1-13.ユーレイと虹のカラセル
しばらくユーレイは何も言えなかった。
いろいろと聞くべきことはあるはずだが、まず最初に口に出たのは――
「……使い魔は、入っていないはずでは……!?」
「おれ、『おおむね』って言わなかったっけ?」
一枚だけ入ってんだよね、と呟いてクライン――もとい、カラセルは手を挙げた。
「じゃ、<虹のリヴァイアサン>の効果発動。この使い魔が召喚に成功したとき! デッキからカードを五枚ドローし、すべて<リヴァイアサン>の下に重ねて置く!」
無造作に投げた五枚のカードが、青の五角形へと吸い込まれる。
「ただし。このとき重ねた五枚に、『①使い魔が一枚でも入っている②同じカードが二枚以上入っている』――どちらか一方でも条件を満たしてしまった場合、《リヴァイアサン》はその場で自爆する。が!」
内訳は、<クロノス・レイド><
召喚成立。<リヴァイアサン>が力強く咆哮する中、ユーレイはようやく察する。
使い魔がこの一枚しか入っていない、同じカードを二枚以上入れない。
カラセルが自らのデッキ構築に課した、奇妙な"縛り"。それは、どちらもこの使い魔<虹のリヴァイアサン>を確実に召喚するための工夫だったのだ。
デッキひとつをまるごと一枚のカードに寄せた、特化構築。
デッキをすべて捧げるにふさわしいだけの力を秘めた――切り札。
これが彼の"勝ち筋"なのだ、とユーレイは息を呑み、そして、
――いや、そうじゃなくてですね。
「……私が探していたのは……」
「『虹のカラセル』」
「あなたの名前は」
「カラセル・クライン」
「――――なんで最初に言わないんですか!?」
「からかったら面白そうな子だなー、ってパッと見で思ってね」
絶句である。絶句である、本当に。
最初に『カラセルを探してるって子だよ』と紹介された相手に対し、何食わぬ顔でフルネームを伏せ『クラインです』とだけ名乗るその根性。
「いやさあ、こっちはいつバレるかいつバレるかってずっと思いながら喋ってんのに、結局最後まで気づかないんだもん。なに? おれの顔とか名前とかぜんぜん知らないまま来たの?」
「……時間がなかったんです……っ!」
なにせパイロット不在の緊急事態、しかも王直々の当てつけである。それでなくともユーレイは緊張するとテンパりがちな性格、情報は現地で集めると即決して足早にバベルを飛び出した。下調べなど申し訳程度にしかしていない。
頭を抱えるユーレイの横で、カラセルは実況席に手を振った。
「そーいうわけで、匿名希望はおしまい。じゃ、景気づけの一つもお願いしまーす」
『……ひょんなことから成立しました、一位対二位の好カード。とうとう余裕がなくなったのか、"名無しのクライン"なんて茶番をついに投げ捨てる運びとなりました!』
呆れた顔で拡声器を手にとったレマイズが、嫌味を混ぜながらも、高らかに。
『"おれのデッキは三〇枚すべてが違う色の光を放つ"――てんでんばらばら、色とりどりの光を束ねて虹とする男。カラセル・クライン! ついに本性を剝き出したこの男が、本日この地下にかける虹は何色だぁ――――!?』
よく伸びる声で吠え立てるのに追従して――
観客席のあちこちで湧き起こる、怒号。
「――いい加減てめえが勝つのは見飽きてんだよ!!」
「頼む! 頼むグリープ! 今日の俺は大穴に張ってんだ! 頼む!!」
「当たれば仕事をやめられる当たれば仕事をやめられる当たれば仕事を」
「とまあこういう声援が、おれが賭場のアイドルである証明ってやつですね」
そんな怨嗟の声などどこ吹く風、いっそ憎たらしいほど爽やかな笑顔。
カラセルの残りライフは七、うち五点は<虹のリヴァイアサン>召喚のために連結して浮いている。
ゆえに、残ったビットは二つ――そのうち一つを握りしめて、砕く。
「では、
舞い上がる灰がカラセルの青く光る手の中に集まり、再生。
猫の手も借りたい状況――手元に戻ったその呪符を、カラセルは即座に発動した。
「じゃ、行こうか。<虹のリヴァイアサン>で、――<怠惰なる死神>を攻撃!」
咆哮。グリープが舌打ちをする。
ほのかに発光を始めた海竜の鱗が目まぐるしく色を変えてゆき、やがてその色が紺で固定される。大口を開けて空気を吸い込む<リヴァイアサン>のその顔の横に――
四つの魔法陣が浮かぶ。
「睡眠不足は体力を削る。耐久力は上がんない脆さがそいつの何よりの弱点です」
「……18/5と5/5。普通なら、相打ちになるところですが……」
「<溺れる者の借りる猫の手>。おれの使い魔はこのターンダメージを受けない」
