第11話 神帝暦645年 8月15日 その4

 意味わかんねえこと、さっきからぶつくさ言ってんじゃねえよ!


「ツキト! 精の吸収ドレイン・タッチを喰らったのに、すぐに立ち上がってはいけないのですわ!」


「うっせえええ! ここで動かなきゃ、誰がアマノを守るって言うんだよ! くそっ、動け、俺の足っ!」


 俺は腰砕け状態の足の太ももを右手でバンバンッ! と叩き、活を入れるのである。


「ほう。面白いニンゲンなのである。だが、われ精の吸収ドレイン・タッチを舐めてもらってはいけないのである。お前の溜まった三日分の精は全て吸わせてもらっているのである」


「俺のキンタマが三日分如きで空っぽになるわけねえだろ! 四十路のおっさんの性欲を舐めんじゃねえぞ!」


「うふふっ。良いことを聞きましたわ? なら、今度は限界を超えた赤玉まで絞ってみせるのですわ?」


 ちょっと、待ってください。アマノさん。三十路の女性の性欲は半端ないのです。俺は本当に死んでしまうことになります。


「お師匠さまー。よくわからないけど下品なことを言うのはやめてよー。あと、アマノさんも、何、恍惚な表情になってんのー? もうちょっと、真面目に闘おうよー」


「あら、いやですわ? 私としたことがつい、ツキトに期待5割増しになってしまいましたのですわ? 最近は夜が暑いとか言って、ツキトのが元気じゃないのがいけないのですわ?」


「ふひっ。真夏はどうしようもないのでございます。男を責めるのは酷と言うモノなのでございます」


 さすが、ミツヒデはわかってんな。お前も女房に搾り取られている口か?


「ヒロコが毎日のように求めてくるのでございます。お盆進行の時は勘弁してほしいところなのでございますが、疲れている時は逆にタチが良くなってしまうので、1日の最後の体力を奪われてしまうのでございます」


「そりゃ大変だな。どこのご家庭も……。さて、バンパイア・ロードさんよ。お待たせしたぜ。今度は俺が相手だ! 出でよ、炎の人形! 炎の演劇ファー・シアタ発動! 燃え尽きちまえってんだ!」


 俺はなんとか片膝をついた状態にまで身体を起こし、呪符を3枚取り出し、地面に叩きつけ、自分の魔力を込めて、炎の人形を具現化する。しかしだ。具現化された炎の人形はたった1体だったのだ。


「ふむっ。バンパイアに対して、火で攻撃するのは基本なのである。しかし、残念なのである。精の吸収ドレイン・タッチで精だけではなく、魔力も吸い取らせてもらっているのである」


 くっ。炎の演劇ファー・シアタによる炎で出来た人形がいつもなら呪符3枚で計6体作れるはずなのに、今は1体でもその形を維持するだけで限界なのは、その所為だっていうのかよっ。


「これではまるでイジメなのである。イジメ格好悪いのである。少し、魔力を返してやるのである。精の解放ドレイン・リターンなのである」


 うおおお。バンパイア・ロードが俺に急接近して、俺の肩に手を置いて、そう力ある言葉を奴が言うと同時に俺の身体の内側から力が溢れてきやがる!


「ふむっ。これで少しはまともに闘えるはずなのである。さて、四十路の男に返した分は、そこのふひっふひっうるさいお前から補充するのである。精の吸収ドレイン・タッチなのである!」


「ふ、ふひっいいいいいいい! なんなのでございます!? この天にも昇りそうな快感の渦はあああああ!」


 ああ、ミツヒデって精の吸収ドレイン・タッチを喰らったことがなかったのか。アレって、初めて喰らうと、まじで1時間ほど立てなくなるくらい、腰が砕けるからなあ。しかも、気持ち良すぎて、ちょっとしたことじゃいちもつが起たなくなっちまって、自分は不感症になってしまったのかとしょげるくらいだしなあ?


 まあ、1週間もすれば元に戻るから、そんなに心配するんじゃねえぞ? 女房からは不審がられるだろうけどな?


「ふむっ。この男、毎日、嫁といちゃいちゃしているせいなのか、少々、淡泊なのである。そこの猿そっくりの顔の奴のほうが3倍、濃かったのである」


 まあ、ヒデヨシはクエストで手に入れた報酬の半分近くを娼婦館で使っちまうくらいに性欲が強いからなあ。ミツヒデと比べるのは少し酷ってもんだ。ヒデヨシは猿顔なだけあって、アッチのほうも猿なんだろうなあ。


「ウキキッ。ツキト殿? 私にはわかりますよ? その顔は、私が猿のように女房とイチャイチャしてんだろうなあってありありと言っていますよ?ウキキッ」


 あっ。バレた。おっかしいなあ。俺って顔芸は得意なほうなんだけどなあ? 団長からはツキトくんは面白いくらいに考えていることが顔に表情として出ますよね? って、あれ? ポーカーフェイスって、逆の意味だったっけ!?


