか?」


店主はその質問に苦笑いして、また先を続けた。


「そんなこんなで俺たち家族は上手くやってたんだ。けど、ある日また女房が死んだ。今度は馬車に轢かれちまってな。その日を境にリークは変わった。アイシャに当たり散らすようになり、それから数年後、あいつはこの町を出ていった。」


そこまで話すと店主は胸ポケットから葉巻を取り出しふかした。オルメカは気になったことを店主に訊ねる。


「何でアイシャさんに当たり散らすように?彼女は関係ないでしょう?」


「いや、飛び出したアイシャをかばって女房は馬車に轢かれたんだ。」


少し気まずい沈黙が流れた。


「それで自分が幸せになる資格がないと思っているんですね。」


納得してオルメカが頷くと、店主はそれにかぶりをふった。


「いや、アイシャはリークのことが好きなんだよ。」


「えっ?」


オルメカが間抜けな声を出した。


「まあ、血も繋がっていないし、アイシャにとって頼れるのはリークだけだったからな。リークが自分のところに戻ってきてくれるのを待っているんだろうよ。」


なんら不思議はないだろうとでも言いたげな顔で店主はオルメカを見ると、ぽんと肩を叩き、


「まあ、そういうことだ!アイシャのことは諦めるんだな。」


と言ってその場をあとにした。1人取り残されたオルメカは大きく息をはいた。


「これは厄介な仕事になりそうだな。」


その言葉とは裏腹に彼の顔は嬉しそうに緩んでいた。

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