第2話 神帝暦645年 4月10日
あああ。昨日は団長の長話、いや、愚痴話を延々3時間も聞かされたぜ。結局、ユーリを面倒見なきゃならんのは変わらなかったわけなんだが。少しは再考するとかしてくれても良いんじゃないでしょうかねえ?
「ああ。死にかけの
……。いないか。居たら、とどめを刺して、その筋の業者にその死体を売り飛ばせば、向こう10年は遊んでくらせるんだけどなあ?
「お父さん、そんな美味い話があったら、とっくに誰かがその
うっせ。訓練中は【お父さん】じゃなくて【お師匠さま】って呼べって、さっき教えたろ。もう忘れたのか、このぼんくら娘は。
俺と自分の娘であるユーリは、現在、【
だが、今は俺とユーリの貸し切り状態であった。なんでも団長が訓練初日のユーリのために気を利かしてくれたようなのである。
「お父さんが師匠なんてとてもじゃないけど、そんな風には想えないのが悪いのー。師匠って呼ばれたいなら、少しは師匠らしくしてよねー?」
なんで、ユーリはこんな可愛げのない娘に育っちまったのかなあ? やっぱり男手ひとつだったのがいけなかったのかなあ? ユーリが12歳になった頃に、一度、散髪屋じゃなくて、美容室でも良いんだぞ? って言っても、あたしは散髪屋で十分なのーって、未だに髪を整えるなら散髪屋通いみたいだしなあ?
「まあ、いいか。それよりも、得物は何にするか決めたのか? あんまり、自分の適性から外れた武器は使うんじゃねえぞ? 冒険者登録時に、冒険者ギルドの適性検査で、その辺りを検査員に教えてもらったんだろ?」
一流の冒険者は適正外の武器を使うことも出来るのだが、やはり駆け出しのころとなると、なるべく自分の手に馴染む武器を選んだほうが、モンスターと対峙しやすくなるんだよな。まあ、例外的な武器もいくつかあるのだが、それをユーリに教えるのはまた今度にしよう。
「うん。お父さん、じゃなくて、お師匠さまー。むむむ。なんか納得がいかないなー!」
知るか。そんなことより、尊敬の念を込めて、【お師匠さま】と呼んでくれたまえ。それで俺のやる気がかなり変わるからな?
「うううー。お師匠さまー。それで、検査の結果、あたしは長物が得意っぽいってことはわかったんだけど、実際、長物って言われると、迷っちゃってー」
「うーん。そうだなあ? 長物と一概に言われても、
ユーリはたまたま長物が得意そうだと冒険者ギルドの検査の結果から判断されたわけだが、ひとそれぞれでかなり結果は変わってくる。ざっくり言うと、武器の適正の種類には、短剣、長剣、槌、長物、弓、鉄砲などがある。もちろん、これ以外にもあるぜ? 一般的なのがこれだというだけだ。
「そうそう。お父さん……じゃなくて、お師匠さまのように槍を使うのも悪くないかなあー? とは思ってるんだけど、
「アマノさんじゃねえだろ。そこはお母さんって呼べよ。ったく、俺とアマノが結婚してから、もう1年も経つんだぞ? そんな他人行儀じゃ、アマノが悲しむだろうが」
そう。昨年の春に俺と結婚したのがアマノと言う女性なのだが、歳は現在29歳。おっぱいはDカップ。そして、元B級冒険者だったわけだ。3年前に俺が所属している
俺とアマノが団長に結婚するという報告をした時に、団長が衝撃の表情を顔に映していたのは、今思い出しても、痛快この上なかったぜ! あれほど悔しい顔をしていた団長を視たのは、10年来の付き合いが団長と俺であるのだが、アレほどのモノは初めてだったかも知れん。
まあ、俺自身も、なんで家事全般をそつなくこなせ、顔や身体の造形も含めて、器量が良くて、おまけにおっぱいがDカップある女性が、俺みたいな万年C級冒険者を選んでくれたのかは不思議でたまらんのだがな?
