第24話 ウサギ男子のティーカクテル その2

 紅茶館閉店後、なぎが展望台の方を通ると、ティールームから黒髪の青年も出てきたところだった。


「湊さん?」

「ああ、こんばんは、なぎさん」


 店長の湊海音みなと あまねだ。爽やかな笑顔に、なぎは会釈をした。

海音は、普段着とは違うワンピースにパンプス姿のなぎに、改めて目を留めた。


「待ち合わせですか?」

「ええ、ちょっとホテルニューグランドで」

「へー、リッチですね」

「あはは、ロビーで待ち合わせするだけですよ。わかりやすいからって。ちょっと遅くなっちゃったから谷戸坂じゃなくて、フランス山を突っ切って行こうと思って」

 

 海音は、自分の店の向こうにある鬱蒼とした木々を見た。


「まあ、まだ明るいから怖くはないと思いますが、僕も元町に用があるので一緒に行きましょうか?」

「元町なら、谷戸坂を通った方が近いですよね?」

「別に構いませんよ」


 にっこりと笑う海音を見上げ、なぎは少し首を傾げたが、構わずフランス山に入る木の橋を通っていった。


「どうですか、紅茶館は?」

「ええ、あれから、少しずつお客さんも増えてくれて。そちらほど流行ってはいませんけど」

「何か困ったことがあったら、何でも言ってくださいね」


『あのゴスロリ双子に、店の手前でお客をかっさらっていくのはやめてもらいたいです』


 という言葉を飲み込み、なぎは作り笑顔になった。


 他愛のない話をして海音と別れた後、絨毯の敷き詰められたクラシカルなホテルのロビーで、ユウを見つけた。


 朝見た時と同じ気取らないシンプルな格好だが、手を振っている彼の貴公子的な雰囲気は、高級感のあるロビーに溶け込み、まったく違和感がない。


「お仕事お疲れ様。あれ、リゼくんたちは?」


「はい、あの、片付けてたらカップを割っちゃって。さらに、厨房でみーくん——ああ、フードの担当が片付けようとして売れ残ったケーキをひっくり返しちゃって」


 ユウが目を丸くした。どうしたらそうなるんだと言いたげだ。


「なんだか大変そうだね」


「ええ、まあ、時々そんな感じでバタバタするんです。遅れたら悪いから私だけ先に来ました。リゼさんと紫庵は後から来ます」


「バーには予約を入れちゃったから、先に行ってようか? 彼らにはニューグランドに着いたら電話をくれるように言っておいて」


「あの人たち、携帯は持ってないんです。まだお店にいるか、電話してみます」


 不思議そうな顔のユウから少し離れ、なぎはスマートフォンから電話でリゼに告げた。


 バーの白い扉を開くと、真っ先に目に飛び込んだ巨大な窓から見える港、帆船をイメージした半月型のホテルに観覧車、みなとみらいの風景が一望できるそのバーは、壁の下の方に赤い煉瓦が貼られ、レトロなランプが壁にかかっているフランスのカフェのような明るい雰囲気だった。


 女性のチーフ・バーテンダーは、他の男性バーテンダーと同じ白いシャツに黒いベストという出で立ちで、カウンターでなぎとユウを迎えた。

 女性が入りやすい雰囲気の店だとわかると、なぎは安心した。


「『港の見える紅茶館』は知ってるでしょう? 一度閉店したみたいで、梓さんは旅行中らしいんだけど、そこがリニューアルして、今はお孫さんのなぎさんが経営してるんだよ」


「そうなんですか。梓さんはよくここにもいらしていて、ブランデーをお飲みになってましたよ」


「おばあちゃんが、バーでブランデー!?」


 なぎは驚いて、女性バーテンダーを見上げた。


「カルヴァドスというりんごのブランデーをロックで召し上がったり、カクテルにするのもお好きでしたよ。特に『ティーカクテル』が」


「カルヴァドスも紅茶とかコーヒーに入れると美味しいんだよね」


 女性バーテンダーに、ユウが続く。


「りんごのブランデーでカクテルなんて美味しそうですね! 今日はいろいろ教えてください!」


 なぎの瞳が輝いていくのを、ユウもバーテンダーも微笑ましそうに見ていた。


「そう言えば、アユムくん、今日来られなくなったんですって?」


 女性バーテンダーが言うと、ユウが困った笑顔になった。


「そうなんですよ、休みだって言うから誘ったのに。昨日の夜、スマホ見ながらウィスキー飲んで寝落ちして。冷房付けっ放しだったから風邪引いたって。まったく、独り身は、起こしてくれる人がいないからこういう時困りますよね」


