1-6.ユーレイと案内人


「デザイアーズのバカ二人が、ずいぶんいいとこのお嬢様に手ぇ出すもんだなーって思いながら見てたけど……」


 栗色のショートヘアをバンダナの中にまとめた、黒いエプロン姿。路地の石壁にもたれて腕を組み、けらけらと快活に笑っている。

 酒場の看板娘のようだ、という第一印象を咀嚼する暇もなく――

 矢のように飛んできた三枚の呪符カードを、ユーレイはとっさに掴み取った。


「お手本みたいな三枚コンボ、案外しっかりしてるじゃん。あいつらも、ざまあないねって感じ」


 軽い調子で囃し立てる拍手と声は聞き流し、今しがた投げつけられた三枚にユーレイは黙って目を通す。



<ライトニングボルト>/通常スペル

 相手の使い魔または相手プレイヤーに2点のダメージを与える。


<雪だるま式追撃機構>/永続スペル:ビット1

 「雪だるま式追撃機構」の効果以外で使い魔またはプレイヤーにダメージが発生するたびに、1点の追加ダメージを使い魔またはプレイヤーに与える。


<報復ほうフクロウ>/下級ファミリア:1/1

 使い魔またはプレイヤーへのダメージが発生するたび、このカードのステータスを1点ずつプラスする。



 ――ユーレイの扱う兵装も、呪符も。原理は同じ、『詠唱の簡略化』。

 そして現代の魔導文明において、「新たな魔法の開発」は「のおこぼれに預かる」とほぼ同義である。

 ゆえに、ユーレイが身に着ける装備と、一般に流通している呪符カードとで、の魔法が被っていること自体に不思議はないのだが――


 ――あの一瞬の攻防で、撃った魔法がすべて看破されている。



「……あなたは?」

「こっからもーちょい行ったとこの賭場で看板娘やってます。店にお金落としてくれるなら、遠慮なくレマイズちゃんって呼んでくれていいよ」


 にこにこと腕を組むレマイズが、この三枚をどこから取り出したのか。

 投擲どころか、の瞬間さえもまったく見えなかった。


「……お知り合い、でしたか?」

「んー、そだね。別に友達ではないから、まあ知り合いでいいのかな」

「――では、申し訳ありませんでした。手荒な真似をしてしまって……」


 きびきびと頭を下げたユーレイに、軽く聞いていたレマイズが吹き出した。


「お上品なことだよねえ。……カラセル、探してるんだっけ?」


 しばらくおかしそうに笑ってから、しかしその笑みを不意に薄くする。


「なんか、事情があるんだろうとは思うけど……。帰ったほうがいいよ、正直。なんかしら面倒事起こす前に、さっさと」


 いつの間にか、レマイズはその指先に一枚のカードを挟み持っていた。



<名指しの出禁措置>/永続スペル:ビット1

 カード名をひとつ宣言して発動する。

 このカードが場に存在する限り、宣言したカードの効果は無効になる。



 そのカードをひらひら振るのを警告と代えて、総括。


「たぶん、ここってお嬢さんみたいな人が来るとこじゃないよ」

「……それは、まあ。そういう場所だろうなとは、つい先程も思いましたが……」


 とても正直に困った顔をしたユーレイに、またレマイズは笑った。どうしよっかな、と<出禁措置>のカードをしまってまた考え込む。


「素直なのは嫌いじゃないんだけど。どうしよっかな……。大丈夫かな……?」

「ええと、その。あなたは、"虹のカラセル"の居所を……知っているのですか?」

「まあ、知ってはいるんですけど」


 きりりと引き締まった表情を浮かべ、ユーレイは背筋を伸ばして切り出す。


「……案内を、お願いするわけにはいかないでしょうか。詳しいことはお話しできませんが……、私はどうしても、その方に会わなくてはならないんです」


 そこまで言い切ってから、芯が引っこ抜けたように背中を丸めた。


「……あなたを、このあたりでは比較的話の通じそうな方と見込んで、お願いしたいのですが……」


 ここで言う『このあたり』は先程の暴漢が念頭に置かれている。

 この先もあんなのばかりが出てくるのではやっていられない、表面上好意的に会話が成立する相手をここで逃がすわけにはいかない――という本心が剝き出しになった弱音と、そんな弱音を直球でこぼしたユーレイに、レマイズはひとしきり笑った。



  *  *  *



 石畳の苔が靴跡にかすれている、わりあい人が通ると思しき路地。左右を建物の石壁に挟まれた狭苦しいその路地を抜けると、突き当たりの広場に出る。

 どこまで行ってもここは路地裏。立ち並ぶ家々に四方を囲まれた圧迫感、薄暗さ、石の冷たさ――そういうものは据え置きだが、しかし子供が遊べそうなくらいには広がったその場所に、レマイズのいう賭場は居を構えていた。


【人生結局グッドスタッフ】という看板が、でかでかと掲げられている。


 そのセンスはさておくとして、規模の大きな賭場であるのは間違いない。


 天井から吊り下がるシャンデリアの投げかける淡いオレンジの光、足元に敷かれたフローリングの床。寒々しい石の裏路地を歩いてきた博徒たちを、それら光と木の温かさと柔らかさで迎える設計――先程立ち寄ってきた賭場とおおむね同じコンセプトのデザインだ。

 が、広さと高級感が何をどう見ても段違い。なにせ照明がシャンデリアである。

 そもそもテーブルの数からして違いすぎるのだが、それだけ多いテーブルのほぼすべてをカードゲーマーと観客が埋めている。

 絶えずガヤガヤと騒ぐ声のする店内、ふと酒棚に目をやったユーレイはそこに見覚えのある銘柄を発見。お父様がよく飲むお酒では、とそこまでは気づいたユーレイだが、未成年である彼女はその酒の値にゼロがいくつ付くかという具体的な数字まではまだ知らない。ローゼストは金回りのいい家である。


 こんな路地裏にあるのが不思議なくらいに金のかかった内装。純粋培養のお嬢様育ち、そんなユーレイの目から見ても合格と言えるくらいには立派な店だった。

 テーブルを囲む博徒たちの間を縫って、口笛を吹きながら歩くレマイズ。その後をユーレイはついていく。

 賭場の看板娘は、ユーレイをカウンター席へと案内した。


「どうぞ。まあ適当に座ってね」


 自分はカウンターの内側へ入り込んで、空いている席をユーレイに指し示す。


 ――座れと言われたからには、まあユーレイは座るのだが。


 他にも空いている席はあろうに、レマイズが座れと指した席のすぐ隣では――

 一人の男がグラスを傾けていた。

 どう見ても、先客である。

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