第13話 神帝暦645年 8月21日 その9

「拙者はセ・バスチャンと申すのでゴザル。このたびは当家の依頼を受けていただき、感謝感激でゴザル」


「ちょっと、お父さんー。このひと、ゴザルって語尾だよー。もしかして、良いとこの出のヒトだったりするのー?」


 おい、ゆーり。小声で俺に耳打ちするのはやめろ。俺だって聞きなれない語尾で少し噴き出しそうだってのによ!


 俺とユーリ、アマノ、そしてヒデヨシの4人は、大津オオッツの領主:ホソカワ家付きの執事である、セ・バスチャンさんとクエスト内容についての打ち合わせを行っている最中である。


「うっほん。ゴザルと言う語尾は執事をする際には覚えなければいけない必須なことのひとつなのでゴザル。これは由緒正しき執事言葉なのでゴザル」


「あっ、すいません。執事って名乗るひとがゴザルゴザルって言うのは、執事言葉だったのか。長年の謎がひとつ解けたでござる」


 俺のおちゃめな一言に、執事がギラリッ! と鋭い視線を送ってくるのである。うーん、あまり冗談が通じないタイプなのかな? このセ・バスチャンって言う執事は。まあ、視た目50歳くらいの顔で、さらに白髪まじりのオールバックときたもんだ。その上、これぞ執事だと言わんばかりのスーツを着用していらっしゃる。


「うふふっ。ツキトとユーリ? ちなみにセ・バスチャンと言うのは執事の長となると名乗らなければならない名前なのですわ?」


「へー。アマノさん、物知りだなー? ってことはー、世の中には色々なセ・バスチャンがいるわけー?」


「そうですわよ? ですから、何々家のセ・バスチャンとお呼びするのが正しい呼び方なのですわ?」


 さすがB級冒険者のアマノだぜ。ちなみに、俺たちが今いる場所は冒険者ギルドのとある一室を借りているのである。前にも言ったが、冒険者ギルドには、いくつか部屋が用意されており、主に、クエストの依頼者との打ち合わせに使われていたりする。


 たまに、休憩に使っているやつらもいるわけだが、そういう時は冒険者ギルドが休憩時間に合わせて金を取っているのだ。そりゃそうだ。冒険者ギルドとしては、休憩に使うために用意した部屋ではないので、長々と部屋を占有されてはたまったものじゃないと、料金を設定しているわけである。


 まあ、それでも30分程度なら、無料で使わせてもらえるんだけどな? あと、依頼主と打ち合わせの場合なら、1時間までなら空き部屋を利用することは無料であり、それ以上、滞在したとしても、費用は依頼主持ちとなるシステムである。


「うっほん。さっそく打ち合わせをしていきたいのでゴザル。当屋敷からの依頼を受けていただくのは、B級冒険者のアマノ殿。C級冒険者のツキト殿、ヒデヨシ殿、そして、D級冒険者のユーリ殿。4名で間違いないでゴザルかな?」


「ああ、間違いないぜ。ちなみに、そこに居る猿顔がヒデヨシで、俺の左隣りに座っているのがアマノ。そして、俺の右隣りに座っているのがユーリだ」


「わかったのでゴザル。次に依頼している内容とその報酬について、話をさせてもらうのでゴザル」


 執事のセ・バスチャンさんがそう言うと、1枚の紙切れを出してくる。


「お盆で帰らなかった幽霊ゴーストが屋敷に大量に住み着いて困っています。退治してくれれば、金貨40枚を支払いますと依頼書には書いてありますが、この内容と報酬で問題ないでゴザル?」


「ああ、別に俺らのほうは特に問題ないんだが、2,3質問させてもらっていいかな?」


「良いのでゴザル。報酬が少なすぎると言うのであれば、いまのうちに言ってほしいのでゴザル。こちらとしても冒険者ギルドに頼るのは初めてな故、働きにあわぬ報酬であったと、あとで吹聴されても困るのでゴザル」


 ふーーーん。大津オオッツの領主なのに、今回、初めて冒険者ギルドに依頼を出したのか。大津オオッツって、そんなに平和なところだったっけ? 何か事情があって、直接、領主直々に冒険者ギルドに頼ることがなかったって感じなのか?


「まあ、冒険者ギルドの査定では、難易度C級ってなってるから、報酬額としては問題ないんだけどさ? 屋敷に出てくるモンスター。ようは幽霊ゴーストの種類についてわかる範囲で良いから教えてくれないか?」


「そうでゴザルな。冒険者ギルドには報告しているのでゴザルが、まず、一般的な、幽体の幽霊ゴースト、そして、泣き女クライ・オンナ。さらに幽体の雲ゴースト・クラウドでゴザル」


「ねえー。お父さんー。幽体の雲ゴースト・クラウドってなにー?」


「ああ。なんて言うのかなあ? 大空に浮かんでいる雲があるじゃんか? あれがきったない緑っていうか、そんな感じの色のついた幽霊ゴーストがいるわけよ。そいつの身体を吸い込んじまうと状態異常になるから注意しとけよ?」


 ユーリがうん、わかったー! と元気に返事をするのである。よしよし、物分かりの良い娘だ。こりゃ、絶対に、そいつと対峙した時に、試しに吸い込んじまうんだろうな?