「そういうあなたも、まだ独り身でしょう?」


「そうですね」


 女性バーテンダーとユウが笑い合うのを見て、なぎもいた。


「独身でしたか」

「モテる人は結婚遅いのよね」

「別にそんなんじゃありませんよ」


 さらっと否定するユウを見ながら、なぎは大いに頷いた。


「確かに、モテそうですもんね」

「そんなことないって」


 予約していたテーブル席に着くと、ユウが、紅茶と酒を組み合わせたレシピと作り方、スマートフォンで撮った写真を見せ、なぎがメモを取っていると、やっとリゼと紫庵が駆けつけた。


 アイスティーのグラスの縁にレモンスライスを飾った写真を、リゼが指差した。


「レモンティーですか?」


「白ワインを使うガーデンティーだよ。レモングラスを使ってるから、レモンの風味でスッキリするよ」


「ホットレモンティーの時は、ポットに茶葉を入れる時にレモンの皮をピールするんですが」


 レモンの皮を小さく切り、折りたたんで果皮のオイルを飛ばし、香り付けをすることだった。


 ユウの瞳が輝く。


「カクテルのピールと一緒だね! カクテルでは、最後に香り付けで吹き付けるんだよ」

「そうなんですか!」


 リゼもワクワクと顔を輝かせた。

 ウサギ系男子が二人で仲良く楽しそうだとなぎは思い付くと、微笑ましくて笑いがこぼれる。


「梅酒を使った梅の実ティーも美味しそうね!」


 ロックグラスに梅の実が一つと氷がゴロッと入った写真を指差したあと、なぎが尋ねた。


「おばあちゃんが飲んでたっていうティーカクテルは、どれですか?」


「実物を注文してみる?」


 優が注文すると、しばらくして、なぎと紫庵、リゼの前に、切ったりんごをピンに刺して飾られたカクテルが置かれた。


「わぁ、かわいい! 鮮やかな紅茶の色ですね! このグラスの縁に付いている粒々は何ですか?」


「グラニュー糖、スノースタイルっていうカクテルのデコレーションの仕方だよ。砂糖ごと中のお酒を飲むんだよ」


 なぎがグラスに口を付け、そうっと口の中に流し込む。


「りんごの香りがするわ。甘いけど、紅茶のせいか、さっぱりしてるのね」


「今度実際にやってみせるけど、スノースタイルは、レモンを半分に切って、グラスを回しながら縁に果汁を付けていくんだけど、この場合はせっかくだからカルヴァドスを使おう。小皿にカクテルグラスの口が来るように逆さに置いてから、別の小皿にグラニュー糖を平らにしたところに、グラスを逆さにしたまま置くと縁にだけ砂糖が付く。カクテルだと塩を付けることが多いけど。その後でシェイカーで振ったお酒を入れるっていうやり方だよ」


 ユウが身振り手振りで説明すると、三人は興味深い表情で頷いていた。


「ぼく、シェイカーも使ってみたいです。アズサが飲んでいたこのカクテル、作ってみたいです」


 リゼがツヤツヤと頬を染めてユウを見ていると、ユウも笑った。


「好みでりんごジャムを沈めてもいいよ」


「わぁ、それも美味しそうですね!」


「ピーチティーも桃を切ったり、ミントの葉を潰したりする手間があるけど、ジャムとリキュールが入るから美味しそうだよね。夜の部は弥月は暇だろうから、桃を切るのはあいつにやらせて、リゼと僕が作成すれば出来そうだな」


