第9話 神帝暦645年 8月15日 その2

 ユーリが今まさにバンパイア・ロードの手により、エロエロの小娘にされそうになろうとした瞬間であった。ユーリとバンパイア・ロードの間に割って入るように、猿そっくりな猿が飛び込んでいく!


「ウキキッ! 16歳の小娘をエロエロにさせてはいけないんですよウキキッ!」


 ナイスだ! ヒデヨシ! ユーリの代わりに身を挺して、バンパイア・ロードの精の解放ドレイン・リターンを防いでくれたってのか! 今度、酒でもおごってやるからな? いや、バナナのほうが嬉しいのか?


「ウキキッ。バナナは確かに好物ですが、それは私のことを猿だからと言いたいのですか? ウキキッ」


 いや、そこはまあ、やっぱり、ヒデヨシって猿そっくりだから? まあ、すまん……。


「甘いのである。われが吸い取った精を返してもらうのである。精の吸収ドレイン・タッチなのである!」


「ウキキイイイ!? イってしまうのですウキキイイイ!?」


 バンパイア・ロードに股間をつかまれたヒデヨシは歓喜の雄たけびを上げながら腰砕けになり、ユーリの前で力尽きて、膝から崩れ落ちるように地面に突っ伏してしまった。


「ふんっ。邪魔が入ってしまったのである。お前たちニンゲン族は何故、そこまで他のニンゲン族の盾になるのが好きなのであるか? しかし、それでこそ、ニンゲン族なのである。だからこそ、お前たちへの興味は尽きないのである!」


 くっ。バンパイア・ロードが口の端を吊りあげながら、愉悦の表情を浮かべてやがる。しかも、未だに奴はユーリの前から離れてはいない。このままでは、ユーリは、俺とヒデヨシの2人分の精をバンパイア・ロードに喰らっちまうことになる!


「ふひっ。もうひとり、忘れているのではないかなのでございます。僕が相手をするのでございます!」


 おお! ミツヒデ。お前、まだ逃げてなかったのかよ! 絶対、逃げてたと思ってたわ!


「ふひっ。ツキト殿、馬鹿にしないでほしいのでございます。僕はこれでもB級冒険者なのでございます。下の位階ランクの冒険者を置いて逃げるはずがないのでございます!」


 そんなことを言っている割には思いっきり、ミツヒデの膝ががくがくと笑ってんだよな。あいつ、実力は俺より上だってのに、性格が臆病なのが傷なんだよなあ。


「ふむっ。われに恐怖しながらも、なおもわれの前に立とうとするニンゲン。お前こそ、本当の勇気あるモノなのである。われは臆病者が好きなのである。追い詰められた時ほど面白きことをするのは臆病者において、他にないのである!」


 うっお! なんだよ、そのミツヒデへの高評価は! なんで、そんなに臆病者が好きなんだよ、このバンパイア・ロードはよ!


「ふんっ。そこのニンゲン。お前には臆病者の素晴らしさがわからないのであるか。恋に焦がれ、相手に焦がれ、心が焦がれ、それでもなお、大事な一歩を踏み出せぬ臆病者。仲間が傷つき、大切なモノが傷つき、自分の心が傷つき、それでもなお、大事な一歩を踏み出せぬ臆病者。しかし、奇跡を起こすモノは臆病者なのである」


 こいつ、俺の方に顔を向けて、いったい全体、何を言ってやがるんだ? 齢300年も経つと、言語に障害でも発生しやがんのか?


われは臆病者が大好きなのである。臆病者を愛しているのである。臆病がゆえに一歩を踏み出せぬのである。だが、その臆病という枷から外された時、そのモノは大いなる進化を遂げるのである!」


 バンパイア・ロードがわけのわからないご高説を垂れながら、愉悦の表情をその顔に浮かべる。ちっ。こいつの性格は歪んでやがる。うちの団長がよっぽどマシに思えるくらいだぜ!


「ふ、ふひっ! 戯言はそこまでにしておくのでございます。僕は臆病者ではないのでございます! 皆のためにこの命を燃やし尽くさせてもらうのでございます!」


「さあ、来いっ! 臆病者。お前の勇気を見せるのである。われを喜ばせるのであるっ!」


 バンパイア・ロードが両腕を左右に大きく伸ばした状態で構える。そして、ゆっくりと、ミツヒデに向かって、歩を進め、距離を縮めていく。


 ミツヒデ! バンパイア・ロードの安い挑発に乗るんじゃねえ! お前の武器は鉄砲タネガシマだろうがっ! お前、一発発射するごとに弾込めのために約10秒の攻撃間隔があるんだぞ! それは命取りになりかねないんだぞ!


 だが、俺の心の叫びもむなしく、ミツヒデが片膝を地面につき、鉄砲タネガシマを構えて、10メートルも離れていないバンパイア・ロードに向かって、ダーーーン! と言う音と共に弾を放つのである。


「ふんっ。鉄砲タネガシマであるか。確かに威力としては申し分ないのである。しかも、銀の弾を込めているとはなかなかに小癪である。だがっ!」


 バンパイア・ロードはミツヒデの一撃を右手の手のひらで受けながらも構わず走る。そして一息にミツヒデへの距離を縮めていく。そして、バンパイア・ロードが上方向へ左手を振り上げ、それをミツヒデの脳天に向かって振り下ろす。しかしだ、ミツヒデはバンパイア・ロードが自分に攻撃を仕掛ける瞬間を待っていたのだ!


