第19話 神帝暦645年 8月22日 その3

「あっ! ジョウさんー! あたしの革鎧の肩の部分に丈夫な紐のわっかを付けれないー?」


「ん? そんなのちょちょいのちょいでできるデュフよ? でも、そんな細工を鎧に付ける必要はあるのデュフか?」


 ああ、そうだった。ユーリの使い魔である、ネズミのこっしろーが戦闘中に振り落とされないようにするんだったっけ?


「あたし、昨日、使い魔と契約をしたんだよー。それで、その使い魔が肩に掴まれるように細工をしたいってわけー!」


 ユーリがそう言うと、服の脇腹辺りにあるポケットをごそごそと漁り出しす。そしてそこからネズミのこっしろーを取り出し、両手に乗せて、ジョウさんに見せるのである。


「が、害獣デュフ! 害獣をこの店に持ち込むのは禁止なのデュフ!」


「害獣って失礼な話だよーーー! こんなに可愛いネズミなのにーーー! こっしろーくんを害獣呼ばわりするのは許せないよーーー!」


 ユーリとジョウさんがジョウ・ジョウ防具店の外に声が漏れるくらいの大きさの声量で口喧嘩をし始めてしまうのであった。


「ああ、ユーリ。ジョウさんは、小動物が大嫌いなんだよ。犬や猫を見ても、害獣デュフウウウ! 汚らわしいデュフウウウ! この世から消え去るのデュフウウウ! とか言い出す、頭の中身が可哀そうなヒトなんだよ……」


「猫も犬も害獣なのデュフ! ぼくちんの店がけがれてしまうのデュフ!」


 あっ、ジョウさんが発狂しだしたわ。うーーーん。これは、ユーリに一言、言っておくべきだったなあ。ジョウさんの頭のおかしさは草津クサッツで1番だと伝えておくことを失念していたわ。


「ウキキッ。ジョウさんが女性にモテない要因のひとつがこれなのです。ジョウさんは、小動物を害獣と公言しているのですよウキキッ」


「うふふっ。さすがジョウさんなのですわ? 私の飼っている鳩のまるちゃんですら、害獣呼ばわりをするのですわ?」


「うぎぎぎぎぎぎっ! 害獣をさっさとしまえデュフ! いくら、ツキト殿の娘と言えども、許せることと許せないことがあるのデュフ!」


 ジョウさんがその辺に転がっていたホウキを手に取り、ブンブンと振り回し始めるのである。あー、こりゃ、もう病気ってレベルだよな? なんで、ジョウさんって、こんなに小動物が嫌いなんだろうな? 誰か、ジョウさんを病院に連れていってやれよ。手遅れになってもしらないぞ?


「まあまあ、落ち着けって、ジョウさん。おらああああ!」


 俺はジョウさんのみぞおち目がけて、右のこぶしを下から振り上げるように、ドスンとめり込ませるのである。


「あいたあああああ! てめえ、ジョウさん! なんで、服の下に鎧を着込んでんだよ! 危うく、俺の右のこぶしが砕けちるかと思ったわ!」


「ぶひひっ。甘いのデュフよ? ツキト殿。ぼくちんは常在戦場なのデュフ。いついかなる時にでも、鎧を着込んでいるのデュフ!」


 くっそ。これだから、人類の半分の敵であるジョウさんには手が焼かされるんだ。おお、いてえ。クエストに出発する前日に右手を骨折しなくて良かったぜ。


「お店の中に居るのに、なんで、鎧を着込む必要があるのー? しかも、服の下なのー?」


「ぶひひっ。ぼくちん、敵が多いのデュフよ。のろいの防具を売りつけやがって! と勘違いも甚だしいイチャモンをつけてくるやからが多いのデュフ。鑑定眼を持ち合わせてないくせに、ぼくちんの店にくる奴が悪いのデュフ。質が良さそうなのに値段が安ければ、怪しむのが当然なのデュフ!」


「ウキキッ。どう考えても、のろい付きの防具を陳列しているジョウさんのほうが狂っている気がするのですよウキキッ」


「ヒデヨシ殿。意外な話デュフけど、のろい付きの防具を集めているマニアも居るのデュフよ? それと、当店ののろい付きの防具で売れ筋の商品としては、黒の首輪ブラック・カラーデュフよ?」


「うふふっ。私もその黒の首輪ブラック・カラーを購入しようとしたら、ツキトに止められたのですわ?」


 うっ! その話を蒸し返してくるのか!? アマノ。アレを俺に装備させるのはやめてほしいと、いつも俺が泣くまで懇願しているじゃねえかよ!


