第10話 神帝暦645年 8月15日 その3

「さあ、次は何を見せてくれるのである。抗い続けるのである。ニンゲンよ!」


 くっそ! なんて野郎だ。後頭部がはじけ飛んで、そこから脳漿をダラダラと流してるって言うのに、なんで、こいつは普通に言葉を話せてんだ?


「ミツヒデ、逃げろっ! そして、団長を叩き起こしてくるんだ! 俺たちじゃ、バンパイア・ロードをどうにか出来るとは思えねえ!」


 このバンパイア・ロードは、今まで見てきた他のどのバンパイア・ロードとは違い過ぎるぜ! こっちにはB級冒険者が2人いるんだぞ。それなのに、そのミツヒデの隠し業【鉄砲タネガシマ三段撃ちトリプル・シュート】を持ってしても、こいつには致命傷を与えることができねえっ!


「ふひっ。それは無理そうなのでございます……。バンパイア・ロードは、僕を逃がしてくれるとは想えないのでございます」


 ミツヒデが全身をガクガクブルブルと震えさせながら、そう言うのである。さらには涙目になりながら、ふひっ、ふひっと声にならぬ音を口から漏らしていやがる。


「ふむっ。当たり前なのである。あと、言っておくが、周りが騒ぎを嗅ぎつけて、ここにやってくるのは期待しないほうがいいのである。バンパイア・ソンチョウを4人、バンパイア・チョウチョウを2人、すでに暴れさせているのである」


 くっ。なんて用意周到な奴なんだ。バンパイア・ソンチョウが相手ならD級冒険者5人の徒党パーティが1つあればなんとかなるかもしれないが、それを4人も連れてきてやがるのかよ!


 しかも、バンパイア・チョウチョウともなれば、C級冒険者5人の徒党パーティでぎりぎりなんとか対処できる相手だ。


 しかしだ。こいつらはそもそも単独行動なんかしない。必ず地獄の番犬ケルベロスとも呼ばれる火の魔犬ファー・ベロスをを2、3匹連れてやがるのが厄介なんだ。だから、冒険者側も徒党パーティを組んでなければ対処がそもそもできない。


 ぶっちゃけ、バンパイア・ソンチョウよりも、火の魔犬ファー・ベロスのほうがよっぽど強いんだ。なんで、バンパイア・ソンチョウは火の魔犬ファー・ベロスの餌にならないんだ? 不思議でたまらねえぜ!


 これは、他の一門クランからの応援なんか、期待するだけ無駄だな。ここは俺が長年の冒険者稼業で身についた知恵でなんとしなけりゃならないぜ!


「何か言いたげな顔をしているな。そこの四十路の男よ。死ぬ前に聞きたいことがあれば、なんでも聞いてくれて良いのである」


「死ぬ気はさらさらないが、聞かせてもらうぜ? なんで、てめえは火の魔犬ファー・ベロスを連れてきてないんだ? 余裕の表れなのか?」


「ふむっ。おかしなことを聞く奴である。まあ、普通はバンパイアたるもの、自分の愛犬を連れてくるモノではある。しかし、うちの嫁が、愛犬と散歩をしたいと言い出したのである。だから、われはひとりぼっちで、お前たちの前にやってきたのである」


「ああ? ちょっと待ってくれ。今、嫁とか言わなかったか? もしかして、バンパイア・ロード・マダムまで、出張ってきているとか言わないよな!?」


「勘が良い奴である。勘が良いのは早死にすると聞いたことがないのであるか?」


 何、団長と同じこと言ってやがるんだよ。こいつは!


「うちの嫁はニンゲンの軍隊の強さを知りたいと言って、遊びに行ってくると言っていたのである。今頃、関ヶ原セッキ・ガハーラはニンゲンたちの死体が山となっているかも知れないのである」


 まじかよ……。だから、こんな規格外のバンパイア・ロードが出たって言うのに、よその一門クランはおろか、帝立鎮守軍までもが、こちらへ応援を出せないわけなのかよ!


