1-10.ユーレイとvs国民総カードゲーマー化政策の弊害―①
クラインの周囲に滞空する二十の
対するグリープのダイヤモンド片は、いまだ灰色の魔力光をたたえている。
「食った後は眠くなる。ヤった後も眠くなる。睡眠欲というのは不思議なもので……四大欲求のうち、性欲と食欲に連動して表れることがしばしばある」
先攻は、グリープ。
一列に並ぶ二〇のダイヤは、主の周囲を蛇のようにうねりながら飛行・旋回している。そのうちの一つを指で弾くと、タンポポが綿毛を纏うように――灰色の魔力光が膨れ上がり、ダイヤモンド片を核とした魔力の球を作り上げる。
「ただし、カードゲームだけは別だ。睡眠欲はカードゲーム欲とだけは連動することがない。――決闘に、もし『負けた』のであれば。たとえどれだけ疲労していようと、『負けた』悔しさを前にして、『眠りたい』などという欲求が表に出ることは……決して、ない」
宙に浮かしていた手札のうち、一枚を無造作に掴み取る。
グリープの扱う呪符は、鉄製。
先程作り出した魔力の球に、その鉄の呪符を差し入れると――彫り込まれた
「だからこそ、俺はカードゲームに惚れ込んだ。――
――魔力に満たされた鉄製の呪符が、その熱によってどろりと溶け、消滅。
と同時、魔力片から放たれた灰色の光が虚空に魔法陣を描き――
その魔法陣をくぐり抜けて、一匹の羊が闘技場に下り立った。
綿あめのようにもこもことしたかわいらしい白毛が特徴的な、何の変哲もない羊。
「下級使い魔、ステータスは1/1……。何を狙っているのでしょう」
「何を狙ってるっていうか、いや……」
入場用の通路からこっそり顔を出して見ているユーレイが首をかしげると、ちょうどその通路の前あたりに陣取っていたクラインが振り返る。
「数えたことくらい、あるでしょ?」
その言葉の意味を問いただす間もなく、グリープがデッキからカードを引いた。
「カードゲームに没頭している間は睡眠を忘れていられた。負けているうちは眠る時間も余裕もありはしなかった……が、いつの間にか俺は
――足元が一瞬ぐらついたかと思った、次の瞬間。
闘技場の地面に若草色の芝生が突如生い茂ると同時、グリープの背後から木製の柵が勢いよくせり上がってくる。
「この使い魔が場に召喚されたとき、俺はデッキから結界呪文:ビット1<原風景の柵>を発動することが許される。俺はこれでターンを終了」
先程と同じように、魔力片をひとつ引き寄せて球状に拡大。そこに<原風景の柵>を差し入れると、呪符に刻まれた術式が起動する。
ただし、今度は呪符が溶けて消滅するようなことはなく――グリープが手を離しても、魔力球に差し込まれたカードは落ちることなく、滞空を続けている。
「お嬢さんって、寝付きはいいほうかな?」
「――はい?」
あまりに急に聞いてきたので、どちらかといえば良くはないですと真面目に答えそうになったが。<原風景の柵>を差し込んだ魔力球が突如帯電したような破裂音を立て始め、そんな話をしている場合ではない。
雷撃のように迸る魔力が、グリープの手の中に集まっていき――
――その手の中で、灰色の光が長方形の
「この瞬間、<原風景の柵>の効果が発動。羊が二匹、三匹、――四匹!」
それが三枚分。魔力によって生成された擬似呪符を、先程と同じようにして発動。
途端、グリープの背後にそびえる巨大な柵を飛び越えて――
三匹の羊が、立て続けに現れた。
元いた一匹と身を寄せ合い、巨大な綿の塊を作り上げる。
目を丸くするユーレイに、クラインが解説した。
「つーわけで、これがあいつの戦術。<原風景の柵>が発動している限り……」
「お互いのターンの終了時、俺の場に<シープ・トークン>が三体ずつ召喚される」
――
それが四体だから、しめて四点分。クラインの
グリープの周囲を旋回していたダイヤモンド二〇個――のうち、<原風景の柵>が刺さった一つを除き、残り十九個が消灯。。それと入れ替わりにクラインの従える二〇のサファイアが青く輝き出し、これをもって手番交代。
