2-4.ユーレイと工場見学
バベルの塔の最上階、紺色を基調とした執務室――
王の対面に座ってなお、カラセルはいつもの調子を崩さない。
「しかしまあ、おれみたいなのをよく雇う気になりましたよね」
「私の出自は、そこそこ有名かと思っていたのだが」
ユーレイとしては気が気でないが、ジェレインの返答は落ち着いたものだ。どっしりとした岩のような巨体を、広いソファに座らせている。
【シルバー・バレット】初代パイロット、ジェレイン・ラミソール。
そもそもの話、なぜこの男が現国王の地位に座しているのかといえば――
もともと、ジェレインは賭場の出身なのである。
カードゲームが爆発的に世に広がったのは二十年前、魔導巨兵の発見以降。当然、それ以前のカードゲームは今ほどの勢力を獲得していなかった。
が、では影も形もなかったのかといえばそんなことはない。サイコロ賭博やルーレットと同じくらいには刺激的なゲームとして、賭場の片隅にコーナーを設けていた。
そこで腕を鳴らしていた凄腕のカードゲーマーがジェレインで、そこにお忍びで入り浸っていた遊び好きの王が先王だった。
だから、あの【コンセプター】襲撃時――一分一秒を争う状況で、『呪符によって動く魔導兵器』に誰か一人搭乗員を、という選択を迫られたあの瞬間。もっとも信の置ける相手として、個人的に親交のあったジェレインを、先王は指名した。
そしてジェレインは見事期待に応え、敵機に退却を強いるだけの奮戦を見せた。
これからは、カードゲームが国の行く末を左右する。そのことを身をもって知った先王は、次代の王にジェレインを指名した。
いくらなんでも無茶が過ぎるときっと誰もが考えて、しかし、その無茶が押し通るくらいには、今の世界は無茶苦茶なことになっている。
「――君たちは、神を信じるか?」
不意に王がこぼした台詞に、ユーレイの思考が止まった。自分が答えていいのかもわからず、隣のカラセルに視線をやる。
しばらく、考えるような表情をしてから――
「いるかいないかで言えば、それっぽいのはいそうな気がしますね。でも、要るか要らないかで言えば、要らない」
「カードゲーマーらしい答えだ」国王はとても自然に笑った。
「元を辿れば、私は刃だ。変化する時代にたまたま選ばれた……神に選ばれた、一振りの刃。ただそれだけの男でしかない。若く、熱く鍛え上げられた新しいこの一振りが、どこの鉄で打たれたかなど……いまさら、気にするかという話だ」
カードゲームがすべてを支配する、支離滅裂な時代にあって。
思いのほか、この王は地に足の着いた考え方をしている――そんな感想をユーレイは抱いた。
身の丈に合わぬ身分まで担ぎ上げられたこの男は、それでも動じない。いかなる状況でも冷静な判断力を失ってはならない――それが賭博の鉄則であり、カードゲームの鉄則でもある以上、その頂点に座すジェレインは常に合理的な判断を崩さない。
出自も身分も関係なく、強い者が魔導巨兵に乗ればいい。
カードゲームの腕ひとつで国王に成り上がったその王が、シンプルな実力主義を標榜する――ジェレインの存在そのものが、国民たちをカードゲームに駆り立てる。
シンデレラストーリーの体現者が、まさしく目の前にいるわけだ。実際にそれを成し遂げるのがどれだけ難しいかはさておいて、我も我もと夢を見る者が殺到するのは自然な運びである。そうしてハイランドはカードゲーム国家になったのだ。
「……まあ、神様みたいって言えば、そういうもんかもしれませんね」
神が作った兵器――あるいは、神そのものとでも言わねば説明がつかない、兵器。
深みと落ち着きを感じさせる王の語りに、カラセルはしみじみと頷いて――
「で」そっと手を挙げた。
「あの、『話しておくことがある』って結局なんだったんすかね。まさか顔合わせと雑談で終わりってこともないだろうなー、ってさっきからずっと身構えてんですけど……」
「ああ、それか。わかった、本題に入ろう」
無骨そうな見た目通り、この王はあまり冗談を言わない。