「お師匠さまー。バンパイア・ロード・マダムって何ー? もしかして、そいつよりも強かったりするのー?」


 ユーリが心配そうな顔つきで俺に尋ねてくる。


「バンパイア族ってのは、ニンゲンと同じく、社会を築いているんだよ。ニンゲン社会ならぬ、バンパイア社会ってやつだ。だから、バンパイア・ソンチョウも居るし、バンパイア・チョウチョウも居るってわけだ。もちろん、そいつらには嫁さんだって居るってわけだ」


「うふふっ。ユーリ。バンパイア・マダムと言うモノは、男と違って、血を好む傾向があるのですわ。特に若い男の血を好むのですわ。だから、若い男が多い帝立鎮守軍のほうを襲っていると思うのですわ」


「うっわー。性質たちが悪いねー。お師匠さま、良かったねー。ここに居る男たちは30歳を超えたひとばっかりだもんねー」


「ああ。怪我の功名とはまさにこのことだな。バンパイア・ロード・マダムまで、こっちに来てたら、間違いなく、俺たちはとっくに全滅してたところだぜ……」


 俺は額から流れる鈍い汗を右手で振り払う。でも、不思議なことがひとつあるんだよな。なんで、旦那のほうは、わざわざ俺たちのほうにひとりでやってきたんだ?


「なあ、バンパイア・ロードさんよ。なんで、俺たちのような、言って、B級冒険者が最大戦力の徒党パーティなんか襲いにきたんだ? 襲うにしても、もっと歯ごたえのある一門クラン徒党パーティなんて、いくらでもあるだろうが?」


「ふむっ。良い質問なのである。お前たちの一門クランは【欲望の団デザイア・グループ】で間違いないはずであるな?」


 ああん? どういうことだ? 俺たちのことを知っていて襲ったってことなのか?


「ふひっ。僕たちは【欲望の団デザイア・グループ】の一員で間違いないのでございます。それがどうかしたのでございますか?」


「そうであるか。ふう、間違えなくて良かったのである。ニンゲン族やエルフ族はこちら側から見たら、似たような顔ばかりで判別がつきにくいのである」


「うふふっ。【欲望の団デザイア・グループ】でなければ、まるで見逃してくれたかのような口ぶりなのですわ?」


「三十路女よ。よくわかっているではないか? なのである。お前たちがあの忌まわしき男が率いる【欲望の団デザイア・グループ】に属しているのが運の尽きなのである」


 くっそ。あの馬鹿団長! こいつに一体、何をしたって言うんだよ! 結局、あの団長が全ての原因なのかよ! ふざけんじゃねえよ!


「お前たちのおさは、ニンゲンの希望であり、絶望なのである。そして、われたちの絶望であり、また同時に希望なのでもある」


「何、わけのわかんねえことを言ってやがるんだ? 脳漿ダダ漏れで、ついに言っていることがおかしくなってきやがったのか?」


「あやつの血筋に問題があるのだ。あやつの祖先は大昔、このヒノモトノ国の全てを手に入れようと画策したのである。ちなみに大神おおかみと言うモノを知っているか?」


 大神おおかみ


「なあ、アマノ。大神おおかみってなんだっけ? なんか聞いたことがあるような、ないような?」


「うふふっ。このヒノモトノ国のかつての支配者と言われたモノたちですわ。だけど、今はどこに行ったかは謎なのですわ?」


大神おおかみは今でも存在するのである。お前たちニンゲンは知らないのであるか?」


「ミツヒデ、ヒデヨシ、お前たちは知らないのか?」


「ふひっ。よくは知らないのでございます。でも、噂では、みかど大神おおかみと関連しているのでは? と言われているのでございます」


「ウキキッ。それは本当なのですか? ミツヒデ殿。ウキキッ」


「風の噂なのでございます。みかどは、少なくともこの100年間、変わらぬ姿のままだと言われているのでございます。だから、実はみかど大神おおかみそのものではないのかと言われているのでございます」


 ヒノモトノ国の象徴たるみかど。それは、イニシエの時代から連綿と続くこの国の象徴たる血筋の人物だ。この国の長い歴史の間に軍事政権がいくつも誕生しては消えていったが、その軍事政権が排除に成功することはできなかった存在である。


 もし、そのみかどがニンゲンではなく、バンパイア・ロードの言うところの大神おおかみという何かなのであれば、ニンゲンがどうにかしようとしても、無理だと言うことになるのか? 俺はてっきり、侵すことができない聖域たる権威を持った血筋だと想っていたが、その考え自体が間違っていたと言うことなのか?


「貴様たちニンゲンは、何故、モンスターと敵対しているかを知っているか? なのである。そもそも、お前たちニンゲンが信じる大神おおかみと、われらが信じる大神おおかみが違うからなのである。それがニンゲンたちと、モンスターたちの絶望なのである」

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