「塵が積もって大惨事。ではではおれのターン、ドロー」
頬に冷や汗を浮かべながら、ユーレイはそっと手を挙げた。
「早めに、あの<柵>を破壊しましょう。このままだと物量に押されます」
「ちょうどそれができるカードを引きました。ではでは
青く膨れる魔力球に今しがた引いた呪符を挿入、蒼炎が紙の呪符を燃やす。
その灰が舞い落ちる中、一列に連なる二〇の蒼玉が――己の尾を噛む蛇のように、クラインの眼前で円形に並ぶ。
相互に放たれた光線が、円の内部に蒼光の幾何学模様を描き出し――
「場の
魔法陣から横殴りに撃ち放たれた青い竜巻が、グリープのすぐ脇を駆け抜けてその背後の柵をねじ切った。暴風に長髪をなびかせるグリープ――その横に浮いていた灰色の魔力球が、差し込まれた<原風景の柵>ごと光を失って粉々に砕け散る。
どろりと液状に溶けた鉄の呪符が、地面に染み込んで消えていった。
――下級使い魔の召喚、および通常呪文の発動とは異なり。結界術式の作動には、絶えずライフビットからの魔力供給が必要になる。
最初の一回魔力を通せばそれで発動する前二者とは違い、それを置くビットと密接に連動し続ける結界呪文は――呪文が破壊される際、結びついていたビットまで道連れにしてしまう。
カードゲーマーの命を表す、二〇点のライフビット。うち一つが砕け散り、グリープが擁するダイヤモンドは残り十九個。
よし、とユーレイが密かにガッツポーズを取ったそのときである。
「目覚ましは、一回で起きる性質か?」
「あん?」
残る十九のダイヤモンド片のうち、ひとつを何気なく掴み取り、握りしめる。
途端、その拳の隙間から灰色の魔力光がこぼれだした。
「俺は、どうしても二度寝してしまう。――
「げっ」
――呪符の発動に必要な魔力を供給するのが
その例外となるのが強制開放。ライフビットの魔力遮断を無理やりにこじ開けることで、相手ターン中でも呪符に魔力を通わせることを可能とする。
ただし代償として、無理な強制開放を行ったビットはその一度限りで自壊する。
グリープが拳を開くと、砕け散ったダイヤの破片が地面にこぼれ落ち――それと引き換えに得た魔力を、彼は通常
「自分の張った結界呪文が破壊された場合。破壊されたその
グリープが詠唱魔杖の先端を宙空に向けると、先程溶けたはずの呪符がどこからともなく磁石に吸い寄せられるようにそこへ集まる。液化した鉄は見る間に呪符の形を取り戻して固まると、元通りの<原風景の柵>となってグリープの手に収まった。
「――<原風景の柵>を再詠唱!」
再び土中よりせり上がる、のどかな田舎の牧場の柵。羊たちが高らかに鳴いた。
都合二つのビットが粉砕され、グリープの残りライフは十八。減ってはいる。が、状況がこちらの有利に傾いたかといえば、それは……。
羊の群れをユーレイが不安そうに見つめている傍らで、クラインはといえば残り三枚の手札を腕組みして眺めている。
「――ど、どうするんですか!?」
「……とりあえず仕切り直しとします。通常
浮遊させていた手札の残り二枚を、クラインはくるりと裏返す。
――<ボトムアップ・フリーズ>、<スクラップ・ディテクター>。
「手札をすべて捨て、捨てたのと同じ枚数分ドローする。そして! このとき引いたカードを相手に公開し――引いたそれと同じカードがおれの
「え、ちょっ――」
手札をすべて交換しておいて、それでもなおワンペアすら揃わなかったブタの場合にのみ、憐れみの追加ドローが許される。
思わず口を挟みそうになったユーレイを置き去りにして、先の二枚が青い炎に包まれて跡形もなく焼け落ちた。それと引き換えに引いた二枚を、クラインは宙へ放り投げる。
<トリコロール・バースト>と、<代用詠唱の代償>。
いずれもこのゲーム中クラインがまだ使用していない呪符であり、従って使用済み呪符の残骸が行く場所である廃棄場に、同じものが存在するわけはない。
「悲しいことに
「……しれっと危ない橋を渡るのは、できればやめてもらえませんか……!?」
