第四章/第四話 見放された空白たち




 昨日の昼――対策本部の、スタッド管理官の執務室にて。

 ぼくは他の秘密とともに、あの『従者』がぼくに繰り出してきた、合理的説明が一見難しい現象についても、打ち明けていた。

 大宙域中をめぐり、犯罪を取り締まってきたというスタッド管理官は、実に冷静な態度で、ひとつの回答を示した。

「ネクを透過する神経作用ガスと、ホログラムを併せた手法だろう。神秘性による威嚇――『宙賊』が好んで用いる手だよ」

 彼の答えを聞いた時は、ぼくも大いに納得した。

 そうした説について、想定していなかったわけではないからだ。

 神経作用ガスと、ホログラムの併用。

 『従者』がぼくに見せつけてきた、不可解さと奇妙さ。

 あの現象を説明するには、もっとも科学的、かつ理性的な解釈だろう。

 しかし。

 今でも、『従者』と初めて出会った時の感覚を、圧倒的な現実感でもって、ぼくはまざまざと思い返すことができた。

 ――あれが、すべてホログラムだった。

 ぼくは、自らの右肩へと、ふと意識を向ける。

 湧き上がる痛みと痺れが、まるで、消えないでいた。

 『洞穴』の中で。

 ぼくに接近し、奴の指先がここを貫いた感触と、全身を走った激烈な苦痛。

 あれも、単なる幻の一端だった――ということなのだろうか。




 ◆




 翌朝。

 目覚めた直後、自分がどうして見知らぬ廊下で眠っているのかすぐに思い当たらず、ぼくは当惑してしまっていた。

 その様子を、窓の向こうのエアリィオービスに見つかったのは、なかなかの痛手だった――実に、ばつが悪い思いがした。

 オービスは眼を細めて、くすくすと笑っていた。

 ぼくが抱いていた心配のひとつが、身柄を移された彼女の健康状態だった。しかし、どうやらそれも別段の問題はないようだった。場所こそ保護棟プレシディオンの白い個室に変わったものの、オービスの姿も様子も、普段と変わりないように思えた。

 彼女に別れを告げてから、ぼくは広大な地下空間を抜けた。

 道すがら、自分のネクタル・フィールドの温度調節機能を戻した。まだ早い時間だというのに、この地下にも日中の熱は満ち始めていたのだ。流石にこういったことは、そうは続けられないと思う――ぼくは、オービスと同じ体ではないのだから。

 入口にいた職員に事情を説明して、借りていたブランケットを返却する。

 保護棟プレシディオンを出ると、制服を着た男性がぼくを待ち受けていた。ストゥディウムス管理官と共にこの星に降り立った、直属の部下のひとりだった。

 管理官からお話があります――そう言い残して、彼はぼくの前から立ち去った。

 その後、一度自宅に戻って支度をしてから、ぼくは対策本部へと急いだ。




「あの少女について、君に話したいことがある」

 スタッド管理官の背に連れられて入ったのは、対策本部の施設の隅に位置する、ひっそりとした小部屋だった。

 ホールの喧騒も、ここまでは聞こえてこない。

 他の部屋と同じく清潔だったが、どこか無骨な印象を受ける部屋だった。シンプルな内装もその印象をいや増しているのだろう。端的に言えば、警邏隊の取調室に似ていた。

 やはり簡素な金属製のテーブルを介して、ぼくとスタッド管理官は座って向き合った。

 録音・記録装置の類は、一切存在しない――そう前置きしてから、彼はぼくに語った。

「今回の要件は、先ほど言った通りだ。

 あの少女、エアリィオービス君の今後の処遇について、ケイヴィ君――君に話したいことがあってね。

 ……しかし、その前に」

 ここでスタッド管理官は、一度言葉を切って、息をついた。

「まず……我々が持つ、ある秘密について、君に明かそうと思う」

 声音は、低く抑えられていた。

 テーブルの上で手を組み合わせて、管理官はぼくを碧眼で見やる。

 秘密?