「ちょっとー? お師匠さま、ひとの話を聞いてるー? ねえってばー?」
「おっと、すまんすまん。つい、団長の悔しがってた顔を思い出して、気分爽快になってたぜ。で、結局、槍と
「うーーーん。そうだねー。
まあ、それが妥当だろうな。槍ってのは短くて2メートル半、長いモノになると4メートル近くある。取扱いに少しコツが必要となってくるのだが、それでも、
はっきり言うと、長剣や短剣でガンガン前線を張る冒険者にとって、槍使いの俺は邪魔以外の何モノでもなかったりする。でもだ。前線の片翼をひとりで担うには槍は便利なために、わかっている冒険者には重宝されるんだよな。
ああ。一度、帝立鎮守軍みたいに、長槍を10人1列で構えて、一方的にモンスターを打ちのめしたいんだけどなあ? まあ、無理か。
「じゃあ、
「はーい。お師匠さまー。そこは毎朝、槍の鍛錬をしている、お師匠さまの動きをこの眼で視てきたから、なんとなくわかってるよー?」
「なんとなくじゃダメだ。俺の動きを視てきただけで、自分でも簡単に長物を扱えると思っている気分になるのが、一番危ないんだ。ほれ、構え方から教えてやるからこっちこい」
俺は、その辺に転がっていた1メートル半あるユーリが握るにはちょうど良い太さの棒をユーリに手渡し、彼女の腕や肩、腰を適正な位置になるよう、手取り足取り、構えから指導するわけだが、これがなかなかに筋が良いと思わされる。さすがに、俺の訓練している姿を視てきたと言うだけあって、基本的なことは頭に入っているようだ。
だが、それじゃあ、ダメなんだ。俺の槍の扱い方は、独自の研究を積み重ねてきただけあって、今ではすっかりその道のマスター共には外道呼ばわれされているシロモノなのである。その外道っぷりまでユーリに似られたら困るわけなのだ。
「ユーリ。いいか? まずは、俺の鍛錬の姿を一旦、全て忘れろ。あれは一応、槍の師匠から教わったものだが、今では我流に近いモノだからな? あれをそのまま、
「それ、なんのアドバイスにもなってない気がするんだけどー? お師匠さまは馬鹿か何かなのー?」
うるせえ! 師匠を師匠らしく敬えってんだ! まったく、年頃の娘はなんでこんなに父親に厳しいんだ?
「良いか? 槍は
「はーい。わかりました、お師匠さまー。で? 早速、組手をやっていくわけー?」
「ダメだ。まずは少なくとも、1日1時間、さらに1カ月ほどは、みっちり、突く、叩く、払うだけをやってもらうぞ? そうすれば、嫌でも基本は身につくだろ。組手をやるのは、そこからだ」
「えええーーー? 1日1時間だけでも長いって思うのに、それを1カ月も続けるのー? そんなの、嫌だよー。さっさと組手をさせてよー!」
ユーリがぶーぶーと師匠の俺に対して文句を垂れるのである。基本って言うのはひたすら地味だからな。今年で16歳である若いユーリにはとてもじゃないが耐えれないのであろう。しかしだ。
「ダメだ。さらに言うと、1日の空き時間を見つけたら、ひたすら、基本を
「あれって、鍛錬と言うより健康体操かなにかと思っていたんだけど、違うんだねー?」
くっ。あんなダイナミックな健康体操なんかあってたまるかよ! 空中を飛び回ったりなどしたりして、激しく身体を動かしているつもりなんだがなあ? 返って、あの動きの激しさがダメなのか?
「まあ、お師匠さまの言うことは絶対だって、団長も言ってたから、それに従うよー。団長がお師匠さまの代わりに魔力回路の開放の費用を出してくれたわけだしねー」
うっ。俺の心に100のダメージがっ! 大体、高すぎるんだよ、魔力鑑定と魔力回路の開放料が。しかも1系統を調べるだけならまだしも、結局、火、水、風、土の4系統をそれぞれの魔術師に鑑定を受けてさらには魔力回路の開放を
まあ、その費用である金貨60枚を出せと言われれば、俺の貯蓄から出せるのだが、だいたい、ユーリ。お前が自分のことだから、自分で払うって言いだしたのが原因だろうが。
「団長から借りた分は気軽に返したらいいんじゃねえのか? ユーリはなんたって、現段階で魔力C級だからな。2~3年もするころには、完済できるだろ」
「えっ? あたしは団長から魔力回路の開放料を返さなくて良いって言われたよー? その代り、早く強くなって、【
くっ! あの野郎! 俺にはそんなことを一言も話してなかったじゃねえか! 昨日、3時間も俺に愚痴を聞かせる余裕があるなら、そんな大事なことを最優先に言っておけよ!
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