第20話 神帝暦645年 8月22日 その4

 なんとかアマノを説得して、黒の首輪ブラック・カラーの購入を諦めさせる俺である。


「ふう。あやうくのろいの防具で、俺の自由が縛られるところだったぜ」


「うふふっ? 自由が欲しいのですか? やはり、黒の首輪ブラック・カラーを購入しておきましょうか?」


「いやいや! 自由と言っても、変な意味じゃないからな!? 精神的自由って意味だからな!?」


「言い訳は見苦しいよー? お父さんー。でも、なんで男性って、愛する奥さんが居ながら、他の女性を視ちゃうんだろうねー?」


「ウキキッ。おっぱいがいけないのですウキキッ」


 ヒデヨシの一言をユーリが耳に入れ、じと眼で彼を睨みつけるのである。


「ウキキッ!? なんで、わたくし、こんなにユーリ殿に睨みつけられているのです? ウキキッ!」


 なんか知らんが、ユーリは自分の胸のサイズを気にしている風なんだよな。朝起きたら、コップに2杯、牛乳を飲んで、さらに洗面所で鏡を見ながら、胸をマッサージしているそうだ。それを視ていたアマノがユーリに牛乳を飲んでも背が伸びるかもしれないけれど、胸にはあまり効かないのですわ? と忠告をしているそうだが、聞く耳を持たないらしい。


 まあ、世の中、おっぱいに釘付けになる男は確かに存在する。かという俺だって、スイカのようなおっぱいをぶら下げている女性が街中を歩いていたら、アマノが隣に居るというのに、ガン見してしまう。それで、何度、アマノの本気の肘打ちで俺の横腹をえぐられてきたことか……。


「うふふっ? やっぱり、黒の首輪ブラック・カラーを購入して良いですか?」


「だ、だから、そののろいの防具を手に取るのはやめろって!」


「ぶひひっ。首への致命の一撃を防げるので、のろいの防具といえども、効果は高いのデュフよ?」


「首への致命の一撃をしてくるモンスターって言えば、ニンジャとかアサシンだったっけー?」


「まあ、相手をすること自体が面倒くさいから、なるべくなら、出くわしたくないけどな? この草津クサッツから、南に70キロメートル行った山奥の集落に生息しているみたいだけど」


 草津クサッツから南に100キロ以上を行った先には昔、みやこがあったと言われている奈良ナッラがある。その奈良ナッラ草津クサッツの間には山岳地帯が広がっており、そこはニンジャたちの集落があると噂されているのだ。


「マツダイラ幕府の諜報機関と深い関わりを持っているという噂があるのですわ? でも、幕府はニンジャとの関わりをおおやけにはしていないのですわ?」


「まあ、幕府が法律で禁止しているはずの殺人を生業としているモンスターだからなあ。要人暗殺として役に立つだろうけど、関係がおおやけになった日にゃ、お偉い政治家たちが幕府の政治中枢から追い出されることになるだろうしなあ?」


 まあ、要人暗殺が起きたって話は、俺が40年生きてきて、この国では1度や2度程度だもんなあ。それも、闇夜に紛れての暗殺ではなく、牛車モーモー・カーに仕込まれた火薬壺に引火させての爆殺だしなあ。


「ニンジャが爆殺事件を起こすことはないだろうってことで、過去の要人暗殺には関わっていないってことになっているけど、本当のところ、どうなんだろうな?」


「ウキキッ。ニンジャと言えば、毒殺なのです。目立つような爆殺を選ぶとは思えないですウキキッ」


 ヒデヨシも俺と同意見のようである。


「うふふっ。ニンジャ・オブ・ニンジャと言えば、伝説のハットリなのですわ?」


「あれ? キング・オブ・ニンジャってのもいなかったっけ? 確か、モモチって奴」


「ぶひひっ。ニンジャ・マスターのタラオの存在も忘れてもらってはいけないのデュフ」


「ウキキッ。どれも伝説のモンスターばかりなのです。うちの団長も、そやつらに会いに奈良ナッラへの途中の山岳地帯に向かってみたものの、ついには出会えなかったという話なのですよウキキッ」


 団長が出会えないのは、ただ単に、ニンジャたちに命の危険があるから、出てこないだけじゃねえの?団長は火と土の合成魔法である隕石落としメテオ・バールが使えるからなあ。山奥に逃げようが、その山自体を削られて、消し炭に変わるだろうし。