ゆえに、このときも真顔だった。
「ピクニックに行く気はないか?」
「……はい?」
* * *
<トレイルスネーク>。上級使い魔:ビットX――<虹のリヴァイアサン>や<怠惰なる死神>と違い、召喚の際に連結するビット数をプレイヤーの任意で指定できる。連結させたビットひとつにつき1点、攻撃力がアップ。かつ、この使い魔が破壊される場合、連結したビットをひとつ身代わりに破壊することで、<トレイルスネーク>本体は破壊を免れる。
高攻撃力と破壊耐性で場に居座る重戦車タイプの切り札で、類似効果を持つ上位種に<トレイルドラグーン>というのがいる。カードゲーム的な話をすると、そういう具合の使い魔だ。
が、ハイランド国民の日常生活においては、やや違った形で知られている。
「まあ、おれって裏路地の出なんで。あんまり遠出する用事もないし……こーいうの、乗るのが初めてなのは、わかってもらえるかと思うんですけど」
ぐるりと車内を見渡して、一言。
「……ヘビの腹ん中入って移動すんの、あんま気分いいもんでもないよね?」
「…………」
ユーレイとしても否定はしづらい。
<トレイルスネーク>の外観は、ざっくり言って『四角いヘビ』。ヘビのくせに蛇行することをせず、角材みたいに角ばった体を一直線に伸ばしている。ヘビなので、当然その体には毒々しいまだら模様が描かれているわけだが――その模様を窓に見立てたように、ヘビの全身には穴が開いている。
街全体に行き渡る魔力を吸い上げて召喚された巨大ヘビ。本来持っているはずの毒液は別の魔法によって完全に除去し、全身に開いた穴にはガラスを嵌め、それにより、人間が体内に乗り込むことを可能とした――乗り物。
復興作業のついでに敷設された線路を使って、ハイランド各都市を高速で行き来する移動手段。それが<トレイルスネーク>のもうひとつの顔である。
首都を出てから数時間、車窓を流れる景色はのどかな田園風景へと変化した。それを眺めるカラセルは普段よりやや口元をほころばせていて、それもそのはず、この男は物心ついて以来路地裏での生活しか知らない身だ。窓に顔を近づけようとして、壁――すなわちヘビの胃袋――に触れてしまいそうになり、わずかに身を引いた。
いつもこの調子なら、かわいげもあるのに。
保護者ぶった微笑みをくすりと漏らすユーレイに、カラセルが小さく咳払い。
「そーいうわけで、おれは旅慣れてません。ガイドさん、お願いしますね」
「はいはい、どうぞお任せください」
ガイド扱いもやさしい笑顔で引き受けるお姉さんユーレイである。
手荷物から取り出した金属製の呪符、<シークレット・ライン><エラ呼吸への回帰><叡智のマスターキー・レコード>の三枚を、ずらりと扇状に広げ――
「今回、我々の旅の目的は……"湖畔でピクニック"、そういうことになっています」
「湖畔でピクニック、ねえ……」
「これはさ、たぶん工場見学って言うのが正確だと思うんだよ、おれ」
普段は隠匿されている秘密線路を<シークレット・ライン>で通り、たどり着いた湖の底まで<エラ呼吸への回帰>で潜る。そして湖底に隠された入り口を<叡智のマスターキー・レコード>で開ければ、そこは――
得体の知れない水色の液体が満ちる、巨大な透明のシリンダ。
それが幾本も幾本も林立する、呪符の製造工場である。
「……まあ、『工場』という呼び方も、あながち間違いではありません」
二十年前、魔導巨兵【シルバー・バレット】はとある田舎の湖で発見された。湖の底は空洞になっていて、銀の巨人はそこに格納されていた。
結果、その田舎町の名は地図から消えることになり、湖も地元民に知られていた名前を捨てることとなった。以降、その湖は『
魔導巨兵という兵器が、もしも、誰か特定の魔導士が作ったものなら。この地下空洞も、おそらくその魔導士が用意したものだろう、という分析。
【シルバー・バレット】の開発・整備・点検を行う設備――工房。
「……これってさあ。どういう仕組みで動いてんのか、って聞いていいやつかな」
