第12話 神帝暦645年 8月21日 その8

「おかえりなさい、ツキト、それにユーリ。随分、おそかったのですわね?」


「ああ、すまねえ。団長のプレゼントがユーリの使い魔だったからさ。色々と話を聞いて、さらにユーリと使い魔との契約も済ませてきたんだよ。そしたら、予定より、だいぶ戻ってくるのが遅れたってわけよ」


 結局、俺とユーリが自分の家に戻ってきたのは23時より10分ほど前であったのだ。家に帰ってきた俺はアマノに簡単ながらであるが、一門クランの屋敷での出来事を説明するのである。


「まあまあまあ。魔法が使えるんですか? こっしろーちゃんは。とんでもない贈り物ですわ?」


「そう。とんでもない贈り物すぎて、明日の晩を過ぎるころには、こっしろーが魔術師サロンにさらわれるんじゃねえかと、気が気じゃねえ……」


 俺とアマノは、リビングの机の上に、ネズミのこっしろーを乗せて、つんつんと指でつつきながら、じゃれあっているユーリを微笑ましく見つめながら、談笑を行うのである。


「団長さんは金貨400枚(※日本円で約4000万円)で、こっしろーちゃんをあのエルフ族のセナ姫から譲ってもらったということですけど、少し、安すぎる気がするのですわ?」


「うーーーん。俺もそう思うんだけど、あちらのほうも井戸が枯れて、切羽詰まっているって話だからなあ。即、現金で金貨400枚をもらえるってんなら、セナ姫としても好都合だろうし」


「しかし、エルフ族の集落の井戸が枯れると言うのがあまり信じられない話なのですわ? 特にセナ姫がいる集落は森に囲まれた場所にあるのですわ?」


「まあ、井戸なんて枯れる時は枯れるもんだし、それに、井戸に通じる水脈が地震とかで変わっちまったんじゃねえの? 最近、三河みっかわでは地震が多いってのをよく聞く話だしな?」


 俺が朝食時に読んでいる新聞にもたびたび、三河ミッカワ尾張ジ・エンドで、ここ数年、大地震ではないが、そこそこ大きな地震が1か月に1度は起きているって書いてあったな。あそこは平地が広がっている場所が多く、活火山があるわけでもない。それなのに、なぜ、地震が多いかは魔術師サロンでも調査中だということらしい。


「そうですわね。地震が関わっているのかもしれないのですわ。私、一度、三河みっかわのほうに行ってみて、地中の水脈を調査してみようかしら?」


「んーーー。まあ、アマノは水の魔力がB級だから、ある程度までは水脈を調べることは可能かもしれないけど、そもそも、そこまで気にすることなのか?」


「ええ。三河みっかわ根の国ルート・ランドの入り口に接している土地なのですわ。だから、もしかしたら、根の国ルート・ランドで何かしら起きているのでは? と思ってしまうのですわ?」


「なるほどなあ。アマノは根の国ルート・ランドとの関連性を疑っているってわけかあ。それなら、俺もユーリを根の国ルート・ランドの探査団として派遣する以上、気にかけておいたほうがいいよなあ?」


「まあ、単なる思い過ごしだという可能性も高いのですわ? さて、そろそろ11時半を回るのですわ? ぱぱっとお昼を済ませて、午後からの幽霊屋敷の執事さんと打ち合わせをするのですわ?」


 アマノはそう言うと、台所に向かい、水を張った鍋に火をつけるのである。火をつけると言っても、コン=ロンと言われる火が出る魔法器具の上に鍋を乗せているのだ。


 火の魔法を貯めこんだ魔法結晶がコン=ロンの中に仕込まれていて、除湿器と同じく、火力調整用のレバーがついており、それの操作によって、コン=ロンから噴き出る火の調整ができるといった、家庭に1つは欲しい器具である。


 ちなみに、冬には、スト=ブーという暖房器具もあり、こちらは鉄製の檻と言えばいいのだろうか? その中にコン=ロンで使われている魔法結晶よりもサイズが2倍のモノが仕込まれており、これまた、レバー操作で、スト=ブーの火力を調整できるわけである。


 まあ、俺たちが生活しているびわ湖ビワッコの南方5キロの草津くさっつの街はよっぽどの大寒波でもやってこない限りは、大型のスト=ブーが必要になるほど冬は寒くならないので、今、使っている小型のスト=ブーで事足りている。


 だが、北陸ノース・ランドに行くと、そういうわけにもいかず、茅葺き屋根と漆喰の壁で出来た家に住み、家の中央には暖をとるための囲炉裏があったりするそうだ。ちなみに伝聞系なのは、俺が北陸ノース・ランドに行ったことがないため、ひとから聞いた話と、本で知った知識で話しているからだ。