 紫庵も興味深そうにレシピを見て言った。


「梅酒、赤ワイン、ウィスキー、ブランデーはそのままでも、炭酸で割って出してもいいし、ホットティーにも入れるのは、リゼくん、紫庵くんならよく知ってるよね? カルヴァドスも入れられるし。ホットティーのカクテルは、外が涼しくなった頃にメニューに入れると良さそうだね」


 ユウの言葉に頷いたリゼが、写真を店のパソコンに送って欲しいと頼むと、ユウは快く、その場でスマートフォンから送った。


「明日にでも、みーくん、博士とも相談してメニュー検討してみましょう!」


 なぎがリゼと紫庵にそう言ってから、ユウを見た。


「何から何までご親切にしていただいて、本当にありがとうございました!」


「いやいや。僕のお店でも多少は出してるけど、ここまでは出せないから、そちらで出してくれるなら嬉しいよ。時間帯が同じだから夜の方はお客さんとしてあまり行かれないと思うけど、時々は行かせてもらうね」


 一通り話が終わると、ユウはジントニックからウィスキーのロックに切り替え、リゼと紫庵はジントニックからウォッカトニックにしてみた。


 バーの自家製梅酒をソーダ割りにして飲んでいたなぎは、ブラーバックというカクテルに。カルヴァドスをジンジャーエールで割り、レモンとライムを飾ったものだ。


「カルヴァドスはストレートでもロックでも美味しいし、ウィスキーみたいにカーッと来なくて、甘味があって飲みやすいよ。お酒を飲み慣れてなければ炭酸で割ってハイボールでもいいし、ジンジャーエールとか甘味のあるものと組み合わせても飲みやすいよ」


 という、ユウのアドバイスによる。

 

「ところで、リゼくんと紫庵くんは、どうやって梓さんと知り合ったの?」


 何気なく尋ねたユウの質問に、なぎはハッとした。


 そうよ。そもそも彼らはどうやって、おばあちゃんと……?


「僕がまだ駆け出しのバーテンダーだった時に、たまに紅茶を飲みにいくと梓さんが気にかけてくれてね。自分のおばあさんみたいに思って話してるつもりになってたんだ。それ以来、時々紅茶を飲みに行ってたけど、きみたちには会ったことがなかったから」


 紫庵がリゼをちらっと見ると、リゼは紫庵の方を見ることなく語り出した。


「アズサが昔から飼っていたウサギと猫が寿命で死んでしまって、すごくさびしい思いをしていたそうです。その時くらいに、アズサの友人を通して出会いました」


 なぎは、「ん?」と首を傾げたが、ユウは「ああ!」と膝を打った。


「そう言えば、中庭に、うさぎと猫がいたことあったね! お店からちらっと見えたから、うさぎを飼ってるのか訊いたら、飼っていたのが死んでしまって、しばらく気落ちしてたから友人がくれたんだって言ってたよ」


「そのウサギたちを連れて来たのが、僕たちなんですよ」


 リゼの横から、紫庵がにっこり笑顔で答えていた。



【ティーカクテル】


茶葉 6g(アップルティー)

熱湯 140ml

白ワイン 90ml

りんご 数片

カルヴァドスなど好みのリキュール 少々

グラニュー糖 適量


①カクテルグラスの縁にカルヴァスを付け、グラニュー糖を付ける。(やり方は作中に)

②茶葉と熱湯でアップルティーを作る。

③シェイカーに②の紅茶、白ワイン、氷を入れ、シェイクする。

④③をグラスに注ぎ、りんごを飾る。好みでりんごジャムを入れても。



【ピーチティー】(カクテル)


茶葉 6g(ダージリン・ファーストフラッシュ)

熱湯 200ml

白桃 1/2個

ミントの葉 数枚(飾り用も)

桃ジャム 大さじ4

氷 適量

ブランデー、コアントローなど好みのリキュール 少々


①桃をくし型切りにし、ミントの葉を数枚叩いて潰す。

②アイスティーを作る。

③グラスに桃ジャム、氷、潰したミントの葉を入れ、②の紅茶を一気に注ぐ。

④リキュールを少々振って、白桃を沈め、ミントを飾る。


桃ジャムの代わりにりんごジャム、マーマレード、ぶどう+ブルーベリージャムでも。

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