「アマノさんー。首輪なんて、なんで買う必要があるわけー?」


「うふふっ。それは、ツキトが私の所有物だということを世の女性たちに証明するためですわ?」


「ちょっと、アマノさん? そういう知識をユーリに仕込むのはやめてくれませんかね?」


「あらら? 世の中の旦那さんたちが浮気できないようにするためのアイテムとしては、これ以上、適切なモノがないというのに、残念なのですわ?」


「そんな心配しなくて良いからな? 俺はアマノ一筋だからな?」


「それなら、良いのですが、一般的に、殿方は、畳みと女房は若いほど良いとよく言われているものですわ?」


 本当に、誰だろうな? そんなことを言い出したのは。俺はアマノが何歳であろうが、関係ないって言うのに、そんな不倫を生業にするような男どもと一緒くたにされるのは、非常に困る話なのである。


「なるほどー。お父さんも、若い奥さんのほうが嬉しいんだー? でも、アマノさんとは10歳違いなんだし、充分、若い範疇に入るんじゃないのー?」


「うふふっ。私も今年で30歳になったのですわ? 日々、ツキトが私よりも若い女性を欲しがっているのではないかと、心配してしまう年頃なのですわ?」


「大丈夫だって。そんな心配する必要なんてないからさ? だから、その手に持ってる黒の首輪ブラック・カラーを棚にしまってくれないか!?」


「あらら。私としたことが、ついつい、黒の首輪ブラック・カラーを手に取っていたのですわ? いけませんわ? 無意識といえども、これはこれで危険な行為なのですわ?」


 おお、怖いこわい。俺って、朝起きたら、こっそり、俺の首に黒の首輪ブラック・カラーを装着させられていないだろうな?


「ぶひひっ。ちなみに黒の首輪ブラック・カラーは、奥さん以外の女性を30秒眺めていると、ギリギリと首を絞めるのろいが付与されているのデュフ。私だけを視てほしいという、世の中の奥さま方には人気のアイテムなのデュフ」


「あー。それって、良いアイテムだねー? あたしも将来のためにひとつ買っておこうかなー?」


「ユーリ? 購入前に、旦那さまを作ってからにしろよ? このアイテムは浮気防止に役に立つが、結婚している相手以外に使用したら、法で罰せられるからな?」


「ぶひひっ。ストーカーが気になる異性に黒の首輪ブラック・カラーをつけないための法が存在するのデュフ。まあ、コレ単品でのろいが発動するわけではないデュフけどね?」


 ジョウさんがぶひひっ、ぶひひっと不気味な笑い声を口から漏らしている。ジョウさんって、言っちゃなんだけど、ぶひひっていう枕詞をつけずにしゃべったほうが、まだニンゲンの範疇に収まると思うんだけどなあ? まあ、そんなことはどうでも良いか。それよりも、黒の首輪ブラック・カラーのろいについて解説してもらうか。


「ん? どういうことなんだ? 黒の首輪ブラック・カラーのろいには発動条件があるってことなのか?」


「そうデュフよ? そんな、誰も彼もが無条件にのろいを発動することになったら、そもそも、販売すること自体が法で禁止されるに決まっているのデュフ」


 へえええ。さすがジョウさんだな。防具に関しては、たぐいまれなる知識の塊だぜ。女性経験はほぼ皆無なのに、防具に関してはすごいもんだぜ。


「ちなみに発動条件は何なんだ?」


結婚指輪エンゲージ・リングとセットで発動するのろいなのデュフよ。だからこそ、世の中の奥さま方に人気の商品なのデュフ」


「えっ? それだと、結婚指輪エンゲージ・リングを外せば、のろいは発動しないってことになるんじゃねえの?」


「そうデュフね? でも、結婚指輪エンゲージ・リングを先に外そうとすると、黒の首輪ブラック・カラーが首を絞めることになるのデュフ。それを知らない旦那方は、窒息しかけることになるのデュフ」


 ほうほう。それは良いことを聞いたぜ。じゃあ、もし、黒の首輪ブラック・カラーをアマノにこっそり装着されても、黒の首輪ブラック・カラーから外せばいいわけな?


「ツキト殿? ニヤニヤしているから、忠告しておくデュフよ? 黒の首輪ブラック・カラーを外せるのは、解呪をできるモノか、その黒の首輪ブラック・カラーをつけた本人にしか無理なのデュフ」


「くっ! じゃあ、結局、アマノが俺にこっそり装着させたら、外せるのは、ジョウさんか、アマノだけってことかよ!」


「だから、世の中の奥さま方に人気のアイテムなのですわ? 結婚指輪エンゲージ・リングを外すのも大概ですが。ツキト? やはり、ひとつ、買っておいたほうが良い気がするのですわ?」


「だ、だから、その手に持っている黒の首輪ブラック・カラーを元の場所にしまえって! 俺は身命を賭して、アマノ一筋だからよ!」


「うふふっ? それはわかっているのですわ? でも、ツキトが浮気をしないのはわかっていても、心配してしまうのが女心なのですわ?」


「ぶひひっ。アマノ殿。今なら、半額で黒の首輪ブラック・カラーをお売りするのデュフよ? ツキト殿が首を絞められて苦しむ姿は、ぼくちんにはメシウマなのデュフ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る