第8話 神帝暦645年 8月23日 その8
俺とヒデヨシがタバコで一服したあと、また、拠点の一軒家に戻って行く。その一室のテーブルの上に館の見取り図を広げて、写し書きをアマノとユーリがやってくれているわけだ。
「アマノ、ユーリ。お疲れさん。コーヒーでも淹れようか?」
「うふふっ。では、頼みますわ? タマさんの言いでは、この一軒家にあるモノは好きに使っても良いとの話なのですわ?」
タマさんは昼食の準備をするために、この一軒家とはまた別の場所で料理を作りに行ったようである。まあ、俺たちのお邪魔にならないようにとの配慮でそうしているのであろう。俺としては
俺は、台所にある食器棚の戸棚を開き、そこにあったコーヒーの豆が挽かれたモノが入っているガラス瓶があることを確認する。おやっ? 上の段はコーヒーだけど、その下の段にあるのは紅茶葉が入ったガラス瓶とヒノモト茶の茶葉が入った缶かあ。うーーーん。ここまで準備されていると、こちらとしては、気を使わせてしまって、ちょっと悪いなあと言う気分になってしまう。
「なあ。紅茶葉の詰まった瓶とヒノモト茶の茶葉が入った缶もあるんだけれど、ちょっと、冒険者相手に待遇が良すぎるんじゃねえのか? もっと、適当に扱ってほしいって気持ちになっちまうわ」
と、俺は台所に隣接する部屋に居るアマノたちにそう声をかけるのである。
「うふふっ。歓待されているのは嬉しいことですわ? 邪険にされるよりはマシと思っておくのですわ?」
「てか、俺たちみたいな良心的な冒険者じゃなかったら、この戸棚の中身を全部、こっそり持って帰ってしまいかねないよなあ?」
「ウキキッ? そんなに品揃えが豊富なのですか? ちょっと、わたくしも視てみたいのですよウキキッ!」
ヒデヨシがそう言うと、台所に立つ俺の近くに寄ってきて、食器棚の中を確認しだすのである。
「ウキキッ。食器自体は庶民でも使うような銅貨20~30枚で買えるシロモノばかりなのですよ。でも、お茶の葉はなかなかに良いのを準備してもらえているのです。1瓶、銀貨3枚(※日本円で約3000円)と言った中級茶葉ですねウキキッ!」
ヒデヨシが瓶のコルクで出来た蓋を開けて、その中の茶葉の匂いをクンクンと嗅ぐわけである。
「ああ、コーヒー豆はさすがにけちっているのですよ。これはひと瓶、銅貨20枚(※日本円で約200円)といった、格安コーヒーなのです。どうせなら、高いお茶のほうを飲んでおくのをお勧めするのですよウキキッ!」
さすがヒデヨシだぜ。猿そっくりなだけあって、鼻が利きやがる。よっし、やっぱりコーヒーはやめて、ヒノモト茶か、紅茶にするか。
「おーーーい。コーヒーは俺たちの家でも飲んでいるのと同じ価格のやつだって、ヒデヨシが言ってるわ。でも、ヒノモト茶と紅茶は1缶、銀貨3枚のほうだから、こちらを飲ませてもらおうぜ?」
「うふふっ? さきほど、自分たちみたいな良心的な冒険者がうんぬんと言っていた口から出てくる台詞だとは思えないのですわ? でも、どうせなら、普段、飲まないような中級茶葉のお茶を選んでおくほうが正解なのは間違いありませんわ? ツキト。私はヒノモト茶をいただくのですわ?」
「お父さんー。あたしもヒノモト茶でお願いー! 中級茶葉以上の紅茶って安物の紙パックじゃなくて、専門の抽出器具を使うんでしょー? お父さんの腕前じゃ、せっかくの中級茶葉の味がダメになりそうだしねー!」
うっせえええ! 確かに、このサイフォンだっけ? 俺はこの使い方があまり良く分かっていないのは確かだ。だが、サイフォンを使わなくたって、紅茶はポットを使えば充分に飲めるに耐える味は抽出できるんだ。いや、まあ、家ではアマノに紅茶を淹れるのをまかせっきりなので、例えポットでも、俺がそれほど上手く淹れる自信がなかったりするのだが……。