さて、なぜユーレイが無駄に心臓をバクつかせているかといえば。
この呪符がどういう性質を持っているか、知識として知っていたからだ。
「<
「あれ、意外と詳しいんだね? そうです、普通はそういうカードです」
運が良ければ大量ドロー、ただし外せばすべての手札を失う。ハイリスク・ハイリターンなこういう
ひとまずのギャンブル成功に胸をなでおろすユーレイに、しかしクラインは笑う。
「けどまあ、そこについては別に心配いらないんだよね、おれの場合だと。――追撃の! <トリコロール・バースト>を発動!」
旋回するサファイア片のうち三つが三角形を描いて並ぶ。
クラインは三枚の呪符を引いた。
<溺れる者の藁の砦>、<強欲の帳尻合わせ>、<クラッシュ・オープン>。
「デッキから三枚引いて相手に見せる。そしてこのとき見せた三枚が、おれの
効果成立。
赤と青と白、三本の光線が三角の頂点から放たれる。ねじれて絡み合う螺旋の三色が、猛烈な速度でグリープへと迫り――
――とっさにダイヤを三つ砕いて、グリープは防御壁を生成。
目に鮮やかな三色の光を、灰色の壁が受け止める。
「というわけで、向こうはライフ十五。こっち二〇。一歩リードって感じかな」
「……」
ユーレイは思考を巡らせる。
<ブタへの施し>も<トリコロール・バースト>も、言ってしまえば『同じカードを二枚以上引いてしまった』場合に失敗のリスクを生じさせる呪符である。
一般的な呪符戦において、同じカードは三枚までデッキに入れることが許される。強力なカード、デッキのキーカード――なるべく引く確率を上げたいカードは、複数枚投入するのがデッキ構築の基本である。
――が、
先程この男は『おれの場合は心配いらない』と言った。つまり――
「……もしかすると、その、あなたのデッキは……」
「そ。おれのデッキは三〇枚三〇種構築、同じカードは一枚たりとも存在しない。全カードオンリーワンで組んでるわけね」
同じカードを二枚以上入れない。――そもそもが特殊な構築のデッキなのだ。
目当てのカードを引く確率が下がる、一度カードを使ってしまったらもうそのカードの二枚目はない――そうしたデメリットを受け入れる代わりに、<ブタへの施し>や<トリコロール・バースト>の確実な効果成功を保証する。
なるほど、そういう明確な狙いがあって組まれたデッキなわけだ――理解すると同時に感心し、ユーレイは一人うんうんと頷く。
頷くついでに、聞いてみる。
――同じカードを二枚以上入れることがない都合、
――二枚目を出すことは、できない。
「<ディスペリング・ストーム>は、さっき撃った一枚で終わりってことですよね」
「そうなります」
<ディスペリング・ストーム>とは。
特に扱いにくい癖もなく、相手の発動した結界や
特に理由がなければ二、三枚は投入するのが普通の、優秀な呪文である。
――特に理由がなければ。
ちらりとグリープのほうを見る。その背後には変わらず柵が突き立っている。
「では、あの<原風景の柵>はいったいどうやって破壊すれば……?」
「しばらく破壊できないかもしんない」
「……」
「……」
たっぷり数秒間の沈黙があったのち、ターン終了、という蚊の鳴くような宣言がクラインから出される。
――ビットからの魔力供給を絶えず受け続ける都合、破壊されるときライフも一緒に失うという欠点がある。それが結界呪文というものだ。
ただし、そういった特性上。結界呪文の置かれたビットは、相手ターン中でも魔力が遮断されることはない。相手ターン中でも変わらず魔力供給を受け続ける。
つまり――結界呪文の効果は、相手ターン中であっても発動できる。
クラインのターン終了に反応して、さらに三匹の羊が柵を飛び越えてやってきた。
これで羊は全部で七匹。総攻撃力は、七点。
与えた五点のダメージをクラインは一歩リードと称したが、そんなもの一瞬で取り返されてしまうだけの戦力だった。
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