第18話 神帝暦645年 8月22日 その2

 ん? なんだ? この長方形の布製の小物入れっぽいのは?


 俺は、ジョウさんが、店の奥から俺たちが修繕を頼んだ鎧を持ち返ってくる間、手持ちぶたさだったので、その辺の商品棚に並ぶ商品を眺めていたわけである。その中でも、今まで見たこともないような、小物入れを見つけたのだ。


「なあ? アマノ。この小物入れって、何だ? サイズ的には、呪符を中に入れれるっぽいんだけど?」


「うーん? なんでしょう?。使う魔法に合わせて呪符を仕分けておくための小物入れなんでしょうか?」


「ウキキッ? ツキト殿。アマノ殿。どうしたのですか?ウキキッ」


「いや。ヒデヨシ。この小物入れってどう使うのかなって思ってさ。カバンに入れておくには、少々、サイズが大きすぎる気がするんだよ?」


「ウキキッ。そうですね。わたくしにそれを貸してもらえますか? ちょっと、使い方を考えてみるのですウキキッ」


 ヒデヨシがそう言うので、俺はその小物入れを彼に手渡すのである。それを受け取ったヒデヨシは、ひっくり返したり、蓋部分を開けて、中をじろじろと視て、一言


「ウキキッ。ふむふむ。じっくり視たところ、この小物入れの裏には紐を通すための輪がついているのです。これはもしかすると、画期的なアイテムではなかろうかという、わたくしの予想なのですよウキキッ」


「画期的なアイテム? そりゃ、いったい、どういうことだ?」


「ウキキッ。えっとですね。これは服や鎧に追加で付けるポケットだと思うのですよ。呪符は戦闘中は肩下げカバンから取り出したり、鎧下の服のポケットから取り出すのですよね? ですが、この小物入れの場合は、鎧の表面に丈夫な紐をつけて、さらにその紐に小物入れをひっかけておけるわけなのですよウキキッ」


「ああ! なるほど! それは便利だよな! 鎧に合わせて、服のポケット位置を考慮しなくてよくなるわけか!」


「これは良いアイテムなのですわ。腰辺りにこの小物入れをぶら下げておけば、戦闘中に肩下げカバンを担いだままで戦闘しなくて良いということになるのですわ?」


「弓と魔法を使うアマノにとっては、これ以上なく便利な小物入れだよな。矢筒があるって言うのに、なんで、今まで、こんな便利な追加ポケットがなかったのかと思うくらいに便利だわ」


 俺たちがその小物入れに関心していると、店の奥から店主であるジョウさんが大きな木箱をふたつずつ、往復2回をくりかえして、俺たちの防具を持って戻ってくるのである。


「ぶひひっ。4人分となると大荷物なんだデュフ。新しく店員を雇うべきなのデュフかね?」


「それは諦めたほうが良いんじゃねえのか? ジョウさん。あんた、若い娘を店員に雇うたびに、ぼくちんと付き合ってください。できれば結婚してくださいデュフ! って言うじゃん。街中の噂だぞ? この防具屋の店主は女性の敵だって。大人しく、この店の唯一の店員であるゴマさんを優遇してやれよ。」


 ちなみにそのゴマさんはジョウ・ジョウ防具店に陳列されている防具の埃を払ったり、布で磨くといった作業をしている。本当に、ゴマさんは働きモノだぜ。ジョウさんにも是非、見習ってほしいところだわ。


「失礼な話デュフ。ぼくちんはこれでも、男女平等主義なのデュフ。女性の敵だと思われるのは心外なのデュフ」


「でも、ジョウさん。例え相手が女でも平気で殴る時があるじゃん? それで、とある娼館では出入り禁止になったって聞いたぞ?」


「男女平等主義を貫こうと思うのならば、客の注文を聞けない女はこぶしで殴ってしかるべきなのデュフ!」


 本当にジョウさんはニンゲンじゃないぜ。あっ、ちなみに俺が言っているニンゲンってのは、ニンゲン族、エルフ族、ドワーフ族をひとまとめに指す時に言うんだ。もちろん、豚ニンゲンオークはヒト型がだ、あれは立派なモンスターって扱いである。ジョウさんがニンゲンなのか、はたまたモンスターに分類されるのかは、難しい話なので、ここではやめておく。


「うわー。ここの店主って、女性の敵だって噂が本当だったってことがわかったよー。アマノさんー? なんで、こんな店主がいる店に防具の修繕を任せているのー?」


「うふふっ。確かにジョウさんは女性の敵ですが、防具に関しての知識は街1番ですし、腕も確かなのですわ? それと、男女平等主義と言いながらも、女性客には割引が豊富なのですわ?」


「ほんと、腐った男女平等主義者だよな。ジョウさんは。男性客には冷たい接客のくせに、女性客には手もみで応対するもんな?」


「そんなの当たり前なのデュフ。いちもつがついている生物に親切に対応する男はこの世には存在しないのデュフ! ぼくちんは出来るなら、女性用防具専門店にしたかったくらいなのデュフ!」


 などとジョウさんが意味不明な供述をし始めたので、俺がスルーを決め込もうとしたところで、ヒデヨシがツッコミを入れてしまったりする。


「ウキキッ。女性冒険者は冒険者全体の3割程度なのですウキキッ。女性用防具専門店を作ろうと思えば、出来るかもしれないですが、それでは採算がとれるか微妙なところなのですウキキッ」


「基本、男女兼用で防具を作る故の弊害なのデュフ。それこそ、鎧に改造を施すほどのおっぱいの持主専用防具は注文自体、職人のほうに直接行ってしまうのデュフ」


「まあ、ジョウさんも職人上がりの防具店なわけだけど、個人経営店だもんなあ。職人を50人も雇っているような老舗工房には、かないっこないもんなあ」


「そこが悔しいところなのデュフ。ぼくちんはヒトに使われるのが嫌なので、老舗工房から、技術を盗んで、独立したのデュフ。しかし、いざ、店を出してみたら、黒字経営を続けるだけで大変なのデュフ!」


