2-5.ユーレイと常に命がけの制限改定
ここでいったん時間は遡り、『湖畔のピクニック』から数日前。
"選定の儀"も近いというのにカラセルにはいまいち緊張感がなく、辟易したユーレイがオフィスでハクロー相手に管を巻いていたときのことだ。
「……ですから、私は『決戦前にはヒキガエルの煮込みを食べて引き運を養いたい』とあの人が言うから獲りに行ったんですよ、ヒキガエル。網まで持って。網まで持ってですよ」
「ああ、あれほんとに行ってたんだ……」
「ハクローさんに言われたとおり、ちゃんと正装で煮たわけですよ。どす黒いローブにとんがり帽子、ちゃんと大鍋で煮たんです。それであの人がなんて言ったかって、『上司との付き合い方をもう少し考えたほうがいい』って……あれ、なに読んでるんですか?」
「これ? いや、改定予想」
鼻の下に羽ペンを挟んだハクローは、難しい顔でホログラムの新聞を睨んでいる。
「大きな動きはないだろう、ってどこも読んでるみたいだけどねー。<鎖状の牢殻>あたり、ぼちぼち禁呪になりそうなもんだけどな」
「『ジャイアント・レギュレーション』……。そういえば、そんな時期ですか」
で、さらにその翌日。
服屋に行けと何度言っても聞かないカラセルに業を煮やし、こうなればもうこの男の正装は自分のほうで見繕うしかないかと身体の寸法を聞いてみたところ「ちょっと考えてみてほしいんだけどさ、おれがスリーサイズ聞いたらお嬢はちゃんと答えてくれんの?」と返ってきた日の話である。
「そう言われると、たしかにわたしが非礼だった気もしてくるんですよね……」
「それもまあなんか騙されてる気がするけど、それで?」
「レマイズさんならあの人の服のサイズも知っているかな、と」
「知ってると思われたのも謎だし、あたしから聞くのはセーフなのも謎だよ」
【人生結局グッドスタッフ】のカウンター席、看板娘のレマイズちゃんに日頃の愚痴を零すユーレイである。無論酒は飲めないので、その手に持つのはホットミルク。
「あいつがまともな格好してるとこってのも想像できないけどなー……。ねえグリープ、あんたなら知ってんじゃない?」
「…………」
「グリープ? おい?」
「………………<召集令状>が準禁呪になるか準々禁呪になるか、という話か?」
「ごめんユーレイ、ちょっと待っててね。――ねえ、あんたいま何徹目?」
「今日で七日」
「寝ろ。今すぐに」
隣の席で死人のように動かないグリープをユーレイは横目に見ていたわけだが、本当に死人寸前だったらしいという新事実である。
頑なに睡眠を拒否するグリープ、その頭にレマイズが酒をぶっかけるのを見ながら、ユーレイは<召集令状>のテキストを思い出す。
<召集令状>:通常呪文
ステータス1/1の使い魔をデッキから1枚選んで手札に加える。
「さすがに、汎用性が……高すぎる……カードで。そろそろ、規制の、手が……及んでも……、……<スリープ・シープ>を初手に持ってこれる確率が、下がると、デッキ、……安定性、……やめろ。酒はだめだ。眠ってしまう」
「あんた酒屋に何しにきてんのよ。っていうか寝ろって言ってんのよあたしは」
「今からだと二日は確実に目覚めない。寝ている時間がもったいない……」
「削れる寿命をもったいないと思えよ」
最終的に酒瓶でどつかれたグリープが昏倒するのを見ながら、一言。
「一般カードゲーマーとしても、『ジャイアント・レギュレーション』の改訂は……やはり、一大事なわけですか」
「もちろん、カード売る側としてもね」レマイズは大きく息をつく。
「そりゃまあ禁呪だの準禁呪だの、一般のカードゲーマーには関係ないっちゃないことなんだけど……魔導巨兵の戦いって、言ってみれば『公式戦』なのよ。究極の。『公式戦で使えない』カードをいつまでも使ってんのって、やっぱむなしくなるもんよ」
「……そういうものですか、やはり」
「そ。だから禁呪指定されたカードは誰も欲しがんなくなるし、そうなると店側としちゃ不良在庫を抱える形になるわけで……ねえ、ユーレイもバベルの所属ならなんか知ってんじゃないの? アレが禁呪指定されるとか、コレが指定解除されるとか」
「……部署が、違うので。そういうのは」
「そっかー。<鎖状の牢殻>あたり、そろそろ怪しいかな怪しいかなって言いながらここまで来てるからさ。いい加減はっきりしてほしいんだけどなあ……」
という一幕があったことを思い出しながら、時系列は現在に戻る。
「――<鎖状の牢殻>は次の改定で禁呪になる。ゆえに、次の決闘はそれを前提に戦略を組み立てる必要がある」
『工場』に設置された会議室、カラセル・ユーレイ・ジェレインの三名を除いて誰もいない会議室。王は、低く、よく通る声で言った。
