第6話




 全ての料理が完成し、それを受け取った香夜自身が嬉々ききとして居間に運ぶ。作ってくれた柊に、礼を言うのは忘れない。


 空腹は最高のスパイスと言うが。ここまできたら、もっと最高の食事を楽しむ為に。春の庭がよく見える場所で、食事を摂ることにした。


 白に桃色、藤に橙。色とりどりの春の花が、風に乗って多くの花びらが舞い踊る。香夜の元までそれは届き、屋敷をいろどる1枚の絵のようだ。



「…おいし、」



 絵のように美しい光景を眺めながらの食事は、最高に美味しい。はしは止まらず、ゆっくりと味わっているつもりでも。あっという間に完食してしまった。


 頃合いを見計らって、椿が熱いお茶を盆に乗せやってくる。食後のお茶を飲みながら、無表情のままの彼女に。それとなく子供の様子を尋ねた。



「あのままでは、あまりにも汚ならしかったので。湯で体をきよめ、衣服を調え布団に寝かせましたわ。その間、1度も目覚めておりません」



 無理もない。怪我だけでなく、疲労も相当溜まっているようだった。幼い子供にとって、それは過酷かこく過ぎると言っても決して大げさなことではない。


 目覚めるまで、時間がかかるかもしれないが。起きたらきちんと傷の手当てをして、今後のことを話し合わなければ。特に、あの布切れのことについて。



「そんなに気になりますなら、たたき起こせばよろしいではありませんか」

「相も変わらず容赦ようしゃのないことを言うわね…」



 どうしてここまで、厳しくものが言えるのか。それは椿だからと返すしかないのだが。それにしても、子供に対する当りが強い気がした。



「香夜に助けられて、甲斐甲斐かいがいしく面倒をみてもらっているというのに…甘やかす必要はないと思っただけですわ」



 何においても、どれだけ差し引いても。全ては香夜の為だったようだ。わかっていたことだが。


 香夜に仕える者として、当然の責務せきむであり。その忠義心ちゅうぎしんは、尊敬そんけいあたいする。


 しかし、だ。香夜自身が連れて帰り、助けると決めた幼い子供にまで。厳しくする必要はあるのかと、是非ぜひに問いたいところではある。


 積極的せっきょくてきに子供に構えとは言わない。だがせめて、無表情と厳しい態度と口調だけでも改めてほしいと思うのは。香夜の我が儘になるのだろうか?



「こうなるまでの過程かていで、不敏ふびんな目にあったのだから。今だけは優しくしてあげてと言っているのよ」



 柊のように、とまでは言わない。それは決して、椿には無理だと決めつける訳ではないのだが。向き不向きというものがある。


 香夜に対してなら、いくらでも優しくなれる椿だが。その他の者…特に赤の他人には。冬に吹き荒れる吹雪よりも、冷たく厳しいものになる。


 かといって、身内にも厳しすぎるのかと問われればそうではない。屋敷で共に働く柊とは、長い付き合いもあって。それなりに仲が良いし、関係も良好だ。


 カッとなりやすい椿を止めるのは、大抵たいてい柊の役目だった。滅多めったなことでは怒らない柊との相性は良く。椿が珍しく素直に礼を述べる、数少ない人物なのである。



「とにかく、椿の手に余ると思ったらすぐに柊と交代すること。私でもいいけれど、あの子の場合は柊の方が適任でしょうよ」

「承知いたしました」



 暖かく柔らかい春の風が、香夜の白いほほでるように優しく吹いた。和やかと思ったのも束の間。この穏やかな一時ひとときに、そぐわない気配を感じる。


 屋敷の結界に影響えいきょうが出るほどの大きな『気』。外からの来訪者らいほうしゃかとも思ったが。どうやらこれは、内にいる者の仕業しわざらしい。


 そばにいた椿の顔が、鬼の御面相ごめんそうに変化していくのを目の当たりにして。本気でまずいことになる前に、早急に片をつけなければならないと。重い腰をあげ、原因である者の元へ向かった。





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