「まあ、話を聞く限りだと、幽霊ゴーストのオンパレードって感じだな。でも、不思議なことがあるんだけど、なんで、幽霊ゴースト退治を宗教施設に頼まないんだ? あっちのほうが専門家だろ?」


「それがでゴザル。冒険者ギルドに頼む3倍以上の値段をふっかけてくるのでゴザル。当家としても、金貨200枚(※日本円で約2000万円)などと要求されても、困るのでゴザル。それ故、ならず者と言っては失礼でゴザルが、冒険者ギルドに頼もうと当主の意向なのでゴザル」


 なるほど、なるほど。話の筋としては通っているな。確かに、宗教施設に頼もうモノなら、尻の毛までむしり取ってくるような奴らも存在はする。だが、それでも、ならず者と言ってのけるその口で冒険者に頼むってのは、怪しい限りだぜ。


「よっし、話はわかった。それで、大津オオッツの領主さまは、今どこで寝泊まりしてんだ? 館が使えないんじゃ、不便だろ?」


「そこは仕事用の屋敷が別にあるのでゴザル。そこで、ホソカワ一家は寝泊まりしているのでゴザル」


「さすが、1地方のご領主さまだぜ。館以外に、仕事用の屋敷を持ってんのか。いっそのこと、館を手放したほうが良いんじゃねえのかって思えるぜ」


「うふふっ。ツキト? いじわるを言うのはよしなさいな。さて、セ・バスチャンさん? 館の中では戦闘行為が起きる可能性がおおいにあるのですわ? その際に、館に少々、損傷が出ると思うのですが、そちらの修繕費用は、こちら側が持つ気はありませんわ?」


「わかっているのでゴザル。でも、火の魔法で館を焼かないように注意してほしいのでゴザル。壁の1,2枚が破壊される程度なら黙って見過ごすでゴザルよ?」


「家具も少々、壊れることは眼をつむってほしいところだな。セ・バスチャンさんが言っている程度のモンスター相手なら、屋敷が崩壊するってことはないんだけどな?」


「と、言われると、当家の館には、先ほど言った幽霊ゴーストたち以上に何かあると言いたげでゴザルな?」


 セ・バスチャンさんが黒縁の眼鏡の縁をクイッと人差し指でいじり、キラリとそのレンズが室内の明かりを反射させる。おっと、さすがセ・バスチャンさんだな。何かに感づいたってか?


「こう言っちゃアレなんだけど、その館を調査したってのはどこのどいつなんだ? セ・バスチャンさん自ら調べたわけじゃないよな?」


「調査をおこなった教会の幽霊退治屋ゴースト・ハンターの報告では、その3種類だったという話なのでゴザル」


「ふーん。そいつが調べて、金貨200枚を請求したってわけか。こりゃ、臭いな」


「臭い? 臭いでゴザルか? 教会に属する幽霊退治屋ゴースト・ハンターでゴザルよ? その方が嘘をついていると言うのでゴザルか?」


「宗教施設ってのは、所によっちゃ、冒険者ギルドに依頼する数倍から十数倍の依頼料を吹っかけてくる場合があるんだ。だけど、ちゃんとした教会のちゃんとした幽霊退治屋ゴースト・ハンターが金貨200枚を請求してくるってことは、かなり手ごわい相手がその館に住み込んでいるってことになるってわけだよ」


「な、なんと。では、幽霊退治屋ゴースト・ハンターが嘘をついていると言うのは、報酬金額のほうではなくて、館に住み込んでいるモンスターについてでゴザルか?」


 なかなか察しの良い執事だぜ。さすが、セ・バスチャンを名乗るだけはあるな。こいつは優秀な執事だぜ。


「そういうこと。まあ、俺たちはそのモンスターを退治すれば、報酬金額が上乗せで冒険者ギルドから出るから、そちらが提示する金貨40枚で構わないけどな?」


「ウキキッ。そこまでわかっていながら、報酬金額を上乗せしてくれと言わないツキト殿は少々、甘いのではないのでは? ウキキッ」


「良いんだよ、ヒデヨシ。もし、大物が出てくるようであれば、館に与える損害は大きくなるからな? その辺、おおめに視てもらえるかどうかのほうが、俺たちとしては大事だからな?」


 建物内でモンスター退治を行えば、どうしても、その建物自体にも損害は出る。だが、ここの辺りをしっかり依頼主と詰めておかないと、トラブルの元になるんだよな。

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