1-9.ユーレイと国民の血税の行き先



  *  *  *



 二十年前の【コンセプター】来襲は、それはそれは甚大な被害をハイランド全土にもたらした。


 都市機能はほぼ完全に破壊され、首都には避難民があふれかえる。加えて、そこで判明した新事実――『魔導巨兵同士の戦いは、カードゲームによって行われる』。

 あまりにも無茶苦茶な状況、もう本当に当時の王は頭を抱えるばかりだったのだ。

 ただでさえ激動の時代の、それも時代の転換点真っ只中にあって――その当時の王がなんとしても解決しなければならなかった問題は、ふたつ。


 ひとつ。職も住む場所も失って絶望に打ちひしがれている国民たちを救うこと。

 ふたつ。強いカードゲーマーを安定して輩出する方策を考え出し、現状のこの弱った国家を他国魔導巨兵による侵略から守り抜くシステムを構築すること。


 無理難題もいいところであり、このふたつの問題をまとめて解決する方法など、それこそ『ふたつまとめて匙を投げる」以外に存在しないかと思われた。

 が、この当時の王はなんとその対応策を打ち出してしまった。

 打ち出してしまった、のである。



 ――『賭博』と『為政者』は元々切り離すことのできない関係にあるが、この王もまた例外ではなかった。呪符戦カードゲームは見るのもやるのも好きだという王は、魔導巨兵の発見以前から、カードゲーム賭博に関しては容認派だったのである。

 そういう王の性質が、この『対応策』の実行に一役買った。



 が、これが本当に名手と呼んでいい政策だったのかどうかについては、未だに議論の余地が残る。

 二度と後戻りのできない変化を国家にもたらしたのは、間違いないからだ。



  *  *  *




 気づくと、ユーレイは地下帝国にいた。


「――ちょっと待ってください」

「どしたの?」

「明らかに広さがおかしくないですか?」


『地下帝国』なんて言葉が頭をよぎるくらいには、広い空間。という第一印象をさておいて、もっと適切な語彙を探すなら『地下闘技場』と呼ぶのがふさわしい。


 いったい天井まで何十メートルあるのか察しもつかない大空洞――あえて光量を絞っていると思しき薄暗い照明の下に広がる、円形闘技場コロッセウム。呼び出した使い魔同士を戦わせるに十分なスペースを確保されたそのバトルフィールドをぐるりと取り囲むような形で、上へ上へとすり鉢状にせり上がっていく観客席。

 ぎっちりと席を埋める客たちの怒声が、豪雨のように闘技場へ響く。

 そんな客たちの合間を縫うように歩く、背中にボックスを背負った売り子。たぶん構築済みデッキでも売りつけようとしているのだろう彼らからは、今はただ賭ける側でしかない観客をプレイヤー側へ引き込もうという店の狙いが見て取れる。


 何がおかしいかというと、これが【人生結局グッドスタッフ】の地下にあったという点だ。

 店の丸テーブルを適当にどかしたレマイズが床を蹴ると、おもむろにスライドしたフローリングの下から階段が出現した。あんぐりと口を開けたユーレイが案内されるまま下りてくれば、そこに広がっていたのは闘技場である。

 何をどこからどう考えても、店の面積と地下の面積が釣り合わない。

 有事の際には首都市民を収容するシェルターとして機能するのではないか、なんてことすらユーレイは考えた。


「実際、最初はそれ用に作ろうとしてたのを方針変えてこうしたって聞いたよ」


 選手入場用の通路にまで、絶えず反響し続けるざわめき――片耳を塞いで問いかけるユーレイに、壁にもたれてクラインが声を張り上げて答える。


 ――魔導巨兵の襲撃を経て計画されたであろうシェルター建設、それを闘技場に作り変えるというダイナミックにもほどがある舵取り。

 なんであっても、国が直接介入しなければ成しえない事業。


 ここに至って、ようやくユーレイは気づく。

 そう、考えてもみれば。ハイランドの守護竜たる<水晶薔薇の霊竜>が店内に掲げられている時点で、この店がなんなのかなど一発で察せてしかるべきだった。


「……こちら、国営の賭場でしたか……!」



  *  *  *


 国民の救済とカードゲーマーの確保、その二点を一気に解決するべく国王が打ち出した施策。それこそが、"国民総カードゲーマー化政策"である。

 呪符カードの製造・流通・販売に関する事業を、国を挙げて推進。国民が呪符を気軽に手に入れられる体制を整えると同時に、関連事業の拡大に伴い呪符産業への雇用が創出され、職を失った国民の受け皿ができる。