「ぶひひっ。話は変わるのデュフが、今度は何のクエストを受けるのデュフか? ツキト殿」


「ああ。大津オオッツのとある館に幽霊ゴーストが住み着いたみたいでさ? それを退治してくるってクエストだよ」


幽霊ゴースト退治デュフか。また、季節外れも良い時期に幽霊ゴーストが館に住み着くとは、不思議な話なのデュフ」


「まあ、不思議な点については、ジョウさんとは同意見だ。でも、俺たちのメシの種となってくれるなら、季節外れでも、構わないけどな?」


「ぶひひっ。ツキト殿は業が深いのデュフ。出来るなら、もっとクエストを受けて、ぼくちんのお店にお金を落としてほしいところデュフ」


「ジョウさんも大概、業が深いよな? まあ、冒険者稼業に連なる商売だし、仕方ねえか」


 俺がへへっと笑うと、ジョウさんもぶひひっ! と気持ち悪く笑い返してくるのである。こういうところがジョウさんが女性にモテない秘訣なんだろうなあ? と思いつつも、俺は口に出さないように注意するのであった。


「ぶひひっ。同じ穴のムジナといったところデュフね。さて、ユーリ殿? どうせなら、呪符用ポーチを買っていかないか? デュフ」


「んー? あるなら便利だけどー? でも、ポーチひとつで銀貨2枚、加工料でさらに銀貨5枚追加もするんでしょー? ちょっと、即決で決めれないよー?」


「その害獣をしまっておくために買うのはどうか? という提案なのデュフ。胸元か横腹に、呪符用ポーチをつけて、その中に、その害獣を入れておけば良いのデュフ」


「ああー! なるほどー! それは良い考えだねー? でも、ねずみのこっしろーくんを害獣呼ばわりするのはやめてほしいところだよー?」


「ぶひひっ! ぼくちんから言わせれば、自分に懐かない小動物など、全て害獣なのデュフ!」


 まあ、邪悪なジョウさんに懐くような小動物がいるようなら、逆に視てみたいけどな? ジョウさんにお似合いの小動物なんて、毒蛇くらいじゃねえのか? あー。訂正。毒蛇でもジョウさんになつくわけがないか……。


「で? ユーリ。胸元に呪符用ポーチをつけてみるか?」


「そうだねー。横腹あたりは呪符をポーチに入れたいものねー? あと、こっしろーくんの声を戦闘中に聞くのなら、耳に近い胸元のほうが良さそうだしねー?」


「ん? 害獣の声を聞くのデュフ?」


 おおっと! しまった! ユーリ、こっしろーがしゃべれることは、特にジョウさんには知られないように注意しとけって、家で教えてただろ!? しょうがない、ここは本当のことに若干、嘘を交える会話術を使ってみるか……。


「あ、ああ。ユーリは使い魔との感覚の共有性が高くてよ? なんとなくだけど、使い魔がなんて言っているかがわかるんだよ。なあ? ユーリ」


「う、うーん! そうだよー? 決して、こっしろーくんがしゃべるわけじゃないんだよー!?」


「ぶひひっ。害獣如きがニンゲンさまの言葉をしゃべれないことなんて、わかりきっているのデュフ。しっかし、使い魔と感覚を共有できるのは便利デュフね? ぼくちんも、使い魔を飼ってみようかと思ってしまうのデュフ」


 ジョウさんが使い魔を欲しがるなんて、めずらしいよな? そもそも、小動物を害獣呼ばわりしてるくせにな?


「なあ、ジョウさん? 使い魔を使って、風呂を覗き視するのは、立派な犯罪だからな?」


「し、失敬デュフね! ぼくちん、風呂を覗き視した時に、男の裸体を視てしまって、ゲロゲロゲロっとなって以来、覗き見は金輪際、やらないことを心に誓ったのデュフ!」


「おーーーい、おまわりさーーーん! ここに犯罪者がいまーーーす!」


「や、やめるのデュフ! 10年前の話デュフ! 時効なのデュフ!」


 あれ? 覗き見に時効ってあったっけ?


「まあ、いいか。ジョウさんが街の警護に連れていかれたら、防具の修繕をよそに頼まなきゃならなくなるしな。ここは眼をつむっておくぜ? その代り、ユーリの呪符用ポーチと鎧の加工料を半額にしといてくれよ?」


「し、仕方ないのデュフ……。くれぐれも、通報はやめてほしいのデュフよ?」


「わーーーい! さすが、お父さんー! ジョウさんの弱みに付け込むのだけは上手いよねー? じゃあ、ジョウさん。胸元に呪符用ポーチがつけれるように紐を鎧に付けてくれるー?」


「くっ! 害獣のために仕事をしないといけないと思うと苦痛なのデュフ! でも、可愛いユーリ殿の頼みなら、聞いてあげるのデュフ。30分ほど、待っていてほしいデュフ」


 ジョウさんはそう言うと、ユーリの革鎧を木箱から取り出して、再び店の奥へと向かっていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る