「ええと、ですね……。魔導巨兵の駆動メカニズムと同じく、未知の領域はとても多いですが。現時点での判明分と推測であれば、いくらかは説明することが」
「いやごめん。お嬢にこういうの頼んだら止まらないの忘れてた」
しかしなにぶんユーレイは真面目なので、この手の説明になると冗談は通じないし歯止めだって効かない。
――全高十メートル超の【シルバー・バレット】を格納できるわけだから、この地下空洞の天井はつまり十メートルをゆうに超えている。
その天井にまで届くほどの長く太いシリンダが、床から柱のように伸びている。
計六本。六角形を描くように配置された柱を結ぶ形で、足元には魔法陣が描かれている。
そして、陣の中央に、祭壇。
シリンダ内部を満たす液体は、わずかに気泡を含んだ水色。やや粘性を感じさせるゆったりとした揺らめき方――
一筋の赤い稲妻が、液体の中にひらめいた。
六本のシリンダが雷光を迸らせ、鮮紅色の魔力が床の陣を伝って祭壇に流れ込む。
壇上、何もないはずの虚空にふと雷が瞬いて、
そこに透明な呪符の輪郭が一瞬見えたかと思うと――
次の瞬間、それはきちんと実体を持った呪符として、祭壇の上に安置されていた。
「魔導巨兵は、大気中の魔力を自動で吸収して動く。それと同じ理屈で……大気中の魔力から呪符を自動で生成する術式が、仕掛けられているのかと」
「その術式の具体的な仕組みについては……わかれば苦労しないって話だよね」
あたりに控えていた呪符課の職員たちが祭壇へと駆け寄って、生成された呪符を手に取る。<水先案内人>という銘が刻印された呪符である。
そんな名前の呪符をカラセルはこれまで一度も見たことがなく、
そもそも、そんな魔法がこの世に存在することすら、ユーレイは知らなかった。
要するに――完全な、新規カード。
『新しい魔法の開発』というのは、ふつう熟練の魔導士が十年二十年近い時間をかけて行うものだった。そうして開発された呪文はさらに長い時の中で簡略化が進められ、やがては呪符というマジックアイテムに圧縮できるようになる。
そういう過程をすべて省略して、『工場』は呪符をいきなり生成する。
あげく、そうして作られる呪符は、どれもこれも現代文明の数十年は先を行く高度な魔法ばかり。<トレイルスネーク>が良い例で、交通の便を大幅に良くしたこの使い魔は『工場』産の魔法によって召喚できるようになったものである。
つまり現代における新魔法開発は順序がまるっきり逆になってしまった。汗水垂らして作った魔法を研究の果てに簡略化するのではなく、放っておいても湧き出てくる呪符を解析してそれがどういう魔法なのか把握する。
呪符を利用して破壊を成す魔導巨兵と、呪符を自動生成する工場。いまや現代魔導文明の発展は、これら超古代の遺産に依存する形となっている。
「誰にでも立ち入れる施設でないのは、さすがに理解してもらえると思うが」
「……ここでのすべては他言無用、ということです」
「それはまあ、わかりますけど」真面目くさって唇に指を当てるユーレイを制止して、「結局ですね、この他言無用工場見学の真意はどこにあるかってのを……」
「ふむ」
王は、虚空から三枚の呪符を取り出した。
本職のカードゲーマーであるとひと目でわかるカード捌き。手札のように並べた三枚をカラセルに向け、一枚抜けと示す。
「三つある。どれからが望みかな」
「いい知らせか、悪い知らせかで言うと」
「悪い、おおむね悪い、君次第」
一枚ずつ指さしながら王は言った。
「……じゃ、まあおれ次第なとこからで」
「といっても、説明には段取りというのがある」
「なんで聞いたんです?」
カラセルの指定を完全に無視して、『おおむね悪い』のカードが抜き出される。
くるりと表返された、そこには――
<Giant Regulation>というカード名が、刻印されていた。
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