<鎖状の牢殻>:結界呪文―ビット2
発動中、相手がデッキからカードを手札に加える、またはデッキからカードを場に出すごとに、その合計枚数をこのカードは記録する。
発動中のこのカードを破壊することで、以下の効果を使用可能。
●記録した合計枚数×2まで、相手の場・手札のカードを選んで破壊する。
「……そろそろかなあとは思ってましたけど。このタイミングで禁呪すか、あれ」
カラセルの微妙な表情には、使った側としての勝利体験と、使われた側としての苦い思い出が一挙に蘇っている。
ドローやデッキサーチを多用する戦術に、強烈なしっぺ返しを食らわせるカード。多くのカードを引けば引くほど返ってくる破壊も大きくなり、こんなカードがこの世に存在しているというその事実だけで『迂闊な大量ドローは<鎖状の牢殻>の餌食になるかもしれない』という抑止力が働く、そんなカードである。
それが禁呪になるという。
――魔導巨兵は、強すぎる呪符を『規制』する。
この事実が知れ渡ったのは十数年前、<終極の死闘>という一枚の呪符がきっかけである。
《終極の死闘》:通常呪文
自分、および相手の手札をすべて墓地に送って発動する。
これ以降、お互いのプレイヤーはカードをドローすることはできない。
"終極"の名を体現するシンプルに凶悪な効果、それが『工場』から生産された。
呪符課による解析ののち量産化に成功したこの呪符は、一般のカードゲーマーたちにも広く行き渡ることとなった。必然、街には<終極の死闘>を三枚フル投入したデッキがあふれ返ることになる。
一瞬でも場をがら空きにしてしまえば、その瞬間<終極の死闘>を発動され――手札を失い、ドローも断たれ、その時点でゲームエンドが確定する。そんな殺伐とした時代、暗黒期が訪れたわけである。
それだけの力を秘めたこのカードは、当然ながら軍事利用も検討された。
敵国の魔導巨兵が攻め込んできたならば、このカードによって迎え撃つ――強力な
が、<終極の死闘>の生産からおおよそ半年後の話。訓練のため【シルバー・バレット】に試乗した当時のパイロットが、<終極の死闘>を三枚投入したデッキをコクピットにセットした、その瞬間――
「乗るのは、まだ先のことだとは思うが。万一、デッキに入っているようなら、すぐにでも抜いておいてもらいたい」
「焼け死にたくなければ……ですか」
――ディスプレイに踊り狂う【ERROR】の文字と、鳴り響くサイレンの中。
この世のものとは思えぬどす黒い色の炎に包まれて、パイロットは一瞬で焼け死んだ。
あまりにも強すぎるカードというのは、魔導巨兵に拒絶される。
『同じカードは三枚までデッキに入れられる』という基本ルールを、その強さ故に逸脱したカード。それらのカードを、ハイランドでは――禁呪、準禁呪、準々禁呪――0枚、一枚まで、二枚まで。そういうふうに呼び分けている。
魔導巨兵の挙動には謎が多く、『拒絶』の内容はおおよそ半年に一度の周期で変動する。それまで準禁呪に留まっていた呪符がある日ふと禁呪になったり、それまで禁呪だった呪符が何の前触れもなく準々禁呪に降格されたりする。
【シルバー・バレット】が拒絶する呪符を調査し、『禁呪リスト』としてまとめ上げる――"ジャイアント・レギュレーション"の確定と公布は、呪符課の仕事の中でもとりわけ重大なもののひとつである。
「ってことは、これが『おおむね悪い』知らせと思っていいんですかね?」
「我がハイランドの擁するパワーカード、<鎖状の牢殻>が使用不能となった。これは今後のザイナーズ戦においても、大きく響いてくると思われる」
会議室のスクリーンには『来季禁呪リスト』と題された魔導文書が投影されていて、黙読するカラセルは深いため息とともに頭を振った。
「<水晶薔薇の霊竜>も、まだまだ帰ってきてないし……。これが『おおむね悪い』なら、じゃあ『もっと悪い話』がまだあるってことですよね」
「そうなる」
王が指を鳴らすと、会議室に一人の男が入室する。
ユーレイの着ているものとは対極、闇に溶けるかのような漆黒のローブ。一礼の後に王へ歩み寄り、何事かを耳打ちして去ったその男は、バベルという国家中枢期間が抱える――諜報員。
「ここ数日、ザイナーズ国内で不穏な動きが見られる。そんな情報が複数入っている」
「一切の回りくどさを取り払って話すなら?」
「【コンセプター】の出撃準備が着々と進行しているらしい。近いうち、我がハイランドに攻めてくる」
凶悪な性能を誇るパワーカード、それを一枚失った飛車落ちの状況で――敵国ザイナーズとの戦いに臨まねばならない。『もっと悪い話』の内訳である。
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