 いったい、どのような話だろうか。

「ケイヴィ君。

 昨日話を聞いた限り、君は、あの少女との長きにわたる約束を違ってまで、わたしに彼女との秘密を明かしてくれた。

 そのお返し――ではないが。今後の君との意思疎通のためにも、我々についても、ある事実を話そう」

 実のところ、ぼくはこの密室に通された時から、察していた。

 自分たちが話す内容を、決して言外してはいけない、ということを。

 管理官は、あのよく通るテノールの声で、ぼくに滔々と語り始めた。

「ナピに着星するまでの四ヶ月間、我々のチームが携わっていたのが、銀河系外縁部における『宙族』の行動調査任務だった――最初の演説で、そう発表したのは覚えているかな。あれは、事実だ。……しかし、事実の半分でしかない」

 その後。

 スタッド管理官が、ゆっくりと口に出したのは。

 これまで、ぼくがまったく想定していなかった、あまりにも唐突な単語だった。


「ケイヴィ君。君は、『分かつもの』と呼ばれる存在を知っているかね?」


 ――しばらくの、間。

 ぼくは、どのような返答をすべきなのか、わからなかった。

 言ってしまえば、猛烈な不意打ちの打撃に、思考が麻痺していた。

 もしかしたら、管理官は冗談を話しているのかとさえ、考えてしまっていたのだ。

 声を出して応えることも、ままならなかった。

 ありえない。

 なによりも、不思議だったのは。

 この時のスタッド捜査官の表情に、ふざけたものが一欠片も見られなかったことだった。

 彼は、ぼくの驚愕の気配を受け止めてから、ゆっくりと続けた。

「四名という少人数で、我々がこの辺境星系を移動していたのは――」

 ここで、一呼吸分の間があった。

「いわゆる、『空白保持条項』に則ってのものだよ。五名以上での同時観測は許されない。そうだ。歴史の『空白』と、銀河の分断の最たる元凶。かつて人に触れようとした、人にあらざるもの……。

 その『痕跡』についての調査が、我々のチームに与えられた、真の任務だったのだ」

 待ってほしい。

 処理が、追いつかない。

 本当に、頭がふらふらしてきた――いま、アンリー・オフィオン・ストゥディウムス惑星開発管理官がぼくに向けて発話した言葉たちは、ぼくの知る常識の範囲内においては、妄想めいた陰謀を伝える文脈中でしか、現れないものであるはずだ。

 

 事実、だというのか。

 ようやく、ぼくはまともな声を出すことができた。

「じゃあ……いったい、あなたたちは、誰の命令で――」

 すぐに。

 ひとつの、実にわかりやすい単語が浮かんで、我ながら唖然としてしまった。

 

 小声で、それを口に出した。

「規定によれば……わたしがそれに返答してはいけないのだが」

 彼は、ひとつため息を吐いてから。

 小さく、頷いた。

 ……もう、絶句するしかない。

 なにもかもが、とても信じがたい話だった。

 もしも見知らぬ誰かが眼の前で主張していたら、鼻で笑うような代物だったろう。

 しかし、銀河系外縁部を四ヶ月に渡って調査していたという、ストゥディウムス惑星開発管理官が言うのであれば、話は別だった。

「……それで」

 ぼくは、おそるおそる尋ねた。

 声が知らずのうちに、なにか秘めごとを語るようなそぶりになっていた。

 事実、それは、秘めごとなのだ。

「……『分かつものの跡』は、見つかったんですか」

 スタッド管理官は、両眼をつむると。

 ……ゆっくりと、首を横に振った。

 ――できなかった、という返答が、むしろ生々しかった。

 彼らは本当に、この銀河系辺縁部で、『分かつもの』を調査していたのだ。

 かつて、人に触れたという、人にあらざる知性。

 その痕跡を。




 ◆




 ぼくたちは、銀河系人類が分断されているということを、普段は意識しない。


 ぼくが生きるこの惑星ナピは、惑星アストライオスにある大宙域政府の管轄下における、ひとつの星域群に属している。

 普段からぼくたちは、この大宙域政府こそがもっとも高位の行政組織のように扱っているし、実生活上ではそう考えても、なんら問題ない。

 しかし公的には、アストライオスの政府さえも、新銀河系連盟統合政府という超巨大組織の末端なのだ。

 数千・数万もの居住領域を束ねる大宙域というエリアが、この銀河系の中に複数存在しており、そのすべてを束ねるのが統合政府だ――そう、大宙域政府は訴えている。

 大宙域の総数は、五十八という一般的に普及している数字をはじめ、二百以上と言われることもあれば、もはやぼくたちの存在するひとつしか残っていない――いう過激な説まで存在する。

