第21話 沖縄でのんびり……なんてムリ!

「沖縄グー! 最っ高!」


 白い砂浜で走り回る弥月を、なぎとありすはパラソルの下から眺めていた。


「わあ〜! 星の砂があるぜーっ!」


 弥月はしゃがみこんで星の形をした砂を拾い始めた。


「みーくん、元気ね。あああ〜、疲れた〜!」


 なぎは丸い白いテーブルに俯せた。


 グアムで一泊すると、部屋で、ありすの持っていたリゼの時計を弥月が触った途端、誤作動が起き、なぜか沖縄に来ていた。


 白い半透明なトンネルのような中にいるような感覚だった。

 トンネルの外側の景色があまりにも早く移動しているような、色々な絵の具で真っ直ぐにたくさんの線を引いたように見えた。


 長かったようにも短かったようにも思えた。

 線だった景色が徐々に歪み、石を投げ込んだ水面のように波打つと、公衆トイレの洗面所の鏡から三人は飛び出したのだった。


 幸い、そこに人はいない。

 トイレから出てみると、閑散とした公園であった。


 懐中時計を見たありすの話によると、沖縄の島の一つにいることが判明した。


 なぎは血相を変えた。


『ちょ、ちょっと待って! 荷物だって置いてきちゃったし、チェックアウトして、飛行機で空港まで戻らないとパスポートにちゃんと記録されてないっていう、おかしなことになるわ!』


