第三章 降り立ったもの - The Grounded

第三章/第一話 降り立ったもの:惑星開発管理官

 第三章 降り立ったもの - The Grounded






 ナピ市長の声明は、もはや恒例となった有線スピーカーによる音声放送によって、翌日の朝早くにナピの街中に発表された。

 これまでの広報担当の女性ではなく、市長自身によって語られたその内容は、ぼくを少なからず驚かせた。

 それは、この辺境惑星ナピへの、もうひとりの惑星開発者の到来を告げるものだった。







 ここまでよく通る声を聞くのも、はじめてのことかもしれない。


「――ナピの皆さん、はじめまして。

 なによりも、わざわざこの場に集まっていただけたことに、まず感謝を申し上げたい。

 わたしは、惑星開発庁および大宙域警邏軍に所属する惑星開発管理官、アンリー・オフィオン・ストゥディウムスといいます。

 そう、少しややこしい名前ですので……どうぞ気兼ねなく、スタッドとお呼びください」


 朝の市長による音声放送から、数時間後のこと。

 『白雪』に閉ざされたナピへの、思いもがけぬ来訪者――アンリー・オフィオン・ストゥディウムス惑星開発管理官による、自己紹介と今後の市の施策指針についての演説が、集まったナピ住民が見守る中で敢行された。


 ナピの住居街の空き地のひとつに、その即興の演説場は造られていた。

 市長室から持ち込んだらしい演説台の上で、衆目を浴びているその大柄の男性――スタッド管理官は、容姿に似つかわしいテノールで聴衆に語った。

「わたしは宙域警邏軍の命を受けて、このナピの近辺から外銀河系の宙域を、部下とともにおよそ四ヶ月間航行していました。任務の詳細は明かせませんが、『宙賊』による不法取引が、この宙域で行われているとの情報を得てのものでした」

 そこで、管理官の背後に立っていた彼の三人の部下が、聴衆に向けて一礼する。

 惑星開発者というよりは、経験豊かな軍人――というのが、スタッド管理官という人物に対しての、大多数の第一印象ではないだろうか。

 年齢は四十代と思しい。線の強い精悍な顔立ちや、毅然と立つ姿勢にそつがない。淡いブロンドの髪は、一房を残して短く刈り揃えられていた。

 街の人々に蒼い眼を向けて、悠々と語る。

「宙族の蛮行は、言うまでもなく許しがたい犯罪行為です。――ただ、不幸中の幸いとでもいいましょうか――我々の巡航船が、この星の地表より六百キロメートルほど離れた宙空を移動中、宙港からの緊急信号を、たった三秒間だけ受信したのです」

 そこでスタッド管理官は、手のひらを体の前に掲げた。聞き手に注意を向けさせる動作。

 彼の身振り手振りは、決して目立つようなものではなかった。しかし、そのひとつひとつが、彼の言葉に独特の説得力を与えているように思える。

「それは、ノイズの多い、ごく小さな信号でした。しかし、我々はむしろその点に違和感を覚えたのです。地表からの距離が比較的近いのにもかかわらず、あまりにも信号が弱すぎる、と。

 この推論は、とても有意義な結果を導きました。目下重大な危機に晒されているこの星に、降り立つきっかけとなったのですから……。

 それが、昨夜のことになります」

 なんといっても――スタッド管理官は、実に良く通る声の持ち主だった。

 彼は簡易なスピーカーマイクを使っていたが、この空き地での演説程度であれば、機械など必要なかったのかもしれない。

 声量の大きさはもちろんのこと、声音と口調もつとめて落ち着いており、放たれる一語一語が明瞭でわかりやすい。

 今朝の市長の放送を聞いて、興味本位からこの空き地に集まったぼくを含むナピ住民は、街の全人口の三分の一ほど――二百名程度だろうか。

 スタッド管理官は、彼の背後に立つ市職員と、ナピ市長に向けて一礼した。

「市長室並びにナピの各機関のスタッフの皆さんは、いわば部外者である我々に、とても懇意にしてくださいました。

 ナピへの着星後、我々は多くのことを話し合う機会に恵まれました。そして、わたしたちが成すべきことをナピの皆様にお伝えするために、この場を設けさせていただいた次第です」

 スタッド管理官の大柄の体は、濃紺の地に襟や袖の白のアクセントが際立つ、警邏軍の軍服にやや似た制服を纏っていた。

 人類の規律と発展を体現した衣装――惑星開発庁より支給される、惑星開発者の正式制服だ。

 おそらく、このスタッド管理官という人物は、任務の際には常に制服を着ているのだろう。

 ぼく個人としては、その心意気だけでも、ちょっと感心してしまうところがあった。

 というのも、実にわかりやすい比較対象が、身近にいたからだ。

 もちろん、メロウディア姉さんのことだ。

 姉さんにも、スタッド管理官のものと同様の惑星開発者の制服は、もちろん支給されていた。しかし、姉さんがそれを着ている姿を、ぼくは一度たりとも見たことがない。毎朝、風変わりな『普段着』で開発局に赴き、そのまま仕事から帰ってくる、というのが日常だった。

