第3話 決戦! 棋王三賢者!!
「ついにここまで来たか」
コマジロウと青年は帝国内にある、棋王の間の前に辿り着いた。
「この扉の向こうにヤツがいる……」
コマジロウが扉に手をかけたその時、鋭い眼光を放つ者がいた。
「そこを通るには俺たちを倒してからにしな」
コマジロウが振り返ると、小太りのスーツを着た男性と、眼鏡をかけた男性が一寸盤を抱えて立っていた。
「あっ、彼らは棋王三賢者の残り二人! 力戦のダニィとヤマン・ヤマン!!」
青年の驚嘆が広間に響き渡る。ダニィとヤマン・ヤマンは今までのモヒカン達とは違い、本当の殺意を放っていた。
「丁度、二人づつ居ることだ、ここは同時対局といこうじゃないか」
小太りの男が青年の前に一寸盤を置く。
「おっ、俺は将棋は指せないんだ。やめろ、死にたいくなっ」
「いいだろう。その代り、賭けて貰うぞ。貴様らの命を!」
狼狽する青年をコマジロウが遮る。
「心配するな。いつも通りに刺せばいい」
「決まりだな。行くぞ! 対局開始ぃい!!」
コマジロウの前にはヤマンが座った。お互いに歩を五枚握ると豪快に投げ付け合う!
「大橋流! 五連歩!!」
「伊藤流! 五枚返し!!」
互いの歩が宙を舞い、盤外で激しくぶつかり合う! これが二人の開戦合図となった。
「あっああ、コマジロウさんの対局が始まってしまった……」
戸惑う青年に、ダニィの右ストレートが炸裂する。激しく血を撒き散らしながら飛ぶ青年。
「おいおい、こっちも始まってんだぜ? 知らないのか? 対局が始まったら、盤から目を離しちゃダメだってよおおお!!」
ダニィは倒れた青年を掴み上げると、そのままボディブロウを数発お見舞いする。ダニィは意識が混濁とした青年を無理やり将棋盤の前に座らせた。
「けっ、指さねえのか? それなら俺から行くぜぇ!」
初手2六歩、ダニィはゆっくりと飛車先の歩を伸ばしていった。
コマジロウとヤマンの対局は初手から定跡外れ、超力戦模様となった。
お互い、居玉どころか、歩以外の駒は動いていない!
コマジロウは、盤上の歩を掻っ攫うと、相手玉に向かって投げつける! その速さはマシンガン。将棋盤は派手な音を立て穴を開けていく!
ヤマンは冷静に玉に当たりそうな駒を素手で受け止める。盤上には月面のように大きなクレーターと、お互いの玉がぽつんと残っているだけになった。
「ふっ、横歩取りか。小癪な真似を」
駒を捌き切ったヤマンはニヒルに広角を上げる。
「さて、持ち駒は整った。次はこちらから行くぞ?」
ヤマンが駒台に手を伸ばす、そこには先程打ち込まれた無数の弾丸が置かれていた!
青年は未だ、意識を失ったままでいた。青年の駒は一つも動いていない。
対する、ダニィの戦型は棒銀穴熊、最強の盾と最強の矛だ。
矛盾という言葉の意味はダニィの前では意味をなさない。何故なら、それがダニィの強さだからだ。
「五十秒~、一、二、三」
ダニィが眼鏡のフレームに手を掛けながら、男前の声で秒を読む。それは青年への死のレイクエムであった。
ヤマンは勝ちを確信していた。何故なら、盤上にあるコマはお互いの玉だけ、残りの駒は全て、ヤマンの駒台の上にあるからだ。
圧倒的有利なこの盤面で勝ちを確信するのは奢りではない。きっと、誰だってそうだ。
ヤマンの銃弾が炸裂する直前に悲劇は起こった。
三枚目の飛車が、ヤマンの玉に突き刺さっていたからだ。
「なっ……」
「駒が四十枚しか無いと思い込んだ、お前の負けだ」
ヤマンは隣の盤に目を移す。青年の飛車がどこにも無い。そう、コマジロウは青年の駒を取っていたのだ!
「安心しろ、取るのは玉と命だけだ」
コマジロウは低い声でそういうと、ヤマンの心臓を貫いた。
青年は夢を見ていた。それは幼い頃、父と将棋を指していた頃の夢だ。
「青年よ、穴熊はこうやって破るんだぞ」
父はアマチュア県代表の強さを誇る、自慢の父だった。
その駒捌きは魔法のようで、マジシャンオブファザーの通り名で呼ばれるほどだった。
あの時、父はどうやって囲いを崩したのだろう。朦朧とした意識の中で青年はそれを思い出した。
「八、九……」
ダニィの秒読みが終わるその時、青年の手が光より早く動いた。
それはまさに光速の寄せ。突然の事にダニィは囲いを維持することで手一杯になる。
「見える。見えるぞ。貴様の投了図が!」
青年は思い出した。かつて、詰将棋では誰にも負けなかった頃を、誰よりも早く、敵玉を詰せていたあの頃を!
駒音が鳴り響く、圧倒的優勢となったその時、青年には一つの見落としがあった。
「なっ、飛車が無い! どこにもないだと!?」
それもその筈、青年の飛車は隣の盤上にあったからだ、その一瞬の隙きをダニィは見逃さなかった。
ダニィの銀が裏返り、青年の玉へと詰め寄る。囲いすらない、青年の陣形は風前の灯火だ。
「危なかったぜぇ。だが、弱者に奇跡は無い! あるのは敗北だけだぁ!!」
ダニィは額の汗を拭い、次の一手を指そうと手を伸ばした時、横から激しい暴力が飛んできた。
「ぐまぁあ!」
コマジロウの拳がダニィのコメカミを打ち抜いている。あまりの衝撃にダニィは頭を抑えた。
「青年! 今のうちだ!!」
青年が盤上に駒を打ち付ける。それは逃げようのない王手だった。
「済まない、ダニィ。これもまた、将棋……」
がっくりと頭を垂れ、脂汗を流すダニィ。
「まっ、負けまし、ぐはぁ」
最後まで言い切る前にコマジロウの拳がダニィを貫く。これもまた、将棋なのだ。
青年は涙ぐんでいた。ここまで良い対局をした相手なのだ、何も殺す必要はあったのだろうか。
「悔やんでいる暇ない。言ったはずだ。俺は復讐の為にここに来たと……」
コマジロウに慰めという言葉は無い。何事も無かったかのように、棋王の間に続く扉を開けるのだった。
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