 そうして呪符カードを手に入れた国民は、日々の憂さ晴らしを求めて賭場へ走る。

 日中は仕事や復興作業に従事しつつも、夜になって家に帰れば「本当にこの国は大丈夫か」という疑念がじわりと心を包む。変わり果ててしまった国家、謎の巨大兵器への恐怖、不安、抑圧された精神――


 そんな毎日の鬱屈とした感情を、ひとときだけ忘れさせてくれる熱狂。

 それが賭博というものであり、カードゲームというものだ。



 この賭博をけしからんと弾圧するのではなく、むしろ政府が大々的に推奨する。



 すべての不安を忘れられるだけの熱狂を賭博に求める――その自然な感情を阻害せず、むしろ背中を押してやる。そうすることによって、国民が自然とカードゲームに触れる環境――自然とカードゲームの研鑽を積む環境が、用意される。


 カードゲーム事業推進による雇用の創出、賭博推進による国民感情のケア。

 そして、それによる国家全体のカードゲーム練度の向上。


 国に走った激震と、情勢の不安。それらを逆手に取って、これから訪れる魔導巨兵の時代――カードゲームが国の行く末を左右する時代に、わずか一手で適応した。それが、先王の成し遂げた改革だ。



  *  *  *



「ま、しかし来るたびにすげえとこだなあとは思うよね。あれだよねこれ、魔法でなんか……空間を? 広げる? 的なことやってんだよね?」

「……それにしたって、かなり大掛かりな工事にはなります。相当な人手と費用が必要になるのは、間違いないはずなのに……」

「そのへんはあれだね、だいぶ補助金出てるってレマイズが前に言ってた」

「……」


 で、『賭博の推奨』が具体的にどういう形をとったかといえば、こういうのだ。

 国家予算の使い道が本当にこんなのでいいのだろうかとユーレイは頭を抱える。


 だいたい目論見通りにはなったのだ。それでなくとも元々身近な賭博として親しまれていたカードゲームは、この二十年のうちに凄まじい勢いで国民へと浸透した。


 日頃雑貨屋で優しげな笑みを浮かべている店員のお姉さんも、夜になればこうして観客席で押し合いへし合いしながらリング上のカードゲーマーを見下ろし『てめえに生活費全部賭けてんだ!! ヌルいプレイしたら承知しねえぞ!!』と叫ぶ。

 日頃路地裏でボロきれを着て死んだようにへたりこんでいる老人も、夜になればこうしてなけなしのカードを寄せ集めたデッキを握りしめてリングに立ち『俺はここから這い上がる……這い上がってみせるんだ……!』と全身全霊カードゲームに臨む。


 すべて国民がカードゲームに邁進する環境を整えたという意味では、改革は成功を収めたと言えるだろう。

 ただし、そうして国全体に激震を巻き起こした改革は――



「改めて、確認しておくが。俺が勝ったら、その女はこちらに引き渡してもらう」



 ――こういう、わけのわからない連中まで生み出すことになってしまった。


 通路の奥から歩いてきたグリープが、静かな、しかし喧騒の中にあってもよく通る声を、クラインに向かって投げかける。


「……参考までに聞きたいんだけど、引き渡した後ってどうなんの?」

「『カードゲーム』というものを、その身体で思い知ってもらうことになる」

「らしいよ、お嬢。これを機にカードゲーム学んでみるのもアリじゃない?」


 グリープの背後に控えていた筋肉男二人が、クラインのその言葉に反応してユーレイのほうを見る。舐め回すようなその視線――ユーレイはぶんぶんと首を振った。


 不安定な世界情勢に翻弄され続けるストレスの日々、その鬱憤を晴らすように賭場で声を張り上げる毎日。落差の激しい二重生活をずっと続けることになる国民たち――テンションの浮き沈みというやつが、それはもう、本当に、異様なことになる。

 その結果として、狂う者も出てきた。

 緊張と熱狂の二層構造の生活に頭まで漬かり続けた結果、なにかとても奇天烈な方向に己を解き放ってしまった存在――それが、こいつらのような変態だ。


 弟分二人を従えたグリープが、ゆっくりと通路を歩み去り、リングに出る。

 割れんばかりの歓声と怒声が降り注ぐと同時、いつの間にか実況席に座っていたレマイズが拡声器を使って吠え立てた。


『さてさて、ひょんなことから成立しましたこの好カード。滅多と見られぬ首都のナンバーツーがようやく重いまぶたを上げました! グリープ・デザイアー! 久しぶりにこの男のカード捌きが見られる幸運を、みなさん自覚してちょうだいねー!』

「……すみません。今ナンバーツーって言いました?」

「まあ、このへんじゃカラセルの次くらいに強いのは確かかな」


 観客を煽るレマイズの声が、そこからわずかにトーンダウン。 


『えー、対するは、……今だけは名無しのクラインにしてくれということで、クラインです。無名のカードゲーマー、クライン。……まあいいよそれで、そういうことにしておきましょう』

「……」


 ユーレイのテンションもトーンダウン。

 興奮する観衆の声も、心なしかブーイングのほうが多い。


 ――闘いの場に立つ人間は、必ず、をされる。

 そいつの勝ちに賭けている人間、ただ横から見ているだけの聴衆。

 そして何よりも、目の前に向かい合って立つ対戦相手から。

 等しく、同じ視線を向けられる。



 ――――こいつの実力は、どの程度のものか?