 答えは、わからない。

 そう、わからないのだ。


 かつて、故郷である元始地球オールド・テラを離れた人類は、銀河系すべてをひとつの組織として統括し、繁栄を極めていたという。

 ぼくたちが日常的に使うフィールド制御技術や零導波レイドウハ通信、COMD機関といったテクノロジーも、ほとんどがこの旧時代に造られたものだ。

 旧銀河系連盟は、地球年における十万年もの永きにわたって続いたとされる。

 しかし、四千年から五千年ほど前に、『大空白』と呼ばれる歴史的事象が起きた。

 強大な旧銀河系連盟は、この時点から突如、複数の大宙域政府に分断されたのだ。

 そして、当時の歴史的記録は、なにひとつ残されなかった。

 文字通り、なにひとつ。

 あまりにも徹底的に消されていたために、その原因の追跡すらも、不可能になってしまったほどに。

 これこそが、『大空白』という名の由来だった。

 そう、この千年紀にも及ぶ時代において、銀河系人類史は、まさに壮大な空白を開けているのだ。

 詳細は、なにひとつとして判然としない。

 こうして、アストライオスの大宙域政府さえも、この銀河における他の大宙域の総数すら知らない――という、現状に行き着いているのだ。


 もちろん、疑問が絶えることはない。

 ――なぜ、銀河系人類は大宙域レベルで分断しているのか?

 ――なぜ、『空白』という壮大な情報滅殺を介して、人類は自らの歴史に蓋を閉じたのか?

 ――いったいこの時、銀河系人類になにが起きたというのか?


 こうした謎については、空白の時代を経て、現在の宙域政府の確立から一千年と半分が経とうとしている現代においても、様々な議論が交わされている。

 そして、『分かつもの』、あるいは『分断者』と呼ばれる存在は、その文脈で使われるタームのひとつなのだ。

 例えば、宙域ネットワークのどこかで、何者かの書いた以下のような仮説が見つけられるだろう。


 ――銀河系人類は、かつて極めて強大かつ確固な一共同体であった。究極と称していいテクノロジーに支えられ、人類は幸福を謳歌していた。しかし『分かつもの』と呼ばれる外的知性体と接触・交戦したことで、その安寧は一挙に崩れ去った。人類は敗退し、知識と技術における莫大な損失を余儀なくされた。そして残された銀河系領域のひとつが、現代の大宙域なのだ。


 あるいは、こんな説は。


 ――要するにひとつの多細胞生物を想像していただければいい。『空白時代』に行われた人類の分断そのものが、なにを隠そう、敵性知性体『分かつもの』に対する壮大な情報戦の一環なのである。分断とは、銀河系人類全体に半ば強制的に情報的多様性を持たせることで、『分かつもの』による一挙支配を防ぐために取った自己防衛的免疫システムなのだ。


 ……ううん。

 コメントは、控えよう。

 もちろん、こうした話は単なる仮説であり、それも傍説に近い代物だ。

 このような陰謀論じみたストーリーの中で度々用いられるために、『分かつもの』という言葉は、それ自体が一種の怪しげな雰囲気を持つ単語と化していた。

 しかし、気をつけなければならないのは、公的な歴史書やれっきとした宙域政府の資料においても、この存在の可能性は――小さいが――示唆されていることだった。

 とはいえ。

 あくまでも、可能性だ。

 この銀河系における、人類以外の知的生命体――『分かつもの』が実在した、あるいは今も実在するという『痕跡』は、現時点で存在していない。

 ――旧い銀河系人類に触れ、なにがしかをもたらした、人ならざる知性。

 それは現代においては、幻想物語ファンタジーの一種として捉えられているのが実情だ――「こうだったらいいな」という具合の。

 今挙げたような仮説も、その例に他ならないだろう。

 かくいうぼくも、幻想だと思っていた。

 スタッド管理官に、真の任務の目的としてその名が語られた、たった今までは。


 


