1-4.ユーレイとカードゲーム賭博



 で、ここがどこかといえば、酒場という体裁の賭場である。


「……あ? "虹のカラセル"?」

「という名で知られているカードゲーマーと、お会いしたいのですが」


 照明はオレンジ、柱は赤レンガ、光沢あるニス塗りの木机。カウンター奥の棚に並ぶ酒瓶は主にワインとウイスキー、かすかに揺らめく赤と琥珀色が瓶を透かして見えている。全体を暖色系でまとめられた、小綺麗な酒場である。

 一歩外が退廃のにおい漂う路地裏とはとても思えない、きらびやかな店である。

 そのカウンターに手をついて、ユーレイは精いっぱい迫力ある雰囲気を作ろうと努力していた。

 ベスト姿のバーテンダーは、面白くもなさそうにグラスを磨いている。

 ここは座ったほうがいいのだろうかとカウンターの椅子を引いたユーレイに、舐めた真似をするなと言わんばかりの視線が突き刺さる。そこでおとなしく椅子を戻して棒立ちになるあたり、この十六歳はまだまだ駆け引きがうまくない。


「……このあたりの賭場が主な活動範囲だと伺っています。この近辺では間違いなく、一番人気のカードゲーマーだとも」

「ま、人気は人気ですけども……。……どこのお嬢様なんだかは、さっぱり見当もつきませんが」


 ユーレイのバベル指定ローブを皮肉げに見やって、バーテンは続ける。


「ちっと不躾が過ぎるんじゃあないですか。ここは賭場だ。飲めないってんなら、賭けるか、決闘るか、してもらわないと。こっちとしちゃ、あんたを客とは呼べない」


 店の丸テーブルのほとんどには、二人組の男がついている。

 向かい合って座るその二人を囲むように、ボロを着た者たちがぐるりとテーブルを取り巻いている。テーブルごとに多少の差はあるが、どこもそんな具合である。

 バーテンは磨いていたグラスを置くと、カウンターの下に手をやった。


「どっか、適当なテーブルで賭けますか? それとも……」


 そして、勢いよく引き抜いたその手を、カウンターへと叩きつける。


「……決闘りますか?」



 ――カウンターに置かれていたのは、数十枚ほどの厚紙の束。

 呪符戦カードゲームの際に用いられる呪符の束――『デッキ』である。



 そう、ここはカードゲーム賭博を専門に取り扱う賭場。

 それが情報であれ金であれ、ここでなにか欲しいものがあるというのなら。手に入れるための方法は、カードゲーム以外にない。

 テーブルを囲む観客たちの注意が少しずつ自分に向いている気配を、ユーレイは既に察知している。


 ――この女の腕は、どの程度のものか。


 横目に品定めをする視線を、敏感に感じ取っている。



 カウンターの向こう側で、バーテンは鈍い殺気を放っている。叩きつけた己のデッキをその手に握りしめたまま、闘るなら応じると目で語っている。

 しばらく、その目をまっすぐに見返して――

 細く息を吐いたユーレイは、そこで静かに目を閉じた。


「……わかりました。今回は、帰ります」

「おや。ずいぶんと物分かりのいい」

「ええ。……私は、デッキを持っていませんから」

「――はあ? ……持ってない? デッキを?」


 素で呆れたような声を出すバーテンに、ユーレイは背を向ける。

 観客たちの冷笑が背後から聞こえてくるような気がするのを無視して、店を出た。


  *  *  *


 別に、何ということはない。

 ちょっとした使い魔の召喚術式を記した呪符、ちょっとした攻撃呪文を記した呪符。そういうものを眺めて、昔の魔導士がたぶん酒瓶片手にこう言っただけなのだ。

 おい、ちょっとこいつでひと勝負してみないか、と。

 それが呪符戦カードゲームの起源とも呼べない起源だ。お互いに使い魔を召喚し、それを呪文でサポートしながら戦わせる――こいつが創始者だ、という具体的な個人名が後世に伝わっていない程度には、ありふれた発想、ありふれた遊びだった。


 ガチンコで魔法の腕を競い合う真剣勝負とは違う。お互いに同じ枚数の山札を持ち、それぞれの手番ごとに呪符カードを引く。勝負の間使える魔法はこの山札の呪符カードのみ、という条件のもと行われる遊びだ。

 本人の魔法の腕は一切関係なく、最初に用意した呪符のみが物を言うという点で、ある意味では通常の魔法戦よりも平等な勝負であるといえる。それが熟練の老魔導士であろうと年齢一桁の子供であろうと関係なく、魔力さえ通したなら、呪符は毎回同じように発動するのである。


 ……と言っているのに、たまに酒の入った魔導士が熱くなりすぎてついつい自分で呪文を詠唱して使い魔同士の争いに乱入。てめえ何してんだとテーブルをひっくり返して立ち上がった相手の魔導士と取っ組み合いになり、最終的には魔導士二人が普通に呪文を撃ち合う普通の魔法戦リアルファイトになっていたりする、そのくらいの遊びだった。


「…………はあ」


 薄暗い裏路地をとぼとぼと歩きながら、ユーレイは肩を落とす。


 そう、元はといえばなんてことのない遊びだったはずなのだ。


 プレイヤー二人が向かい合って白黒をつける勝負。山札から順にカードを引くという性質上、どうしても運は絡む。となれば、それはサイコロ賭博と同じくらいには刺激的なゲームとして、各地の酒場に定着した。

 山札の構築バリエーションは呪符の数だけ存在するし、どのタイミングで手札を切るか、使い魔と呪文をどう組み合わせるか――そうしたプレイングの技術は勝敗を大きく左右する。ゲーム人口が増えるほどにルールは整備されていくし、定跡も研究されてゆく。となれば、それはチェスと同じくらいには奥深い戦略性を有するゲームとして、魔導士たちの間に浸透した。


 そのくらいの、単なるいちゲームでしかなかったはずなのだ、昔は。


 何かがおかしくなったのは、二十年前。魔導巨兵の発見後。

【シルバー・バレット】と【コンセプター】の激突によって、『デュエルモード』の存在が明らかになってから――


「――おい」

「……?」

 背後から声をかけられた。

 ユーレイが振り返ると、そこに立っていたのは――


 はちきれんばかりに膨れ上がった上半身の筋肉を、明らかにサイズの足りていないパツパツのタンクトップに包み込んだ、スキンヘッドの大男だった。

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