第21話 神帝暦645年 8月22日 その5

 ジョウさんが店の奥に引き籠りに行ったので、ジョウさんのお店でたったひとりの店員のゴマさんが、代わりに俺たちの相手をすることになる。


「ゴマさん。なんで、ジョウさんの店の店員なんかしてるんだ? ゴマさんの器量なら、どこでだって仕事はできるだろ? 例えば、牛丼モーモー・ドン屋とかさ?」


「ジョウさんは喰うに困った自分を拾ってくれたんだゴマー。だから、その御恩を返すためにも、ジョウさんのお店を切り盛りしているんだゴマー」


「ウキキッ。ジョウさんのお店にゴマさんが居なかったら、とっくにこの店はつぶれているのですよウキキッ」


 まったく、ジョウさんは女性への割引率が異様に高いんだよな。そんなジョウさんを諫めるべき存在が、このゴマさんである。ゴマさんはジョウさんが女性相手に接客しないように細心の注意を払っているおかげで、このジョウ・ジョウ防具店は、切り盛りできているという噂すらあるんだよな。


「ゴマさんって、肌が黒いけど、もしかして、伝説のダークエルフか何かなのー?」


 ユーリが興味深げにゴマさんの黒い肌をまじまじと見ている。だめだぞ、ユーリ。ゴマさんは妻子持ちなんだ。ユーリが興味を持ったところでゴマさんは迷惑するだけなんだからな?


「エルフはエルフで間違いないゴマけど、自分の肌の色はただ単に夏のびわ湖ビワッコで日焼けしただけだゴマー」


「なんだー。期待して損した気分ー。でも、エルフって白い肌ってイメージなのに、日焼けなんかして良いのー?」


「自分はエルフの中では珍しく、日に焼けて、肌が黒くなってしまうのだゴマー。普通のエルフは産まれながらに【風の加護】を受けているから、日焼けしにくいのだゴマー。自分は何故か、そのエルフなら誰しもが持っている【風の加護】が弱いのだゴマー」


 そうなんだよな。ゴマさんはエルフにしては魔法があまり得意じゃないみたいなんだよな。だから、産まれの村の生活に馴染めずに20歳を超えた頃には、草津クサッツの街に流れてきたんだよな。


「ゴマさんは残念だよな。せっかく、風の魔法が使えるっていうのに、魔力自体が弱いもんなあ?」


「そうなのだゴマー。自分はエルフの集落では落ちこぼれ扱いをされていたんだゴマー。だから、多種族が多く住む、この草津クサッツの街なら、魔法が得意じゃなくても、何かしら職が見つかるかと思っていたのだゴマー」


「ウキキッ。しかしながら、エルフともなれば、風の魔法を期待されてしまうのです。エルフ族は非力なモノが多いが、それを補うだけの魔力を持ち合わせているので、それを生かした職業を紹介されやすいのですウキキッ」


「職業安定所で紹介される仕事が、エルフの特性を重視するところばかりで困ってしまったものだゴマー。自分は魔力と知力が低い代わりに腕力に自信があるから、肉体労働の仕事を回してほしかったのだゴマー」


「まあ、マツダイラ幕府の職業安定所なんて、種族毎で適当に仕事を振り分けるところだもんなあ。冒険者ギルドと違って、そのヒトの適性なんていちいち調べてくれるわけでもないしな」


「うふふっ。ドワーフ族なら、鍛冶場や工房の仕事に回されますし、エルフでしたら、学校の教師や、魔法の講師の仕事を回されるのですわ? ゴマさんは、失礼ながら、勉学が得意ではありませんのですわ?」


「昔から、勉強は不得意だったのだゴマー。考える前に行動してしまう性格なのだゴマー。それ故に、エルフの集落に居た頃は、落ちこぼれの烙印を押されたのだゴマー」


 なんか、ゴマさんの話を聞いていると、やるせない気持ちになってくるなあ? なんていうか、ゴマさんは少し自虐的な部分があるんだよ。やはり、エルフ特有の力が乏しいことからくる自信の無さが、ゴマさんをそうさせるのかなあ?


「まあ、ゴマさんよ? そんなに気にすることなんて無いって。ゴマさんは聞いた話だと、この前、3人目の娘さんが出来たんだろ? 嫁さん似の可愛い娘だって評判だぜ?」


「うふふっ。確か、昔、喰うに困って子供向けの物語を書いていた時に、数少ない読者の方が、ゴマさんにファンレターを送って、それがきっかけでお突き合いを、あっ、間違えましたわ? お付き合いをして、結婚に至ったと聞いているのですわ?」