「さて。四十路のニンゲンよ。せっかく、魔力を補充してやったのである。少しは、自分の女の前で恰好をつけてみせるのである」


 俺の思考を中断させるかのように、バンパイア・ロードが安い挑発を俺にしかけてくるのであった。


「ちっ。上から目線でモノを言いやがって。仕方ねえ。とびっきりってやつを見せてやるぜ! おい、アマノ。アレをやるぞ! 準備してくれ!」


「5分。いえ、3分欲しいのですわ。その間に準備を整えますわ!」


 よっし、3分か。このバンパイア・ロード相手にそれだけ耐えろってか。こりゃ、至難の業だぜ!


「お師匠さまー! あたしも手伝うよー! なんでも言ってくれて良いんだよー!」


「じゃあ、ユーリは巻き込まれないように、ちょっと離れてろ! ちょっくら、派手に動くから、10メートルくらい下がってろ!」


 ユーリがこくりとひとつ頷き、錫杖しゃくじょうを両手で抱えたまま、走って離れていく。いいぞ、良い娘だ。


「ふむっ。どうせなら、もっと遠くに逃がしたほうが良かったのではないのか?」


「そんなことしたら、お前が俺たちを放って、ユーリの方にすっ飛んでいくつもりなんだろ? バンパイア・ロードってのはドスケベって聞いたことがあるからな。若い娘が精の解放ドレイン・リターンを喰らって、よがる姿をじっくり拝むつもりなんだろ?」


「紳士たるわれがそんなことをするわけがないのである。誤解してもらっては困るのである。そもそも、マダムと違い、われはニンゲン族の裸には興味がないのである。しかしである。羞恥心に晒されながら、動けぬ同族の男どもの前で肌をあらわにしていくほうが、あの娘にはご褒美なのである」


「何、反吐が出そうなこと言ってやがんだよ! あったま来たぜ! 風の加護よ、俺の足に力を! 風の軍靴ウインド・ミリタリ発動!」


 俺は自分の両方の靴に呪符を貼りつけて、風の魔法を唱える。その力ある言葉が口から発せらると同時に、俺の両足のつま先からひざ辺りまで、緑の風が螺旋を描き、巻き付くことになる。


 この風の軍靴ウインド・ミリタリは自分の脚力を強制的に跳ね上がらせることができるんだ。上手く使いこなせば、短時間ながらも宙を自在に舞うことも可能だ。


 風の恵みウインド・ブレスは自分の身体全体の動きを少しだけ速めて、基本から応用までそつなくこなせることが可能である。だが、風の軍靴ウインド・ミリタリは脚力だけを跳ね上がらせるだけあって、扱いが非常に難しい。だが、扱いが難しいからこそ、自分でも意図しないような動きが可能となり、結果的に、相手の不意をつきやすいってわけだ。


 俺は約3メートルはあろうかという槍を振り回しながら、バンパイア・ロードの周りをそれこそ、宙も地面かのように使いながら飛び跳ね周り、バンパイア・ロードの身体へと槍を叩きつけていく。


「ほう。面白いことをしてくれるのである。これは、両手をつかわざる得ないのである! 水よ、われを癒すのである! 水の回帰オータ・リターン発動なのである!」


 バンパイア・ロードはそう言うなり、ふぬぬぬと唸る。その唸り声と共に先ほどミツヒデの銃撃により吹き飛んだ左腕が高速で再生されていく。くっそ! まだ片腕ならどうにかなりそうって言うのに、こいつは情け容赦がないのかよ!


 バンパイア・ロードは両腕を振り回し、その腕先から手の部分までを使い、俺の槍を次々とさばいていく。ちっ。なんて野郎だ。地面の一点を中心として、足さばきを行うことにより、まるで舞でも踊っているかのように見えるぜ! しかもだ、俺はあいつの周りを飛び跳ねまくっているというのに、その基点となる場所からほとんど、あいつのほうは動いてないときたもんだ。


「へっ。さすが、B級冒険者が本気を出しても相手になるかどうかわからないと言われていることだけはあるな! 俺の攻撃を軽々とさばいてくれるもんだぜ!」


「ふむっ。良きかな。良きかなである。これほどの力があれば、B級冒険者を名乗っても問題はないのである。貴様は、何故にC級冒険者などやっているのであるか?」


「俺はただのC級冒険者であり、それ以上でもそれ以下でもないぜ? 何か? お前は俺のB級冒険者の昇格試験官にでもなったつもりか? そういうつもりなら、しっかり落第点をつけておいてくれよ? 俺にはそんな資格なんかあるわけないからなっ!」

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