というわけで娘のユーリの勧めもあり、俺は淹れ慣れてるヒノモト茶を人数分、準備することにする。
普段、それほど使われていないと思われる、この一軒家でもコン=ロン自体は置かれており、ご自由にお茶やコーヒーを楽しんでくださいとの領主さま側からの配慮があることがわかる。
しかしだ、さすがに
まあ、良いか。タマさん辺りが夕食時に、便宜を図ってくれるかもしれないし。それに期待しておこう。
俺はコン=ロンの上に置いていたヤカンの口から湯気がシュッシュー! と噴き出るのを確認したあと、コン=ロンの火を止めて、ヤカンをコン=ロンの上からテーブルへと移動させる。
そのあと、用意された湯飲み茶わん4つにそれぞれ、ヤカンに入っていたお湯を注ぎ込む。ヒノモト茶の美味しい飲みかたのコツがここにある。湯飲み茶わんに先にお湯を注ぎ込むのは、その茶碗を温めるためなのだ。
ヒノモト茶は温度の変化により、味や香りが飛びやすい。だからこそ、この作業はヒノモト茶を淹れるには必須の前作業なのだ。そのあと、ヒノモト茶の茶葉を人数分より少し多めに急須に入れる、そして、湯飲み茶碗に注いでおいたお湯4杯分を、キュウスの中に放り込むわけだ。
さらに、4つの湯飲み茶碗を横一列に並べて、湯飲み茶碗の3分の1まで注いだら、その隣の湯飲み茶碗に3分の1まで注ぐ。端の茶碗まで3分の1づつ注いだら、その端の湯飲み茶碗に続けて3分の1のお茶を注ぐ。そして、今まで注いできた逆順となるように注いで回るわけだ。キュウスの中のお湯が切れるまでそれを繰り返し、ようやくヒノモト茶の出来上がりなわけだ。
なぜ、こんな面倒なことをするかというと、ヒノモト茶ってのは時間が経てば経つほど、お茶が濃くなっていくのである。だからこそ、左から右に注いだら、次は逆順に右から左に注ぐと、ちょうど良い具合の均質のヒノモト茶の出来上がりとなるのだ。
「よっし、お待たせ。俺様特製のヒノモト茶の出来上がりだ。これでも飲んで、ちょっと休憩してくれよ」
「うふふっ。ありがたくいただきますわ。あら? まあ? やっぱり中級茶葉は香りが断然に違いますわ。40パック、銅貨50枚と比較するのも大概なのですが」
「これは良い茶葉だよーーー。疲れが一気に吹き飛ぶ気分ー。お父さんはヒノモト茶だけは淹れるのはアマノさんクラスだよー」
「そこはアマノを越えたと言ってほしいところなんだがな? 俺は槍の師匠にこっぴどくヒノモト茶の淹れ方を教え込まれたからなあ。大体、なんで、酒の酔い覚ましにヒノモト茶を飲みたいからといって、俺にそんなことを仕込んでくれたものかねえ?」
「ホウゾウインお爺ちゃんだから仕方ないかもねー。破天荒って言葉がそのまま適用されるようなヒトだしー」
まったく。ヒノモト茶の淹れ方よりも、もっと俺に槍の腕前を仕込むほうに力を入れてほしかったぜ。おかげで、今や、外道と言われる槍使いに冒険者仲間に認定されちまったからなあ。
「ウキキッ。心がホッとするのですよ。ツキト殿には良い奥さんが出来ますよウキキッ!」
「今すでに良い奥さんなら、俺の横に座ってるっちゅうの! ったく、それより、そろそろ、館の下見に行かないといけない時間になってきたなあ。アマノ、ユーリ。あと何分ほどで、写し書きは終わりそうなんだ?」
「あと5分から10分といったところですわ? 配布用まで作成するのはやりすぎだったのですわ? おかげで、予定の30分を越えてしまったのですわ?」
「アマノさんのおかげで作業量が1.5倍に膨らんだよー。あたしのことを近所に自慢してくれるのは嬉しいけれど、要らぬ手間は増やしてほしくないところだよー?」
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