赤、黄、緑、紫――四色の光が描き出す、それぞれ違う色の魔法陣。
そして五色目、<リヴァイアサン>の喉奥から溢れ出る青い光。
大鎌を担ぐ漆黒の巨人が、とっさにその鎌を振り上げた。
「<虹のリヴァイアサン>の攻撃だけが、一方的に通る形……!」
「それでは、お嬢さまもご一緒に」
「はい?」
小さくガッツポーズを取って立ち上がったユーレイに告げて、カラセルは人差し指を突き上げる。
――その詠唱に意味はない。
呪符をビットに置いた時点で、魔法の発動は完了している。だから、そこで何か追加の詠唱を行ってみたところで、それでなにか使い魔の能力が向上したりするわけではない。
だから、彼らがこういう呪文を唱えるのは、結局の所気分の問題。
要するに、それは――
「"混色の! アルケミー・スパイラル"!」
「えっ!? あ、え、えーっと……」
――<虹のリヴァイアサン>の、必殺技。
四つの陣と海竜の口、計五つの砲門から放たれる光線。バラバラに撃ち出されたその光は絡み合いながら一本に収束、光の五重螺旋となって<怠惰なる死神>を襲う。
黒鎌の刃でそれを受け止めた<死神>が、その場に足を踏ん張って耐える。
さて。
「――あ、"あるけみー・すぱいらる"!」
ノった。
とっさに振られたユーレイはカラセルと一緒になって叫んだ。というか、人差し指までびしりと突き出して律儀にポーズまで決めてみせた。なにぶんユーレイは真面目な少女で、かつテンパりやすい性質でもある。
心なしか勢いを強めた気がする五色の光の渦が、死神の全身を飲み込み――
地獄の亡者が上げる悲鳴のような、この世のものとは思えぬ断末魔が響き渡った。
「す……《
「バカな……やつらは四大欲求すべてを超越した存在だというのか!?」
<死神>は塵ひとつ残さず消滅、グリープの背後に控えていた筋肉二人が身を乗り出して吠える。当のグリープ本人も、取り乱しこそしないが唇を噛んでいた。
<怠惰なる死神>と連動していたビット五つがすべて爆散。舞い散るダイヤの細片の中、グリープは残された六つのビットを手元に引き寄せた。
ここに至って立場が完全に逆転したことをユーレイは感じ取る。技名を叫んで指を突き出した姿勢のまま、高鳴る鼓動を感じる。
<怠惰なる死神>は消えた。ならば、今この場における死神は――
この男、『虹のカラセル』なのだと。
白と紺色の混ざった髪を攻撃の余波にさらさらと揺らし、死神は死を宣告する。
「<虹のリヴァイアサン>の効果発動。一ターンに一度、"<リヴァイアサン>の下に重なっている呪文"を一枚
カラセルの頭上に浮かぶのは、五つのビットによって形成される青い光の五角形。
その中には<リヴァイアサン>と五枚の呪文、計六枚の呪符が格納されていて――
うち一枚、<クロノス・レイド>の呪符が五角形の中で燃え落ちた。
次のターンが来たらすぐにカードを引けるよう、詠唱魔杖に手をかけていたグリープが――諦めたように目を閉じる。
「<クロノス・レイド>は時を操る呪文。次のおまえのターンをスキップして、おれのターンをもう一度追加で行う! よっておれは、これでターン終了。――で!」
カードを引いたのは、カラセル。グリープに次のターンは来ない。
ただし、自動で発動する<原風景の柵>は別である。
<死神>が倒れてなお、グリープの場には羊と柵が揃っている。カラセルのターン終了と同時に三匹の羊が柵を越えて駆けつけ、敵の場には羊が七匹。これを片付けない限り、<リヴァイアサン>の攻撃がグリープまで届くことはないわけだが……
「さてお嬢さん、<クロノス・レイド>にはひとつ面倒なデメリットがあるんだけど、それについては知ってるかな?」
もはやそんなものは問題にならない状況だと、ユーレイにもわかっている。
咳払いをひとつしてから、人差し指を立てて、明朗に答えた。
「<クロノス・レイド>:通常呪文。『次の相手ターンをスキップし、自分のターンを追加で行う』……ただし、『このカードの発動後、次の自分のターンが終了するまで、自分はこのカード以外のカード効果を使用することはできない』」
「そ! <クロノス・レイド>を使うとおれは追加ターンを得られるけど、その追加ターンに他のカードを使うことはできない。そういう副作用があるわけね」
テキストをまるごと暗唱してみせたユーレイに、カラセルが拍手する。
「でもね、よくよく考えてみましょう。おれは今、<クロノス・レイド>を普通に発動したわけではなく、あくまで<虹のリヴァイアサン>の効果として発動したわけですよ。となると、このテキストはどう読み替えればいい?」