 弥月には、なぎとありすがグアムに戻り、なぎが地道に羽田空港に着いてからここに戻ると言い聞かせ、二人は公衆トイレに向かう。

 洗面所の鏡に手をかざしたありすと、手をつないだなぎは、表面が柔らかくなったと思えるような鏡の中へと入っていった。


 数時間後、げっそりした表情のなぎが、羽田空港でありすと落ち合うと、人がいなくなるのを見計らってから、鏡のある場所から時計を使って移動し、今に至る。


「まったく、リフレッシュ出来たと思ったら大慌てで行ったり来たりで、なんなんだか。しかも、みーくん、ロクにグアムで遊んでないんじゃない?」


「そうね」


 平淡な声のありすも頷いた。


 その時だった。


「弥月ー!」


 女子の呼ぶ声に、弥月が顔を上げた。


「あっ、ハナちゃーん!」

「きれいな形の星、見つかった?」

「うん、見つけたよ! これ皆ハナちゃんにあげるよ!」

「あはは、大丈夫さ〜! ウチはここから近いから見慣れてるさ〜」


 日傘をさした、白い肌に黒い大きな瞳、目鼻立ちのはっきりとした二十歳ほどに見えるハナは、あどけなく笑っている。


「ねえ、ありすちゃん、みーくんて沖縄に知り合いがいたの?」


 ありすは首を横に振った。


「沖縄来たの、初めて」

「そっか。じゃあ、さっき、わたしたちがいない間に、あのと知り合ったのかな?」


 なぎの思った通り、彼女とありすが不在のたった数時間の間に、弥月とハナは偶然知り合ったようだった。


「あなたたちが、ありすちゃんとなぎちゃん? 初めまして。弥月から聞いたさ〜!」


 ハナが、人懐こく明るい笑顔で話しかけた。


「ウチ、ペンションやってるさ〜。弥月から頼まれて、ちょうど空いてるのがあるから泊まっていっていいさ〜!」


 関東とは違うイントネーションに、なぎは、なんだか癒される気がした。

 長い黒髪をシュシュで無造作に結い、黒目の大きいハナの笑顔は愛くるしく、なぎには眩しく見えた。


 素敵な笑顔だなぁ。可愛いし。


 明るい生地にハイビスカス柄のTシャツ、短パン姿だが、充分女子力が高く、どことなく色気も感じられるように、なぎには見えた。


 ……わたしも、こうだったら、もうちょっと自分に自信持てたのかな。


 地味な見た目の自分にはない部分を持つハナを、少し羨ましく思ってしまった。


 ハナに案内されたペンションは、外観は平屋の小屋のようだったが、中は一般的な家のように広く、綺麗な部屋であった。

 ダイニング・キッチンにはTVもあり、壁に小さな額縁までいくつか飾ってある。


 二部屋に分かれていて、ありすとなぎが同室で、弥月がひとりでもう一部屋を使う。


「ウチはこの近所なの。なにかあったら、そこの通りを右に曲がって少し行くと居酒屋があって、そこの二階だから」


「うん、わかったよ! 後で行くから!」


 元気よく応える弥月に、なぎは思わず訊いた。


「みーくん、お酒飲めるの? 二十歳越えてるの?」


「えっ? 十八じゃダメなの?」


「日本ではね。外国人でも守らないと、みーくん以外の周りの大人が罰せられちゃうのよ」


「ええっ!? そうだったの!?」


 やっぱり二十歳行ってなかったかと、なぎは弥月を横目で見た。


「なんだ、弥月、年下だったの〜? 私は二十歳になったから飲めるよ〜」


「わっ! ハナちゃん、年上だったのかぁ〜!」


 浮かれているようにも見える弥月を、なぎは注意深く見つめていた。




 翌日、親切にもハナが、珊瑚の見られるグラスボートの乗り場に案内した。この島の珊瑚は綺麗なんだよ、と言いながら。


 ボートの底は強化ガラスになっていて、足元を見るだけで、青緑色の世界を見下ろせる。

 珊瑚礁の合間を、黄色や縞模様の魚が悠々と泳いでいき、イソギンチャクやヒトデも見付けられた。


「きれい。広い」

「ね〜っ!」


 ありすが呟くとハナが嬉しそうに反応し、なぎも弥月も楽しそうに頷いた。


「向こうのお土産屋さんでコーヒー飲めるよ」


 ハナが気前良く案内した店の一角では、ちょっとしたカウンターと、二人がけのテーブルと椅子が三つほどのカフェコーナーがあった。


 店の売りである黒糖入りのアイスコーヒーを頼む。


「コクがあって美味しいわ……!」


 通常のコーヒーには感じられない甘さとコクを、なぎは面白いと思った。気に入ると病み付きになりそうだ。


 ハナと一緒に土産物を見てはしゃいでいる弥月のことは放っておき、なぎはコーヒーを堪能していると、ふと思い付いた。


「ねえ、ありすちゃん、この黒糖って、紅茶にも合うんじゃないかしら?」


 ミルクをたっぷり入れた黒糖アイスコーヒーをストローで飲んでから、ありすは頷いた。


「合うかも知れない」

「だよね! ホットでもアイスでも、アイスミルクティーでもイケるかも知れないわよね!」


 なぎは、自分の思い付きに賛同が得られて嬉しかった。

 黒糖を土産に買うと、リゼや紫庵たちにも教えたくなった。


 同時に、土産コーナーにあった塊の黒糖を味見した弥月は、黒糖を使ったパウンドケーキやクッキーを思い付いた。

 ハナも、それ美味しいよと太鼓判を押している。


「なんか作りたいものが色々浮かんできたぜー!」


 弥月が喜んでいる。

 どうなることかと思った旅行でも、弥月がやる気になってくれるなら良かったと、なぎはホッとした。


「マンゴーやグアバはドライフルーツでもイケるし、ココナッツも粉とフレークがあるのかぁ! 色々試してみたくなってきたぜ!」


 ハナの家が経営する居酒屋に寄り、弥月とありすはパイナップルジュースを、なぎはオリオンビールを飲みながら、ゴーヤチャンプルーをつまむ。


「これって何?」

「ミミガー、豚の耳さ〜。ポン酢で食べると美味しいよ」

「ええっ、耳食べるの? 耳はちょっと勘弁して」


 弥月は、おびえて自分の耳に手を当てた。

 ウサギは耳が敏感だからだろうか? と、咄嗟になぎは思った。


「弥月って面白〜い! かわい〜っ!」


 ハナがコロコロ笑う。


「そ、そうだ! なんかオススメのフルーツある?」

「沖縄のフルーツはなんでも美味しいさ〜!」

「あ、さっきハナちゃんが教えてくれたサーターアンダギーも作り方教えて! オレ、作ってみたい!」


 意気投合している弥月とハナを見つめ、なぎはにこにことつまみを口に入れ、ありすは太い麺のソーキソバをちゅるちゅるとすすっていた。




「ええ〜〜っ! ハナちゃん、結婚してるの〜〜!?」


 弥月の悲痛な叫びとも取れる残念な声が、夜空に響き渡った。


 店を出てペンションに向かおうとなぎもありすも一歩進み出たところで、その声に驚いて振り返った。


 ハナは困ったように笑った。


「十九で結婚したさ〜。ここはウチの実家で、ダンナは近所の幼馴染み。ちょっとだけ年上だけどね」


 変わらない癒しの笑顔を向けるハナを、穴のあくほど見つめている弥月は身動き出来ないようだった。


「……そ、そっか……。そうだよな、ハナちゃん、やさしいし、かわいいし、大人だし……幼馴染みがいるなら、放っとかないよな……」


 力なく笑う弥月を、なぎは鋭く横目で見た。


 わたしのことは子供って言ったよね?

 体型か? 体型なんでしょ?


 ハナは笑顔はまだあどけなくても、出るところは出ている女性らしい外見だった。


 やっぱり、みーくんも男なのね。

 じとっと弥月を見ているうちに呆れていく。


 ペンションに戻ると、弥月はリビングのテーブルに頬杖をついてぼーっとしながら、無言でテレビを見ていた。


 なんだか口数が減ったなと思うと、なぎはハッとした。


「ね、ねぇ、みーくん、この旅行でリフレッシュして、新しいティーフードのアイデアはいくつくらい浮かんだの? お店に出したら女子受けするような……」


「……なんも浮かばねぇ……」


「ええっ! そんな! だって、さっきは作りたいもの色々浮かんできたって言ってたじゃない!?」


「……ああ、ハナちゃん……!」


 テーブルに俯せると、めそめそと泣き出した。


「そ、そんなに好きになっちゃったのー!?」


 おろおろと、なぎは慌てた。


「だ、だって、まだ知り合って二日で……そんなことって、ある?」

「だって、……かわいかったんだもん!」


 わあっと泣き続ける弥月の横で、なぎはどうしていいか、どう慰めていいかわからなかった。


「……」


 気が付くと、ありすまでがしくしくと泣き出した。


「ええっ!? ありすちゃんまでどうしたの!?」


「……えほん……リゼ、……リゼ……」


「……いったい、どうしたの? 二人とも……」


 茫然と口の中で呟くと、なぎは成す術なく、二人を交互に見つめるしかなかった。

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