 あれは、いつのことだったろうか。

 メロウディア姉さんは自宅のクローゼットから自分の制服をぞんざいに取り出しながら、ぼくの見る前で、いささか乱暴な文句を言い放っていた。

「こんなださいの、実地じゃ誰も着ないっての」

 しかし。

 ぼくは街の人々の奥に立つ、スタッド管理官の胸元を凝視した――惑星開発者のシンボルであり、身分証明でもある特殊合金製のエムブレムが、鈍い輝きを放っていた。

 他ならぬ彼の、濃紺の制服の上で。

 ……着ている。




 わたしは、ひとりの惑星開発管理官として、無責任な物言いをするつもりはありません。

 現在この街を覆っている、不明降下物――通称『白雪』が、どこから現れたものなのか、そしてそれを街に降らせた者の正体については、現状での明言は避けさせていただきます。

 しかし、少なくとも我々は、これを最新鋭の通信妨害装置であると判断しています……それも、あらゆる宙域法を無視している。

 許しがたい犯罪であり、この被害の責任は、犯人たちが背負うべきでしょう。

 今すぐにでも警邏軍部隊に報告したいところですが、現状では難しいのです。

 我々の調査チームが航行していたのは、超光速移動ヘルメス・スキップ機構を持たず、零導波レイドウハ通信機能も限定的な、ごく小型の巡航船でした。宙域警邏軍第十二連隊のさる大規模艦に所属しており、およそ二ヶ月後の任務期間の終了時に、決定された宙点で回収される予定のものです。

 こうした事情もあって、残念ながら、我々の船も宙域中継基地に連絡を取る手段を持っていません。

 ただ、警邏軍はかならず、近い内にこの異常を察知します。

 そうなれば、一週間以内には街の機能はすべて回復するでしょう。

 皆さんがこの不測の事態に怯える気持ちは、よくわかります。

 しかし、目を向けてみれば……ここに幸いと言える事実も、確認できないでしょうか。『白雪』を街に降下させた何者かが、四十八時間以上が経過した現在においても、この通信妨害に乗じた犯罪行為を行っていない――そう思われることです。

 そして……なにより、この街の中でも、混乱に乗じた犯罪が発生していない。

 正直に言います。わたしは、感銘しました。

 それは他ならぬ、あなたがた――そう、ナピの皆さんの懸命な忍耐の成果だからです。

 我々の生きるこの新銀河系連盟は、宇宙の混迷や『空白』に打ち勝つ歴史でもありました。

 このような不明瞭な事態だからこそ、人々の結束が求められている。わたしは、そう思えてなりません。

 ナピの皆さん。

 わたしたちとともに、協力していこうではありませんか!

 我々は総力を挙げて、その思いに答えましょう。




 アンリー・オフィオン・スタッド惑星開発管理官は、語り終えるや否や、腕を大きく掲げて、街の人々に結束を訴えた。

 出迎えたのは、ほんのはじめこそ、穏やかな拍手だった。

 しかし一呼吸のうちに、地を鳴らすような喝采へと変わった。

 ナピの人々も、ここに集まった当初は、疑いと懸念を顔に浮かべていた。

 しかし、管理官の演説が始まってからは、それは消え去っていた。

 『白雪』による、突然の通信妨害。

 そしてその不可解さによって、漠然とした不安に駆られていた、街の人々。

 スタッド管理官の自信に満ちた話しぶりとその施策は、皆の心を少なからず捉えたようだった。一度の演説にして、彼はナピの人々の心を掴んだと言っていい。

 この緊急事態において、彼は今後の、実質的な市の執政権を握ることになる――管理官の話とその聴衆の反応を見て、ぼくはそう確信し始めていた。

 ぼく自身、スタッド管理官に対する印象は、決して悪いものではなかった。

 どんなに穿った見方をしても、スタッド管理官が演説に長けていた事実に疑う余地はない。

 演説の論理がぶれることもなく、語調は基本的に平静でありながらも、それでいて抑えるべきところでは情熱的に盛り上がった。街の皆が抱える様々な不安に対しても、具体的なアプローチを次々と提示したのも印象的だ。