 ◆


 


 スタッド管理官が、ごほん、と咳をするのが聞こえた。

 ぼくに対する、ささやかな気遣い――話題の切り替えを示唆するものだった。

 しかし、ぼくはその意図すらも掴めなかった。

 呆然と、してしまっていた。

「さて。それでは、あの少女……エアリィオービスとその処遇について、話を戻そう。

 まず、簡潔に言っておこう。彼女の肉体は、間違いなく人為的な処置が加えられたものだ」

 ……エアリィオービス?

 今、スタッド管理官は、エアリィオービスについて、話したのだろうか?

 そこで、ようやく。

 茫漠とした思考の渦を脇に置いて、ぼくは目前に座るスタッド管理官に、あらためて向き合うことができた。

 あまりにも衝撃的な話に、我を忘れていた。

 しかし、話を聞かなくては。

 ことが、他ならぬオービスについてであれば。

 大きく息をついてから、管理官へと尋ねた。

「……オービスについて、なにか、わかったんですか」

「――ひと目でね」

 ぼくの様子を見定めるように、十分な間を置いてから。

 スタッド管理官は、ゆっくりと告げた。

「きみの話を聞く限りでも、例は尽きなかった。ナピの直射日光をものともしない熱と放射線に対する耐性。この星の少量の酸素でも生存可能な拡張循環器。追加神経系と代謝器官の生体補完プロセス……紛れもなく、もはや失われて久しい、旧時代の発展生体工学の産物だよ。

 そして、彼女がそれを持つ理由は、ただひとつ。

 『宙賊』の保有していた、その被検体だったから――疑う余地もない」


 もしかしたら。

 そうなのではないか、とは思っていた。

 ただ、その程度の憶測では、実際に告知された際の感情を、拭うことはできなかった。

 まるで、抹消神経の節々から――湧き上がるかのような、生理的嫌悪感を。


「つまり」

 先ほどからずっと、ぼくは半ば混乱していたといっていい。

 時折、声が勝手に妙な高さに登って、かすれてしまう。思うように言葉が出てこない。

「……つまり、オービスは……体を、いじられていた、と……ということですか」

「部分的には、そうだ」

 淡々とした様子で、スタッド管理官は頷いた。

 彼は、機密任務を受けて、大宙域全体を警邏する高位の軍人だ。

 その過程においては、しばしば許しがたい犯罪や、目を背けたくなるような事実にも向き合うのだろう。

 こうした物事にも、慣れているのだと思う。

 ただ。

 ぼくは、違った。

「……とはいえ、ああいったケースにおいては――むしろ耐候性や代謝といった能力の由来は、事後の調整よりも、生得的なものの方が多い」

 生得的なもの?

 言葉の意図が、本当によくわからなかった。

「……どういうこと、ですか」

 管理官は、とてもよく通る声で。

 やはり、わかりやすい回答を示した。

「修正胚だよ。極めて高度な、現代ではまず公にされない度合の、遺伝情報編集。それが、受精卵段階から施されている。

 ――おそらくは、何世代にも渡ったものだ」

 気がついた時には。

 ぼくの両手は、自分の沈んだ頭を抱えていた。

 肩が、妙に震えてきた。口の中が乾いている。

 ようやく、声が出た。 

「……でも、それは、違法だ」

 ぼくのうなだれた頭に、管理官の低い声が、粛々と告げられた。

「もちろん。ヒト遺伝子の改変は、十四ヶ条宣言によって、その一切が禁じられている。

 ……しかし『宙賊』の周辺には、旧連盟時代の失われた技術を、僅かながら受け継ぐものも現存しているというのが現実だ。わたしはこれまでも、そうした『編集家エディター』に会ったことがある。彼らがあたかも芸術のように誇示する、そのたちにも……」