「うふふっ。女性客への大幅な割引を無くすだけでも、少しは収益は良くなりそうな気もするのですわ?」


 アマノのツッコミは的確だなあ。でもな? ジョウさんはそれじゃあ満足できないわがまま豚ニンゲンオーク腹ボディなんだよなあ。


「でも、その割引を無くしたら、女性なら誰もジョウさんの店に近づかないぜ? そしたら、ジョウさんは、人生の楽しみの8割を失くしちまうからな?」


「あれー? ジョウさんの人生の楽しみのあと2割は何なのー? あたしとしては、そっちのほうが気になるよー?」


「ウキキッ。ジョウさんの体型を視れば、一目瞭然なのです。ジョウさんは、よく食べるのですよ。1食で採る食事量は、豚ニンゲンオークに匹敵すると言われているのですよウキキッ」


「だから、焼肉パーティを開いても、絶対に、ジョウさんだけは誘わないんだよな。いくら、世話になっているからと言って、豚の丸焼きをまるまる1匹平らげておきながら、デザートは食べ終わったのデュフ! って言われたら、たまったもんじゃないだろ?」


「ツキト殿、失礼デュフね! いくら、ぼくちんでも豚の丸焼きを1匹分も食べたら、腹八分になってしまうのデュフ! ねつ造はやめてほしいといつも言っているのデュフ!」


 まったく、冗談を言っているだけなのに、ジョウさんはなんでこんなに本気で否定するんだろうな? ジョウさんは冗談と本気の違いもわからないほど、頭の中がおかしくなっているのか? 良い医者を紹介しようか? と俺は失礼ながらも思ってしまうのである。


「なんか、食費がすごいことになりそうだよねー。1回の食事ごとに豚の丸焼きを食べてたら、家計が火の車になっちゃうよー?」


「普段は米と豆腐と麺類を食べているのデュフ。ぼくちんも毎食、豚の丸焼きを食べれるほどの貴族社会に生きているわけではないのデュフ!」


「米と豆腐と麺類は大飢饉でもこない限りは暴騰しないからな。さすが庶民の主食なだけはあるぜ。良かったな? ジョウさん。米と豆腐と麺類だけは喰っていけるもんな?」


「ありがたい話なのデュフ。ところで、ヒデヨシ殿? その【呪符ポーチ】を買うのデュフか? 1個、銀貨2枚(※日本円で約2000円)デュフよ?」


 ジョウさんが目ざとく、ヒデヨシが手に持っている【呪符ポーチ】なるモノを指さして、商売魂を燃やしてくるのである。


「ウキキッ。結構、値が張るんですね。銅貨50枚くらいかと思っていたのですよウキキッ」


「それは新商品デュフからね。まだまだ値段が高いのデュフ。ちなみに鎧に紐を取り付けるための加工料は、客の注文次第デュフけど、高くても銀貨5枚といったところデュフね」


 【呪符ポーチ】よりも加工料のほうが圧倒的に高いな。まあ、どうせ鎧に【呪符ポーチ】をつけるとなると何か所も取り付けることになるから、妥当と言えば妥当な値段なのかなあ?


「鎧に紐? をつけるための細工ってのは、鋼の鎧でも可能なのか? ジョウさん」


「ほとんど革の鎧とやることは変わらないのデュフ。日数がかかるだけで、値段は同じくらいデュフ」


「ふーーーん。まあ、今回のクエストには間に合わないから、今度、俺の鎧を加工してもらおうかな。呪符の仕分けに便利そうだしな」


「そうデュフね。実際に使ってみたという客の感思はおおむね良好なものが多いデュフ。特に武器と魔法を同時に多用するような冒険者には受けが良いのデュフ」


 そりゃそうだろうな。いちいち、肩下げカバンの中をゴソゴソと漁らなくて済むもんな。この呪符ポーチを鎧の腰部分に数個、取り付けておけばな?


「ちなみに、視た目を重視しないなら、胸の部分にも、この呪符ポーチを取り付け可能デュフよ?」


「ああ、腰だけじゃなくて、胸の部分もアリなのか。こりゃ、便利なアイテムも開発されたもんだなあ? なんで、今までなかったのが不思議なくらいだぜ?」


「構想自体は昔からあったのデュフよ。でも、戦闘中にも外れないように丈夫に作っているために、コストが高くつくのデュフ。それなら、いっそ、鎧を着ける部分を減らして、下の服にポケットを付けたほうが安上がりなのデュフ」


 ジョウさんの言う通り、ほとんどの魔法を多用しつつ戦うタイプの冒険者はそうしてるもんな。上半身の鎧は胸から腹の前面にかけてで、横腹部分を開けて、そこに下の服を覗かせて、ポケットに手を突っ込めるようにな。


 でも、それだと、どうしても防御力に不安が出るから、近接兼魔法使用者は難儀するんだよな。邪魔だと思いつつ、すっぽり上半身を鎧で覆いつつ、肩下げカバンを身につけながら戦闘する冒険者も居るしな。


 ちなみに俺は鎧の上から袖なしのぶかぶかのジャケットを着込んで戦闘を行ったりもする。これなら、鎧の横腹をわざわざ開ける必要もないわけで、加工費が浮くのである。だが、夏場にはそんな恰好は、めちゃくちゃ暑いのだ。こりゃ、体温調整に使う風の柱ウインド・ピラーに消費される魔力を抑えるためにも、行く行くは【呪符ポーチ】の利用を考えていかなきゃならんなあ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る