1-3.ユーレイと現代魔導社会
かつての【コンセプター】侵攻によって、一時はあわや国家滅亡というレベルで破壊し尽くされたグランピアン市街。あれから二十年という月日は決して短いものではないが、完全な復興を成し遂げるに十分な時間とは言えないだろう。
が、今こうしてユーレイが歩いているグランピアンの街並みは、むしろ二十年前よりも進歩しているのではないかと思わせるほどの賑わいと発展を見せていた。
自分に課せられた責務の重さに、ユーレイは俯いたまま歩いている。
となると当然、彼女の視界には足元が見えているわけだ。
石畳が整然と敷き詰められたメインストリート。本当に整然と、几帳面に並べられたその畳の隙間は、碁盤の目を思わせるようなきっちりした格子模様になっている。
もしも水でも垂らしたとしたら、それはこの格子模様の溝を直角に曲がりくねりながら、とてもきれいに流れていくのだろう――
なんて益体もないことを考えた矢先、水ではないものがその溝を駆け抜けた。
薄青色の光が石畳の隙間を満たし、流れる水のように地面を張っていく。
その行き先を追ってユーレイが顔を上げると――道の少し向こうに、身長二メートル級のレンガのゴーレムが立っていた。大きな衣装タンスを担いでいる。
静脈の青色のように、赤レンガの体を薄青色の魔力が駆け巡るのが見える。べったりと石畳につけた足裏から、魔力を吸い上げているようだ。
家具屋か何かが使役しているのだろう。軽々とタンスを持ち上げるゴーレムは、道の脇、一軒の店のドアを頭を軽く下げてくぐり、店内へと消えていく。
なんとはなしにそんな光景を眺めて、ユーレイもようやく我に返った。
見れば、往来は人でごった返している。活気ある首都の昼下がり――道の反対側を見れば、雑貨屋から一人の主婦らしき女性が出てくるところだった。相当買い込んだらしく、紐付きの木箱を重そうに抱えている。
かぶっていたローブのフードを上げて、主婦は額の汗を拭う。それから木箱を足元に置くと、雑貨屋の入り口に向き直った。
ドアの脇、石の壁に彫りつけられていた魔法陣を、汗ばむ手で二度叩く。
石畳から這い上がってきた魔力が、壁の魔法陣へと流れ込み――
青く輝きはじめたその陣から、一羽のペリカンが飛び立った。
魔力によって形成された、うっすらと青く透けるペリカン。<ペリ搬>と呼ばれるその使い魔は、自分を呼び出した主婦と、その足元の木箱とを交互に見やり、「やれやれ」と声のしそうなけだるさで首を少し横へ振った。が、すぐさまその大きなクチバシに木箱の紐をくわえると、重さにややふらつきながらも翼を広げて飛び去っていく。
――何が復興の立役者かといえば、それは魔導文明の進歩である。
――魔導巨兵の発見がもたらした、新たな呪符技術による、大いなる躍進。
雑踏の中、ユーレイは拳を握る。そうだ、自分はこの街並みを、この平穏を守らねばならないのだ。それがバベルに所属する魔導士の使命というもの。それが逃げ出した兄の妹である自分の使命というものだ――基本、ユーレイは根が真面目である。
意気込みを新たにしたユーレイは、人混みを避けるように道の端へ寄る。
そして、ハクローから受け取った金属の呪符を手に取ると、魔力を込めた。
ユーレイの白く柔らかい手が、ほのかに金色の光を放つ。
その魔力が呪符へと流れ込み、そこに刻まれた術式が起動する――
次の瞬間には、グランピアンの地図が虚空に投影されていた。
魔力によって形作られた、薄く透けるホログラムの地図。事前にマーキングしておいたポイントを確認し、どの道を辿ればいいかチェックする。
――要は、ハクローがやっていたのと同じことだ。
金属板でも、紙でも、木切れでも、なんでもいい。魔法を発動するのに必要な呪文や魔法陣といった術式を、あらかじめ何らかの札に記しておくのだ。そうすれば、いちいち呪文を唱えたり、魔法陣を描画したりする必要もない。作ったその札に魔力を込めるだけで、勝手に魔法が発動する。それが、古くから魔導士たちに親しまれてきたマジックアイテム――呪符というものだ。
地図を出す程度の簡単な呪文なら、こうやって手順を簡略化するのが普通だった。
簡単ではない呪文までなぜか呪符化できてしまっているのが発見されてから、この魔導社会は少しずつズレていった。とても奇妙な方向に。
――大通りに背を向けると、ユーレイは裏路地へと足を踏み入れる。
受けた被害の甚大さを思えば、グランピアンの復興はかなり進んでいるといえる。 ただし、それもまだ完全とは言えない。
事実、表通りは健康的な活気を有するこの街も、こうやって一歩裏へ踏みこめば――まるで違った色を見せる。
街の石畳を無尽に走る魔力も、路地裏へ入ると陰りが見える。表通りと違って整備と掃除の手が行き届かず、また陽の光もろくに差し込まない路地裏にはところどころ苔がむしていて、それが魔力の光を遮っている。
薄青の燐光も届かない、灰色と暗緑色に汚れた路地。
そこに死んだように横たわる、あるいは力なく座り込むのは、ボロ布をまとった人々だ。擦り切れて色あせたローブ――なのかどうかももはやわからないようなボロきれを、ろくに食事などできていないだろう痩せた体に羽織った人々。
――ただし、その目にだけはギラつく光が攻撃的に宿る。
ユーレイが路地に一歩踏み入った瞬間、路上で死んでいた人々の視線が一斉に彼女のほうを向いた。シミひとつない小綺麗な白ローブに、脂っ気の欠片もなくほどける美しい金髪――明らかにこの場にはふさわしくない"異物”へと向ける攻撃の意思、それが敵意でとどまっているか殺意の領域に乗っているかの判別はユーレイにはつかないが、いずれにしても十六歳の彼女が受け止めるには鋭すぎる刃だ。身震いと共に歩みが止まる。
が、ユーレイは一度裏路地の湿った空気を吸い込んでから、決然と足を踏み出した。国のためにも兄のためにも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
ユーレイの目的は、この首都の裏社会に根を張っている賭場。
そこを根城にしているという、とある
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