 ――信じられない。

 考えたくもない。

 もう、いやだ。

 ここで管理官の声に、「ケイヴィ君、大丈夫か」と訊かれた。

 ……ええ、と答えて、顔を上げたものの。

 自身の調子はやはり、自分が一番わかっている。

 全身が、ぐったりとしていた。

 語られる未知の物語に、素直に驚いている暇などない。

 無数の感情の奔流が、ぼくの心に重くのしかかっていた。

 琥珀色の髪と、ラブラドライトの瞳の少女。

 その微笑みを、ふいに思い出した。

 あの、オービスが……。

「さて。簡易ながら以上が、わたしの見解だ。あの少女――エアリィオービス君は、宙族による被験体であり、逃げ出してきた可能性が極めて大きい。そして、ケイヴィ君」

 気がついた時には、また顔がうつむいてしまっていた。

 ぼくの名を呼んだ、管理官を見る。

 スタッド管理官は変わらず、真剣そのものの面持ちを見せていた。

「彼女は、君を信頼しているようだ。あるいは、君しか信頼していない、というべきか……」

 じっと、ぼくの顔を見据えてから。

 やがて管理官は、ぼくへの用件を告げた。

「あの少女に関してのわたしからの提案は、シンプルなものだ。彼女を、我々のチームに引き渡してほしい」

「管理官たちに……ですか」

 小さく頷いてから、彼は続けた。

「もう、こちらでも準備を進めている。

 まず彼女は、宙域戸籍すら有してはいないだろう。この『白雪』の騒動が終わり次第、星域福祉局に連絡を通そう。我々からの手続きを通して、宙域市民としての認可プロセスに彼女を乗せる。

 もちろん、相手は『宙賊』だ。必要なだけの警護はつけるし、福祉局の知り合いにわたしからも口を利いておく。

 やがて彼女は、当局によって新しい名前と戸籍を与えられるだろう。少なくともそれで、彼女に銀河系連盟住民としての自由は与えることはできる」

 そして、付け加えた。

「この件について、彼女に君から話を通してほしい。だがもちろん今の話は、我々側の展望だ。あくまでも、今後の彼女の考え次第だがね」

 スタッド管理官は、他にも用事があるのだろう――椅子から立ち上がり、ぼくに照明と空調を切るように言い残すと、小部屋を出ていった。




 無骨な部屋の中に、ぼくひとりが残された。

 管理官と対面していたテーブルの冷たい金属の表面に、ぼくは両腕を置いて、あらためて額を乗せる。

 視界が、暗転する。


 スタッド管理官は、信頼できる人物だ。

 彼に任せさえすれば、今後エアリィオービスの身に、『従者』が危険を及ぼすようなことは、きっと起こらないのだろう。

 しかし。


 ――星域福祉局、か。

 もっとも、妥当な落とし所だとは思う。

 福祉局は、本来の保護者との生活手段の絶たれた、もしくは戸籍不明などの状況に置かれた未成年たちを、一時的に保護する公的機関だ。若干例外的ではあるものの、現状のオービスを客観的に見れば、その対象に当てはまるだろう。

 このナピを保護対象に含む、もっとも近隣の福祉局の施設は。

 宙空を隔てた先の、ある惑星に、今もひっそりと建っている。

 大地を覆わんばかりの、大規模植物群――深い、森の中に。

 ぼくはその場所を、よく知っている。

 いやというほどに。

 今。

 思い出したくもない記憶たちが、ぼくの意識に去来していた。

 管理官の告げた事実たちを受けて、疲弊していた心に。

 離れることのない追想たちは、重くのしかかってきたのだ。

 ため息すら、出なかった。

 エアリィオービスは、これから、あの場所に行くのか。

 それも、宙族から逃げ出した、みなしご――という足輪を付けて。


 他ならぬ、ぼくが選んだ結末。

 確かに、そのはずだった。


 ――だが、はたして。

 これで、よかったのだろうか。



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