「まだまだ暑いので、素麺を茹でて、流水で冷やしたのですわ? ネギを細切れにしたもので薬味は足ります?」


生姜ショウ・ガッって、まだ残ってたっけ? 残っているなら、俺がおろし金で生姜ショウ・ガッをするけど?」


「じゃあ、お願いするのですわ? その間に、出汁巻き玉子も作ってしまいますわ?」


 俺はアマノからおろし金と生姜ショウ・ガッを渡されて、ショリショリと生姜ショウ・ガッをするのである。そうしていると、俺の横に、ドンッと半分に切られた大根ビッグ・コンを置いてきて、ユーリが言う。


「お父さんー。あたしはそうめんは大根ビッグ・コンおろし派なんだよー。だから、大根ビッグ・コンも、すってほしいわけー?」


「はいはい。わかりました。ユーリ、手を洗ってこいよ? ネズミを触ったんだから、特に念入りにな?」


「僕はキレイなネズミでッチュウ! その辺のドブネズミと一緒にしないでほしいでッチュウ」


「はいはい。わかったわかった。ユーリ、こっしろーが頭のおかしいことを言っているけど、真に受けるなよ? 動物を触ったあとは、きっちり手を洗う。これは鳩のまるちゃんでも変わらないことだからな?」


「わかってるよー、そんなことくらいー。お父さんー、こっしろーくんが逃げ出さないように見張っていてねー?」


 ユーリがそう言ったあと、洗面所に向かい、手を洗って戻ってくるのである。その頃には、アマノは人数分の出汁巻き玉子を作り終えており、小皿に切り分けて、食卓に並べていくのであった。


 俺はすり終わった生姜ショウ・ガッ大根ビッグ・コンおろしを小鉢に乗せて、朝、読み終わってなかった新聞を手に取り、ふむふむと読み始めるのである。


「うふふっ? 今から食べようというときに、新聞を読みだすのはやめてほしいのですわ?」


「いや。今日の朝刊の4コマ漫画を読んでなかったなあって思ってさ。うーーーん。今日のオチはいまいちだなあ。連載もかれこれ10年以上も経つと、作者としてもネタ切れなんだろうなあ?」


「そんな新聞の4コマ漫画に眼を通しているのなんて、お父さんだけだよー。あっ、こっしろーくんの分も用意されてるんだー。さすがアマノさんだよー」


「うふふっ。こっしろーちゃんは今日からうちの家族なのですわ? でも、ネズミが1食でどれほど食べるかわからないので、とりあえず、出汁巻き玉子を1切れと、素麺を小鉢に入れてみたのですわ?」


「ありがたき幸せでッチュウ。できるなら、大根ビッグ・コンおろしもつけてほしいところでッチュウ」


 まったく、贅沢なネズミのこっしろーだぜ。勝手に大根ビッグ・コンをそのままかじっていれば良いのにな?


「こっしろーちゃん? ちなみに、勝手に家のお野菜をかじるようでしたら、ユーリの使い魔であっても、釜茹でにしますわよ?」


「そ、そんなことしないでッチュウ! だから、釜茹ではやめてほしいでッチュウ!」


「そういえば、こっしろーくんの好物って何だったっけー? 何か言っていた気がするけどー? やっぱり、ネズミだから、天かすとかなのー?」


「天かすはもちろん、大好きでッチュウ。できるなら揚げたての天かすが良いんでッチュウ。あの菜種アブーラの香ばしい匂いを嗅ぐだけで、僕は天国に召されそうになるでッチュウ」


「ふーーーん。あたしとしては、こっしろーくんが天国に召されたら困るから、天かすはあげれないねー?」


「天国に召されそうになるだけだッチュウ! だから、僕から天かすを奪うのはやめてほしいッチュウ!」


「あはははー。冗談に決まっているじゃないー。何をそんなに顔を青くしてるのよー? お父さんー。午後からの打ち合わせが終わったら、武器屋さんと天麩羅てんぷら屋さんに寄ろうねー?」


「うーーーん。でも、天かすってあんまり日持ちしないぞ? 湿気を吸って、二日くらいでふにゃふにゃになっちまうしなあ?」


「何か、天かすを保存できるような技術が発明されれば良いですわね? 野菜やお肉は冷蔵庫(アイス・タンク)で少し日持ちするようになりましたけど、天麩羅てんぷら等の揚げ物は無理ですわ?」

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