1-5.ユーレイとわけのわからない輩


 逆に聞くけどどう見ればこいつがカタギに見えるのか、という男だった。


「――カラセルのことを探してるみたいだな?」


 ドスの利いた声と風体、剃り上げた頭頂部に一筋だけ残る黒いモヒカンが威圧的。

 ニタニタと嫌な笑みを浮かべながら、少しずつユーレイににじり寄ってくる。


「……ご存知なのですか?」

「ご存知もご存知だ。いけすかねえ野郎だよ」


 分厚い板のような筋肉、壁が迫ってくるような圧迫感。


「どこに行けば会えるか、など。教えて、いただくことは……」

「さて、どうしようかな……?」


 丸太のように太い首をわずかにかしげる大男。ユーレイは思わず一歩下がった。


 ――どうしたものか。


 賭場において、強いカードゲーマーというのは必然的に名が知られるものだ。裏社会に密かに出回っているらしいオッズ表、その頂点に君臨する男――このあたりではおそらくナンバーワンの実力を誇るという、"虹のカラセル"。

 一般のカードゲーマーからもパイロット候補を探す、と言った王が例に挙げたのが、その名前だった。

 が、その名を出してまず最初にやってきたのがこの巨漢。

 嗅ぎ回るのは、もしや危険か。


 ざり、とユーレイのブーツが砂利を踏む。

 だが予想に反して、筋肉男はふっと肩をすくめた。


「まあ、実際はどうでもいいんだ。カラセルを探してるってんなら、会わせてやっても構わない」


 風向きの変化を不思議に思う間もなく、ただし、と男の言葉は続く。

 この裏路地においては悪目立ちしてしょうがない、ユーレイのバベル指定白ローブ。それを上から下まで眺め回す。


「気になんのは、あんたのその格好だ。あの野郎に何の用事かは知らないが、そんな服来てここまで来るってことは……相当腕が立つんだろうなあって、俺は思うわけだ」


 ――どこに隠していたのかはわからないが、

 タンクトップの裾に手を突っ込んだ男は、そこから呪符の束デッキを取り出した。


「なに、俺たちはカードゲーマー。情報の見返りに求めるものなんか、強い相手と闘って勝つ――それ以外に、なんにもないのさ」


 例えるなら、それは決闘の開始を告げる騎士のように。

 騎士が、己の剣の切っ先を相手へと突きつけるように――男は、その手に握られた自分のデッキを、ユーレイへと突きつけた。


「高潔なバベルの魔導士さまだ。一局、手合わせ――願えるよなあ?」


 ――か。


 眉間に寄るシワを取り払うべく、ユーレイは硬く目をつぶる。一度深呼吸をした。


「……お断りします」

「そんな遠慮は要らねえよ。人目が気になるってんなら、場所を変えてもいい」

「いえ。カラセルさんの居所については、他をあたることに――わっ」


 食い下がる男に背を向けて、すぐに歩き去ろうとしたユーレイは――

 すぐ後ろに音もなく立っていたに、ぶつかった。


「ぐぅおっ!」


 何から何まで瓜二つのその男は、ユーレイと衝突した瞬間勢いよく後ろへ吹き飛んだ――というか、自分から後ろに跳んだ。三回ほどバク転を繰り返してから華麗なる着地を決めたのち、わざとらしくその場に膝をつく。