何が言いたいかといえば、つまりはこういうことである。
<虹のリヴァイアサン>(コピー:<クロノス・レイド>)
次の相手ターンをスキップし、自分のターンを追加で行う。
このカードの発動後、次の自分のターンが終了するまで、自分はこのカード以外のカード効果を使用することはできない。
先に言っておくと、これはほとんど詭弁スレスレの理屈である。
「おまえにも聞いてみようか、なあグリープ。ここで言ってる『このカード』ってよ、この場合……どのカードを指してることになるんだろうな?」
「……これが<虹のリヴァイアサン>の効果として扱われている以上は、<虹のリヴァイアサン>を指すことになるのだろう」
「そうだよなあ、そうなるよなあ。――ということは?」
苦々しげにグリープが答えると、五角形の中でまた呪符が燃えた。
「この効果は問題なく使えるってことだよ! <虹のリヴァイアサン>の効果、<トップダウン・フレア>の効果を発動する!」
<リヴァイアサン>の鱗が目に鮮やかな紅色へと変化する。
そう、ほぼ詭弁寸前の理屈。しかし、魔力を通した呪符がちゃんと術式を起動させている以上、それはルール上なんら問題のない、正しい仕様であるということ。
通常呪文:<トップダウン・フレア>。場の使い魔一体を選択して発動。
それより攻撃力の低い使い魔を、すべて破壊する。
「――焼き払え!」
海竜:5/5の吐き散らす炎が、七匹の羊:すべて1/1を一匹残らず灰に還した。
無人と化した牧羊風景に――カラセルの号令がこだまする。
「二発目! <虹のリヴァイアサン>の攻撃!」
再び<虹のリヴァイアサン>が光の五重螺旋を吐き出して、今度は遮る盾がない。
直撃すれば死は免れない、上級使い魔のその一撃を――グリープは残り六つのビットを五つ砕いてバリアを展開。虹の奔流は灰色の壁を一秒もせずに粉砕したが、かろうじて直撃だけは避ける。
残りライフ、一点。たったひとつ残されたダイヤモンドを頭の横に浮かべたグリープは、それでも最後のプライドとして、詠唱魔杖をそっと握りしめる。
「じゃ、あとはもう何でもいいんだけど」そう呟いて、カラセルはターンを終了。
絞首台に臨む死刑囚のように、グリープがデッキの一番上へ手をかける。
「……俺のターン。ドロー――」
「――クイックキャスト。<リサイクル・フューチャー>」
通常呪文:廃棄場の呪文を五種類デッキに戻してシャッフルする。これで戻した呪文をもう一度引いた場合、その場でもう一枚追加ドローが可能――
グリープのラスト・ドローからほぼ間を置かずに唱えられた呪文。<身長制限>と連動していたビットを砕き、デッキを補充する。
青い魔力壁の残骸が雪のように舞い落ちる中、
――結界呪文と同じ理屈で、上級使い魔は相手ターンでの効果発動が可能。
「<虹のリヴァイアサン>の効果。<
<リヴァイアサン>の鱗が、最後に紫色へと変化した。
「<呪文洗浄>はコピーをコピーする死ぬほど回りくどい呪文で、自分の廃棄場にある『他の呪文の効果をコピーする呪文』を一枚選択し、その効果をコピーする。おれの廃棄場には何があったかな?」
「<代用詠唱の代償>……」
喜びと驚愕と感嘆から、ユーレイは呆然と呟いた。
<代要詠唱の代償>。自分の廃棄場にある『ダメージを与える効果』を持つ呪文一枚を選択し、その効果をコピーする。
カラセルは三枚のカードを引いた。
「その効果で<トリコロール・バースト>を発動。デッキの上から三枚のカードを引き、その三枚と同じカードが自分の廃棄場に存在しなければ、相手に三点ダメージ。……なんだけど」
「確認、要るか?」
「いいや」
<虹のリヴァイアサン>が三つの魔法陣を生成、三色の光を放った。赤、青、白の光線――赤の一撃をグリープは最後のビットを砕いて受け止めて、
残り二色を防ぐ魔力は、ない。
青と白の二重螺旋が闘技場の地面を抉り飛ばし、グリープ、およびその後ろに居た二人が、爆炎に飲み込まれて姿を消した。
グリープの残りビット数、ゼロ。
「"我が魂は虹色に、しかしこの虹は七色にあらず"。<クロノス・レイド>込みの二連打十点に、<トリコロール・バースト>で三点の、計十三色。……って感じでどうでしょう?」
誰の目にも疑いようのない、『虹のカラセル』の勝利であった。
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