第8話『茨姫』と出会う(2)

『茨姫』はその言葉に少し顔をしかめた。


「『茨姫』って名で呼ばれるのはあんまり好きじゃないんだ。アイシャって呼んで。」


(なんかイメージと違うな。)


その美しい唇が紡ぐ言葉がぶっきらぼうなことにオルメカは驚く。しかし、彼は先程と変わらぬ笑顔で、


「それは失礼致しました、アイシャさん。」


と軽く頭を下げた。


「いや、大丈夫。あんたの名前は?色男君。」


彼女はぐい、と彼の蝶ネクタイを引き、妖艶に微笑んだ。遠目で見たときにはわからなかったが、口元にほくろがあり、それは彼女の色気を一層引き立たせている。必然的に近くなった距離に彼は困ったような顔をしてみせた。


「名乗るほどのものではないのですが……。セレムとでもお呼びください。」


セレムとは『さすらい者』を指す言葉。彼女はそれを聞きネクタイから手を離すと、その手を口にあてて笑った。


「ふふっ、おもしろい人。またいらっしゃい、セレム。今度はもっとゆっくり話せるように時間を作る。」


そう言うと彼女は先程までしゃべっていた男たちの中に戻っていった。彼も2人のところに戻ると、


「兄ちゃん、結構度胸あるんだなぁ。びっくりしたぜ。」


ジャックは感心したように笑う。


「でも、今のところ望みは薄いかなぁ。」


トムが残念そうな顔をした。


「え、そうなんですか?結構手応えあったと思ったんですけど……。」


オルメカはトムに聞くと、ジャックが妙に芝居がかった仕草でオルメカの肩に肘をかけた。


「兄ちゃん、騙されちゃいけねぇよ。あれが『茨姫』の手口なんだ。彼女はああいう態度を取って客を店に呼ぶ。客がいなきゃ給金がもらえないからな。それも客はわかっているから、手を出そうとはしねぇが……。たまにそれを知らずに手を出そうとするやつがいるんだよ。」


「いやぁ、この前のやつなんてすごかったよな。」


「ああ。あんなこと言われたら、男としては再起不能だな。」


2人は憐れむような視線を宙に向けた。


「あんなことって……?」


オルメカがそう問うと、2人は首を振り、


「「むごすぎて言えねぇ。」」


と同時に言った。


(どんだけひどいことを言われたんだ……。)


オルメカもその男に同情し、2人と同じように憐れむような視線を宙に向けた。


そのあと、3人で酒を浴びるように飲み、オルメカは宿へと帰った。


(食えない女だ……。)


そう心の中でつぶやきながら、オルメカはベッドに横になった。このまま彼女の思い通りに店の客になるのも癪だったので、何か彼女に近付く別の方法はないかと考えていると、ある考えが頭をよぎる。


(よし!そうしよう!!)


彼はおそらく成功するであろうそれを明日、実行することに決めたのだった。

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