「これはこれは。おい、大丈夫かリビドー」

「い、痛え……。ダメだアパタイト兄ィ、肋骨が五本は持っていかれた。さすがはバベルのカードゲーマーだ、オーラだけでも相当なもんを持ってやがる……」


 小芝居である。

 二人並ぶと双子の兄弟のようだ。アパタイトと呼ばれた最初の男が、リビドーとかいう後から出てきた男に駆け寄り、その体を支える。


「弟を傷物にされてしまった。これはダメだ。ああ、ダメだ。この償いは――」

「――カードゲームで、してもらう他ない」 


 アパタイトが大仰に嘆くふりをすると、怪我をしたことになっているはずのリビドーがとても機敏な動作で立ち上がり、懐からデッキを取り出した。

 そろそろ身の危険を感じ始めて、ユーレイは早足に歩き出す。

 男たちも実に素早い競歩姿勢でユーレイの後をついてきた。


「大丈夫、二人同時に相手しろなんて言わない。ただ俺たちと二人交互に二十四時間耐久カードゲームをしてくれさえすればいいんだ」

「しません」

「わかるさ、あんな大勢の前で自分のデッキを見せるのは嫌だったんだろう? だがね、まさかバベルのカードゲーマーと闘える俺たちに機会を見逃せなんて、そんなもん犯罪と同じなんだよ。大丈夫だ、人目につかない場所が望みなら――」

「――私は、デッキなんか、持っていません!」


 ねっとりと肩に置かれた手を、ユーレイはとっさに振り払う。



「―――――――は?」



 嘘のように声のトーンを落として、男たちは立ち止まった。

 あまりの落差にユーレイまで振り返ってしまった。


「……おい。おい、おいおいおいおい……」


 愕然としている。唖然としている。世界がひっくり返ったような顔をしている。 

 筋肉男二人は怒り狂ったような表情を浮かべると、代わる代わる叫び出した。


「――学のない俺だって知ってる。食う、寝る、セックス、カードゲーム。これが人間の四大欲求。人間はどうやってもこの四つから目を背けることはできない」

「だが俺たちは見ての通りのゴロツキだからな。食いもんにもセックスにもろくにありつけやしねえし、寒さと空腹と負けた悔しさで満足に眠れねえ日だってある」

「だから俺たちはカードゲームをする。カードゲーム一本にすべてを打ち込み、カードゲーム欲を徹底的に満たすことで他三つすべてをねじ伏せる!」

「四大欲求をすべて支配した俺たち【オーバー・デザイアーズ】を前にして! デッキを持っていないだと!?」


 そして二人は獣のように歯を剥き出すとユーレイに襲いかかった。


「そいつぁもう――他の三大欲求全部をぶちまけろって言ってるようなもんだろうが!!」



 ――理解は不能で、対話も不能!



 即座に決断したユーレイは、左手でローブの裾を翻す。

 と同時、を右手で勢いよく抜き放った。


 アパタイトのほうは一瞬ぎょっとしたような表情で足を止め、構わずに突っ込んできたリビドーには鋭い突きを一閃繰り出す。リビドーはこれを飛び上がって回避、そのままユーレイを飛び越えて背後へ。


 ――銀の細剣の柄には魔法陣、刀身には呪文が彫り込まれている。


 流れ込む魔力がその刃を黄金色に輝かせ、起動。



 ――落雷。



「ぐうぉ……っ!」


 苔と日陰の薄暗い路地に落ちる二筋の雷。立て続けに降り注いだ雷撃をアパタイトは回避しきれず、かすってしまった腕を焦がしながら苦悶の声を上げて飛び退く。

「こいつ!」背後からリビドーの迫る気配。腰の鞘を左手にひっつかむ。

 殴りかかってきたリビドーの拳を、振り向きざまに鞘で殴りつけて逸らした。


  ――鞘の内側、外からは見えない部分。そこにも呪文と陣が刻まれている。

 

 空っぽの鞘からこぼれ出る光が銀の魔法陣を宙に浮かし、そこから無数の氷片を射出。腕の痛みに耐えながらユーレイに襲いかかろうとしていたアパタイトが、レンガ大の氷に打たれてうずくまる。

 咆哮と共に飛びかかってきたリビドーを屈み込んで回避したその流れのまま、ユーレイは己のくるぶしを軽く叩く。黒のソックスに黒の糸で縫い付けられた不可視の術式が起動――彼女のブーツを中心として、汚れた石畳に魔法陣が広がった。


