第7話『茨姫』と出会う(1)

(『茨姫』。なかなか手強そうだな。)


あれからオルメカは酒場から歩いて約20分程のところにある宿へと2人に案内してもらい、今その部屋にいるところである。2人はオルメカを案内したあと、色々準備があるから2時間後にまた来ると言ってここをさっさと出ていった。


(準備ってなんだ?)


オルメカはその言葉に少し引っ掛かりながらも彼らを待つことにした。


ドンドンドン

彼はドアを激しく叩く音に目を覚ますと、ボーッとした頭でそれを開けた。


「すみません、少し眠ってしまって……。って、何ですかその格好。」


オルメカは驚いて2人を見る。


「へへっ、バッチリ決まってるだろ?」


ジャックが嬉しそうにくるりと一周まわってみせた。トムもはにかみながら、首元に付いた蝶ネクタイをずれてもいないのに位置を直す。


(そんな正装の必要な場所なのか?)


大分ラフな格好をしていたオルメカは焦りを顔に浮かべた。


「今服を着替えますので、少し待っててもらっても」


「必要ねえ!!」


オルメカの言葉をジャックが途中で遮り、自分の持っている大きめのカバンをポンポンと叩いた。


「兄ちゃんの分も持ってきたから、これを着な。」


トムはその袋から少しグレーがかったタキシードを取り出し、オルメカにあわせた。


「ぴったりだな。髪も上げるといい。」


こうしてオルメカはあっという間に着替えさせられた。前髪を少し残して後ろに流した銀髪とタキシードの色がよく似合い、細身に作られたパンツは彼の長くて細い足をさらに際立たせている。


「完璧!!これで『茨姫』も落ちること間違いなしだ!!!」


二人は今度こそ、と瞳を燃やし、引きずるようにオルメカを宿から連れ出した。


「この通りを真っ直ぐ行った所に『セルマーニェ』っていう店があるんだが、そこに彼女がいる。」


暫く真っ直ぐ歩きその店の前に着くと、3人はゴクリと唾を飲んだ。重厚な作りの柱。細かな装飾のほどこされた扉。真っ白な壁に少し蔦が絡みついているのも美しく、その建物はこの通りにあるどの店とも違う異質な雰囲気を醸し出していた。


「入るぞ。」


ジャックがその扉を押し開くと、中から美しい歌声が響いてきた。その店の席はほとんど満杯で人手が足りていないらしく、ボーイたちが忙しそうに食事を運んでいる。3人はかろうじて空いていたテーブルの1つに座った。

そこからその歌声の方を見ると、真っ赤な美しいドレスを身にまとい、スポットライトに照らされる女の姿が見えた。真珠のように美しい肌、大きくて潤んだ瞳、真っ赤な唇。彼女が『茨姫』であることは言うまでもなく明らかであった。

歌が終わり皆が拍手を送ると、彼女は若干カールした艶やかな黒髪を揺らしながらお辞儀をし、壇上を降りると客たちと談笑し始めた。


「あれが『セルマーニェ』の歌姫。通称『茨姫』だ。」


オルメカはジャックの言葉で我にかえると、今までのどんな女とも違う彼女に不思議な高揚感を覚え、ひそかに口許を上げた。そして、オルメカは多くの客たちをかき分け、『茨姫』の前に立つ。彼女と談笑していた者たちは彼の美しさに気圧され、場所を譲った。彼女の美しい瞳が驚きに見開かれるのを見て、彼はお得意の笑みを浮かべる。


「こんばんは、『茨姫』。」


しんと静まりかえった店の中には彼のよく通る声だけが響き渡っていた。

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