 どれだけ批評的に見ても、合格点以上のスピーチだろう。

 少なくとも、数百人の目前でこのような演説をするなど、ぼくには到底できそうにない。


「――ご清聴いただき、まことにありがとうございました」

 演説の終わり、スタッド管理官は実に軍人らしい、洗練された一礼を見せた。

 人々からの熱の籠もった拍手が、それに返答した。


 ぼくも手を叩きながら。

 拍手を受け止めるスタッド管理官の背後、演説台の奥に立っていた人々に、視線を向けた。

 小柄な市長をはじめとする市長室のスタッフや、開発局支部の姉さんの部下たちをはじめとする、このナピ市街に属する公的機関の職員たちだった。

 彼らの表情からも、スタッド管理官への反発心は、これといって見受けられなかった。

 来訪者である彼に、一定の関心と信頼を示しているように思えた。


 ――しかし、ただひとりだけ、例外がいた。


 正直、ぼくが恥ずかしくなってくるほどだった。

 いくらなんでも、あからさますぎた。

 メロウディア姉さん。

 街の人々の拍手を浴びるスタッド管理官の後ろに立つ、市のスタッフたちの中で、ただひとり。

 場違いに過ぎる、カウガール・スタイルを着こなしたぼくの姉さんだけは、この地に降り立ったもの――ストゥディウムス惑星開発管理官に、強い反発の意思を示していたのだ。

 あろうことか。

 その顔に露骨に表していた表情は、疑念ですらなかった。

 敵意だった。

 演説が始まる前から、終わった後まで。

 メロウディア姉さんは、街に降り立ったもうひとりの惑星開発者の背を、明らかな嫌悪と侮蔑の視線で睨めつけていたのだ。

 その大きすぎる鍔付き帽の、陰の内側から。







 惑星開発者は、その特性上から絶対数が限られている。

 ナピのような小規模な行政区には、メロウディア姉さんのように、原則的にひとりしか配属されることはない。

 それに加えて、絶大な特権と開発という任務の性質からか、彼らは独断専行――ある種のスタンド・プレイに走りがちな傾向にある。

 そのような開発者たちを包括的に監督・管理する立場にあるのが、惑星開発管理官と呼ばれる、惑星開発者の一形態に属する人々だった。

 管理官の称号は、惑星開発者としての任務において、その業績を宙政省に高く認められた者のみに与えられる。

 開発法で明確に定められているわけではないらしいが、事実上、彼らは惑星開発者の上級職に当たるとされていた。まさに、エリートの中のエリートというわけだ。

 また、管理官を含む惑星開発者たちの中には、その権限と能力を買われ、大宙域警邏軍に所属し、その任務を遂行するものもいる――という話を聞いたことがあった。ナピの街に来訪したストゥディウムス管理官は、どうやらそちらに属する惑星開発者らしい。

 空き地での演説中に、ぼくはスタッド管理官の首元に注意を払っていた。彼が後ろの市長に振り向いた時、目的のものをはっきりと見つけることができた。

 彼の短く刈り揃えられた髪の下、首の後ろ側から、三つの黒い人工物が切り立っていた。

 メロウディア姉さんが有しているのと同系列の、エリクシル・フィールド・ジェネレーターを擁する頭部侵襲式アンテナ・モジュールだった。

 前述のとおり、惑星開発管理官は開発者の事実上の上官である一方で、開発者としての地位も併せ持っている。スタッド管理官もまた、ヘカテー衛星操作による大規模エネルギー集積能力権限を持っているのだ。

 演説の中で、管理官はこの点についても言及していた。

 彼によれば、この惑星ナピの軌道上を周回する、計八機の限定的収束零導波照射衛星――ヘカテー衛星は、現在『白雪』の通信妨害の影響のために、使用不能状態になっているとのことだった。

 それを聞いたぼくは、驚くと同時に、納得もしていた。やはり、そうだったのか、と。

 昨晩、家まで大量の荷物を取りに帰ってきた、メロウディア姉さん。

 その様子を、明瞭に思い出すことができた。

 今までに見たこともない、疲弊と徒労を湛えた、表情を。

 その理由の一端が、垣間見えた気がした。

 目下メロウディア姉さんも、この惑星ナピの惑星開発者として、ヘカテー衛星にアクセスすることができない――その絶大な力に、頼ることができないのだ。


 それにしても。

 メロウ姉さんはこの件について、街にもぼくにも、今まで一切明かすことはなかった。

 通信妨害による、ヘカテー衛星の機能不全。

 それは、惑星開発者が有する最大の特権の損失――そう呼んで、差し支えのない状態だ。

 もしかしたら。

 『白雪』という未知なる危機に晒された街で、その事実が顕わになってしまうことを――自らの力が揺らいでしまう可能性を、姉さんは避けようとしたのかもしれなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る