 幾何学模様の陣から飛び立ったのは、黄金のフクロウ。


 最初はユーレイの頭ほどの大きさしかなかったはずのフクロウは、見る間にその体を巨大化させていく。路地に挟まりかねないほどの大きさまで膨れ上がるその姿を、大男二人は呆然と見上げていた。


「――その二人を、どこか遠い場所へ!」


 フクロウはその巨大な鉤爪で二人を鷲掴みにすると、どこへともなく飛び去った。




「……ふう」


 一息ついて、剣を収めた。


 ――今はもう、白兵戦の時代ではない。


 とはいえ、武器がまったく不要になった時代というわけでもない。カードゲームが国の行く末を決定してしまうこの現代――他国パイロットの情報を求めてスパイを出すのは戦の定跡、パイロットを直に狙う暗殺者も潜ませておいて損はない。

 そういう場で使う暗器をデザインするのが、魔導兵装開発部の仕事……なのだが、今ひとつ重用されていない部署なのはオフィスの荒れようから察せよう。


 そう、魔導士がちまちまと魔法を撃ち合う時代はもう終わった。今の戦争は魔導巨兵と魔導巨兵の激突が勝敗を分ける。

 そして魔導巨兵同士の勝負は、カードゲームの様相を呈する。


 ――魔導巨兵の発見以降、カードゲーマーは増長した。


 元はといえばただの博打打ち、ただのゲーマーでしかなかったはずの彼らはしかし、その「遊び」が国家の存亡と直接的に結びついてしまった瞬間から――してしまったのだ。

 それこそ、今の連中のような、わけのわからない輩が出てくるくらいには。



 ――本気なのだろうか、王は。

 ――こんな人たちに、国の未来を託そうというのか?



 出がけにハクローと交わした会話を思い出して、ユーレイの表情は曇る。


『パイロット候補を連れてくるのに、カードゲームと関係ない部署の私に行けというのも、そうですけど。……一般のカードゲーマーを【シルバー・バレット】に乗せるなんて、王は、何を考えているんでしょう』


 そう疑問をこぼしたユーレイに、ハクローは気を遣うべきかどうか一瞬悩んだような顔をした。が、結局諦めたような笑顔を作って、はっきりと。


『どうでもいいんじゃない? 実際』


 ナンバーワンが蒸発したのなら、二番手を出せば済むだけの話だ。バベル呪符科――バベルの塔に所属する魔導士の中でも、特に優秀なカードゲーマーのみを選りすぐって集めた部署。出自と実力の確かな人材をもともと揃えているのだから、そこから代わりを出せばいい。

 本気で一般からの人材を求めているわけではないのだろう、とハクローは言う。

 ユーレイは首をかしげた。


『……では、どうして私はこんな任務を?』

『なんでってユーレイ、そりゃあなた……』


 ハクローはやはり気を遣うべきかどうか悩んだような顔を見せてから、フォローを諦めたように微笑んだ。


『当てつけ、じゃない?』


 ――まさかまさかの敵前逃亡をかましやがった兄ボーレイに対し、王はそれなりに腹を立てている。だから、その腹いせがユーレイに来た。

 それが一番すっきりと説明をつけられそうだなと、ユーレイも納得してしまった。

 納得してしまったから、つらい。 

 あまりにも先行きが不安なこの国の未来を思って、ユーレイは額に手をやった。


 頭の中に蘇るのは、いつか交わした兄との会話。



 ――――あのな、ユーレイ。

 ――――おれとおまえは、兄妹っつー前に、まず他人なの。

 ――――まったく、違う人間なの。


 ――――おまえ、そこんとこちゃんとわかってるか?



(……お兄様)


 ――どうして、逃げたりしたんですか。お兄様。


 額を覆う手が顔の横へと流れ、長い金髪の毛先を不安げに摘む。

 鼻先が、つんと鋭く痛む。




「いやー、お見事。やるねえお嬢さん!」




 その痛みに浸る間も与えず、どこからか女の声が響いた。

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