「……あの、その、……勝算は?」


 そっと手を挙げて問うユーレイも、つまりそういう精神状態にあった。

 首都のナンバーツーに勝てるだけの実力が、あなたにはあるのかと。 


 視線をしばらく宙空にやり、ふむ、とクラインは腕組みをした。


「まあ、勝算というか、なんというか……。あのねお嬢さん、カードゲーマーってのは結構ゲンを担ぐ生き物なんだ。縁起が悪いのは嫌いなの」

「……と、言いますと?」

「やる前から、そんな露骨に不安そうな顔しないでねってこと。おれがかるーい男なのはまあ否定する気もないんだけどさ、にしても今お嬢さんが五体満足で帰れるかどうかは一応おれにかかってるわけです、なんでこうなったのかマジでわかんないけど。だからまあ、もっと直球で応援してくれてもいいと思うんだ、おれは」


 ――言っていることは、まあ理解できる。

 が、しかし。


「……結局、勝ち目はあるんですか!? ないんですか!?」

「…………見てからのお楽しみってことで!」


 ユーレイの切実な問いにはビシリと指を突きつけるだけで返し、クラインもリングへと出ていった。



 グリープとクライン。闘技場の対極に立ち、向かい合う二人のカードゲーマー。

 爆音のような歓声が、このシェルター級の地下空洞に満ち満ちる。


「おまえが勝ったらお嬢さんの身柄をそっちへ引き渡す、おれが勝ったらお嬢さんが無罪放免ということになる。……これってさあ、おれ自身は別に勝っても負けても得るものなくない?」

「ツケが帳消しになると言っていたはずだが。身から出た錆を落とす機会が与えられたということだろう」

「いやまあそれはそうなんだけど。急にまともな理屈で返すのやめてくんない?」


 至極クールに返したグリープに、クラインは持っていた杖で地面を突く。



 ――詠唱魔杖キャストスタッフ。垂直に立てればクラインの肩ほどの高さになるその杖の先端は、ちょうど『?』の字のようにねじくれて渦を巻いている。

 そしてその渦の中央には、長方形の宝石がはめ込まれている。クラインの手のひらにちょうど収まるほどの、青く澄んだ四角いサファイア。

 クラインはサファイアを鷲掴みにすると、力任せに杖から取り外した。


魔力マジックカートリッジ、充填セット!」


 その手が紺青色の輝きを放ち、宝石にクラインの魔力が流れ込む。

 かすかに光の差す水底のような、揺らめく深い紺色の光――

 対峙するグリープは、鈍い灰色の光に満たされたダイヤモンドを握っている。


 二人のカードゲーマーは、それら光り輝く宝石を同時に真上へと放り投げた。


「ライフビット、展開オープン!」


 直後、二つの宝石が砕け散った。均一に二〇等分された細片が、ぼんやりと淡い魔力の光を纏ったまま降ってきて――クラインとグリープ、それぞれの周囲で静止。規律正しく円形に並び、主を取り囲むように滞空する。


 ――勝負の最中に使用できるのは、開始前、カートリッジに充填した魔力のみ。

 これにより、持って生まれた魔力量の多寡が勝敗を左右することはなくなり、二人の魔導士が使える魔力の量は完全なとなる。


「デッキ――セット!」


 懐から取り出した呪符の束を、詠唱魔杖キャストスタッフの先程まで宝石があった場所に嵌め込む。

 わずかに薄青く輝いた杖の、その魔力の光がデッキを包み込み――認識スキャン、完了。


 ――勝負の最中に使用できる魔法は、杖にセットした三〇枚の呪符デッキのみ。

 これにより、本人の知識・修練の量に関係なく、二人の魔導士が使える魔法の数は完全なとなる。



 錫杖を打ち鳴らす僧侶のように、二人のカードゲーマーは杖を地面に突いた。

 先端に嵌め込まれたデッキから二人同時に三枚の呪符カードを抜き放つと、その三枚を無造作に宙へ浮かし、手札とする。



 魔力量ライフ二〇点、魔法数デッキ三〇。初期手札、三。

 この統一をもって、対峙する二人の魔導士は平等になる。



 これは、対等な条件の下で行われる、二人の魔導士の――である。


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