 お突き合いとお付き合いって発音が似すぎてて困るよな。アマノが言い間違えるのも納得だぜ。


「おおー。それはなかなかにロマンス溢れる話だねー? ゴマさんの奥さんの種族はやっぱりエルフなのー?」


「そうなのだゴマー。ここから西の海を渡った四国フォース・ランドに住んでいたエルフなのだゴマー。うちの嫁さんは、自分の物語の1ファンだったゴマー」


「ファンを喰っちまうって、なかなかに業が深いヒトだよな。ゴマさんは」


「ヒト聞きの悪い言い方はやめてほしいのだゴマー。自分は嫁ちゃんとは真剣なお突き合い、じゃなくて、お付き合いを経て、結婚したのだゴマー」


「ウキキッ。お突き合いとお付き合いは言葉が違うようですが、似たようなもので、よく言い間違いをしてしまいますねウキキッ」


 俺たち4人と、ゴマさんとで楽しく談笑していると、不機嫌な顔をしたジョウさんが、店の奥から戻ってくるのである。


「ぶひひっ。何を油を売っているんデュフ! 僕ちんが居ない間に、何かひとつくらい防具をツキト殿たちに売りつけたのデュフ?」


「す、すまないのだゴマー。ツキトさんたちは修繕に出した鎧を取りにきただけだと思っていたので、商品の紹介はしていなかったのだゴマー」


「つかえないエルフデュフね! お客さまにより多くお金をこのお店に落としていってもらうのが、店員の務めなのデュフ! この前、発注しすぎた鎧下の服を売りつけるくらいしておけデュフ!」


 まったく、ジョウさんはいつもながら、ゴマさんに対して、風当たりが強い言い方をするよなあ。そんなに、ゴマさんが妻子持ちなことが気にくわないのかなあ? まあ、良いか。ゴマさんに非難が向かないように俺からも話題を提供しておくか。


「なあ、ジョウさん? 鎧下の服なんて、なんで大量に発注したんだ? それ専用の店が近くにあるじゃんか?」


「ぶひひっ。僕ちんのお店で鎧下の服を売れば、そこのお店が立ち行かなくなるデュフ! ぼくちんのお店の売り上げが伸びると同時に、商売敵が消えるデュフ! まさにこれぞ、計略の神と謳われたぼくちんならではの戦略なのデュフ!」


 ああ。こりゃ、いつものジョウさんの大失敗に終わることになるのは明白だよな。去年は女性用下着を大量に発注して、大損をこいたのを忘れちまったのかなあ?


「ジョウさん。悪いことは言わないから、防具専門店であることを貫いたほうが良いぜ? 防具作成の腕前は一流一歩手前だし、防具に関しての知識だけは草津クサッツの街一番なんだしさ?」


「ぶひひっ。わかってないのはツキト殿のほうなのデュフ! ぼくちんは神に愛され、神に与えられた才能で満ち溢れているのデュフ!」


 よく居るよな。自分が才能に溢れているって勘違いしている奴って。それが10代なら救いようもあるけれど、ジョウさんは確か今年で31歳だろ? 夢を見るのは勝手だけど、そろそろ現実と真剣に向き合ったほうが良いと思うんだよなあ?


「ふーーーん。まあ、ジョウさんに何を言っても無駄なことは長年のつきあいでわかっていることだけどな? ただし、ゴマさんへの給料払いを渋るのはやめておけよ? ゴマさんとこは、娘さんが3人もいるんだからな?」


「悔しいデュフ! なんで魔法も満足に使いこなせないエルフに嫁と娘が居るというのに、ぼくちんには、彼女すら出来ないデュフか! 神は、ぼくちんのことが嫌いなのデュフ!?」


 さっき、神に愛されてとか言ってなかったっけ? ジョウさんは? まあ、都合の悪いことはシャットダウンするジョウさんだし、これもいつものことか……。


「で? ジョウさん。ユーリの鎧に上手いこと紐をつけれたのか?」


「ぶひひっ。革鎧の左胸部分に頑丈な紐を通しておいたのデュフ。これなら、呪符用ポーチを取り付けても、そうそう外れることはないはずデュフ。でも、出来ることなら、時間をもらって、金属製のわっかを取り付けたかったところデュフ」


 ジョウさんが珍しく残念そうな表情を顔に浮かべているな。やはり職人なだけあって、中途半端な仕事で終わらすのは納得がいかないのであろう。


「まあ、それは今回のクエストが終わって、鎧の修繕を頼むときに、ついでにやってもらうことにするわ。さて、呪符用ポーチは半額で銀貨1枚で良いとして、革鎧への加工はいくらなんだ?」


「そちらも半額くらいの銀貨2枚で良いのデュフ。なにしろ、急ぎで加工したゆえに、信頼性に少し自信がないのデュフ」


「信頼性に欠けるって言うのなら、呪符ポーチと合わせて銀貨2枚にしてほしいところだけどな? まあ、贅沢は言ってられないか。じゃあ、4人分の鎧の修繕費と合わせていくらになるんだ?」


「銀貨50枚(※日本円で約5万円)デュフ」


「えっ? ちょっとそれは高すぎないか? もう銀貨30枚も出したら、新品の鋼の鎧が買えるじゃんかよ?」


「文句を言いたいのはこちらデュフよ? ツキト殿の鋼の鎧に至っては、買い直したほうが良いんじゃないかレベルで鎧が歪んでいたのデュフ! あんなのわざわざ修繕に出されるこちらの身にもなってほしいデュフ! 紅き竜レッド・ドラゴンの一撃でも腹に喰らったんデュフか!?」


 ああ、そう言えば、ジョウさんには言ってなかったなあ。俺たちがバンパイア・ロードと1戦かまして、さらには、水・風・火の合成魔法で大爆発を巻き起こしたってことを。それでボロボロになった俺たちの鎧を修繕してくれただけでもありがたく思わないとダメなのかなあ?

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