「ふひっ。かかったのでございます。僕の鉄砲タネガシマが一丁だけだと思っていたのが、貴方の敗北を決定づけたのでございます!」


 な、なんだと? ミツヒデは足元の草むらの中に鉄砲タネガシマを隠し持っていただと? しかも、それも1丁じゃねえ。3丁もありやがる!


「これが、ミツヒデの隠し業【鉄砲タネガシマ三段撃ちトリプル・シュート】なのでございます!」


 ミツヒデが鉄砲タネガシマを発砲しては、それを宙に投げはなち、さらにもう1丁を素早く拾い上げ、もう1発をバンパイア・ロードに向かって撃ち込むのである。それだけでは足らぬと、最後の1丁を拾い上げ、とどめとばかりに発砲する。


 すげえええ。やっぱり、俺みたいなC級冒険者ではなく、ミツヒデはB級冒険者なだけはあるぜ。自分の武器の弱点を把握し、それを克服するための策を仕込んでやがるぜ!


 ミツヒデの鉄砲タネガシマから放たれた三連続の射撃がバンパイア・ロードの左の腕先、二の腕。さらには左眼をぶち抜いてやがる。これは、さすがに奴がバンパイア・ロードと言えども、お陀仏だろう。バンパイア・ロードは鉄砲タネガシマの三連続の衝撃を受けて、仰向けにズズーーーンと地面に倒れ込むのである。


「ふ、ふひっ。怖かったのでございます。おしっこ、ちびってしまったのでございます。ツキト殿。替えのパンツがあったら、分けてほしいのでございます」


「ああっ。俺の肩下げカバンの中に入っているから勝手にもっていきやがれ。しかし、助かったぜ。さすがはミツヒデはB級冒険者だな。まさか、鉄砲タネガシマを他に3丁も準備してたなんて思わなかったぜ」


「ふひっ。いくらB級冒険者の端くれの僕でも、さすがに鉄砲タネガシマを他に3丁も所持するほどのお金は持っていないのでございます。これは土と火の合成魔法で作り出した鉄砲タネガシマもどきなのでございます」


「えっ? マジかよ! そんなこと出来るのかよ! そんなの、団長だって出来ないぞ?」


「ふひっ。鉄砲タネガシマもどきは命中精度が最悪なのでございます。僕の射撃の腕をもってしても、10メートル先のモンスターにすら満足に当たらないのでございます。だから、団長は出来ないのではなく、あえて、こんなモノを具現化しないだけでございます」


 鉄砲タネガシマを得意とする冒険者が満足に敵に命中させられる距離は20メートルから30メートル程である。だが、ミツヒデは相手との距離が50メートルまでなら、百発九十中と、他の冒険者たちと比べて、命中精度が段違いに高い。そんなミツヒデですら、合成魔法で具現化した鉄砲タネガシマもどきの命中精度の悪さは群を抜いていると言って過言ではない。


「なるほどなあ。団長は信頼性のない武器を使いたがらないもんなあ。飄々とした性格の割りには、すっげえ神経が細かいからな。あの団長は」


 俺が地面で這いつくばりながら、ミツヒデ殿と談笑していたわけなのだが、その時、アマノが悲鳴に似た声をあげるのである。


「ミツヒデさん! 逃げてくださいなのですわ! バンパイア・ロードはまだ、死んではいないのですわ!」


「ふむっ。勘付かれたのである。せっかく、勝利の余韻を味合わせてやろうと思っていたのに残念なのである。勇気を見せたモノを祝福し、その後、そのモノを奈落に叩き落とし、絶望に歪んだ顔を拝みたかったのに、残念なのである!」


 バンパイア・ロードが大の字で仰向きに地面の上に倒れながらも、そう言葉を発するのである。嘘だろ!? 頭の後ろ部分を吹き飛ばされて、おまけに左腕も、二の腕部分からもげてんだぞ? なんで、こいつ、生きてんだ!?


「ふむっ。良い攻撃であったのである。これが、バンパイア・ソンチョウやバンパイア・チョウチョウなら、死んでいたところなのである」


 バンパイア・ロードが頭の後ろ半分吹き飛ばされながらも、笑みを浮かべたまま、上半身を起こすのである。うっわ。気色わるっ! 後頭部から脳みそがドロドロと流れだしてんだけどっ!


「ところで、そこの三十路女よ。何故、われが死んでないことに気付いたのであるか? それが興味深いところである」


「バンパイア・ロードとは一度、前に戦ったことがあるのですわ。頭を潰しても手足をもいでも、死ななかったのですわ。だから、あなたもきっと同じだと思って、使い魔で観察させてもらっていたのですわ。そしたら、あなたは地面に横たわりながら笑みを浮かべていたのですわ」


「ふむっ。あの上空で舞っている鳩は、貴様の使い魔であったのであるか。これは失敗したのである。まあ、良い。どちらにしろ、臆病者が勝利の顔から絶望の色に染まっているのは視れたのである」


「ふ、ふひっ。銀の弾を頭にぶち込まれて、何で生きているのでございます? 僕はバンパイア・ロードを舐めていたということでございますか?」


「舐めてはいないのである。貴様は確かにきっちりとわれの左眼をぶち抜いたのである。だが、残念かな? われコアより左に3センチ、ずれていたのである。惜しかったのである」

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