千切レズ契レの追奏曲(カノン)

ももちく

ー芽吹きの章ー

第1話 神帝暦645年 4月9日

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 運命の時まで、残り6年余り。神帝(しんてい)暦645年 4月9日。


【千切れの魔女】とえにし深きモノたちとの運命の歯車が噛みあい、同時に狂い出したのは、この日だったのかもしれない。


 この物語に登場するモノたちにの未来には残酷な運命が待っている。


 禍福はあざなえる縄の如しなのか? それとも……


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「ああん? 団長。何ふざけたことを言ってんだ? ついに頭の中に空飛ぶ金貨フライング・コインでも大量に湧いたのか?」


「いえいえ。至って、先生は正常です。それと失礼ですね? 先生は金の亡者か何かなのですか? あと、ツキトくんは、先生が狂ったとでも言いたいのですか?」




――ここは世界の中心部に位置する、ヒノモトノ国。その国には遥か昔から平安京ペイアンキョウと呼ばれた首都がある。これは、その古き良き伝統を残した平安京ペイアンキョウから東に約300キロメートル離れた草津クサッツと言う都市の準一等地に構えられた一門クラン欲望の団デザイア・グループ】の館の1室における男2人の会話である――




「だから、1週間前にうちの【欲望の団デザイア・グループ】に所属したばかりの小娘を、1年以内にC級冒険者並に育てろってどういうことなんだ? って聞いてんだよ!」


 俺は団長の座っている椅子の前にある値が張るであろうアンティークな仕事机を両手でバンッ! と叩いて、団長に抗議するのである。


「いや、そのまま額面通り受け取ってもらって結構ですよ? あれ? 何か深い意味でも考えてました?」


 団長が特に俺の態度を気にしないといった体で言いのける。ったく、何言ってやがんだ、この団長は。いっつもよからぬことを考えているくせに、今更すぎるんだよ。どうせ、今度も、とんでもなく厄介なことに首を突っ込もうとしてんだろうが。


「いや。なんでもない。だが、ひとつだけ聞かせろ。あいつを、ユーリを国が近くおこなうと噂されている【根の国ルート・ランド】探査団のメンバーに選出するつもりか?」


 【根の国ルート・ランド】。それは、この世界の中心と言われているヒノモトノ国の東半分の領域を指すのである。そこは、モンスターの発祥地とも言われており、その全容はこの国のトップに君臨するみかど大将軍ビッグ・ショウグンですら把握していないと言われている。


 その【根の国ルート・ランド】の探査の噂に団長が飛びつき、それゆえにこいつが俺に自分の娘のユーリを育成しろと言ってきたのであろうと、そんな直感が俺にそう告げていたのである。


「さすが勘だけは、A級冒険者クラスに匹敵しますねえ? ツキトくんは長生きしないタイプですねえ?」


 団長が口の端を軽く歪ませて、ニヤリと笑う。逆だろ。逆。なんで勘が良いのに早死にしなきゃならんのだ。こいつは馬鹿か何かかよ。


「勘だけ良いのはあまりよくありませんよ? だって、ツキトくんは逃げ足が遅いじゃないですか? そういえば、今日がツキトくんの誕生日で、40歳になったんでしたっけ? 精神的な面はともかくとして、そろそろ、体力が衰え始めてきたんじゃないんですか?」


「そう思うのなら、俺が将来、遊んで暮らせるくらいの報酬の良いクエストに連れていってくれよ。それか、もっと割りの良い仕事を紹介してくれよ。なんで、よりにもよって、ユーリを1年もかけて育成しなきゃならん眼に俺があうんだよ。【欲望の団デザイア・グループ】には、他にユーリを育てるあげれるような適任者くらい、探せば居るだろうが」


「割りの良い仕事を回せと言われましてもねえ? 近々、【根の国ルート・ランド】探査団のメンバーをスカウトしなきゃならないんですが、それをツキトくんに任せようにも、あなた、交渉能力が皆無じゃないですか? それに、欲望の団デザイア・グループの維持費だってかかります。それを賄うためにも、他のメンバーにはクエストには行ってもらわないと困りますし」


「じゃあ、そのクエストの方に俺を回してくれてもいいんじゃないか? 俺だって、たまには歯ごたえある奴と闘いたいしさあ?」


「そう言われても、難易度BからAクラスのクエストですよ? 下手したら、荷物持ちのツキトくんでも、死にますよ?」


 うっ。難易度Bならギリギリだが、難易度Aとなると厳しいな。くそっ。結局、どう言おうが俺みたいな万年C級冒険者には荷が重いってか。俺は顔を上に向け、部屋の天井を数秒、見つめたあと、観念して


「ふううう。わかった。降参だ。でも、たった1年で駆け出しのE級冒険者をC級冒険者並にするってなると、とてつもない労力になるんだが? 普通は、そこそこ才能がある奴でも最低5年はC級冒険者になるために訓練と経験をつまなきゃならないんだぞ?」


「そこはほら。あなたの奥さんのアマノさんにも手伝ってもらいましょうよ。あなたと違って、元はB級冒険者なんですし。それに、ユーリくんは水と風の魔法が得意みたいですからね。相性が良くていいと思いますけどね?」


「うーーーん。ユーリの奴、あれでも、俺に対して攻撃的な性格をしているから、風の魔法じゃなくて、てっきり、土の魔法が得意だと思っていたんだがなあ? なあ、その判定は確かなのか? にわかに信じられないんだが」


 ヒノモノトノ国に数多く存在する冒険者ギルドに登録する過程において、簡単な適正検査が行わるわけなのだが、その検査は本人の武器適正と、おおざっぱに魔法を戦闘に使える程度の魔力を本人が保持しているかだけを視るものだ。


 そして、その冒険者ギルドでの検査のあと、その道の権威たる魔術師サロンや宮廷魔術師会に所属する魔導士に詳しく解析してもらい、さらに【魔力回路の開放】をおこなってもらうことになっているわけだ。だが、これがなかなかに手続き関係が厄介であり、しかも、結構な支払いを請求されるわけである。


 俺も駆け出しの頃は、その金が自前では用意できずに、とある一門クランに所属して、肩代わりしてもらったんだが、これまた、駆け出しの頃には厳しい利子を設定されて、結局、その一門クランに負債を払い終わって、さらにそこから脱退するのに延べ5年以上もかかっちまったと言う苦い経験がある。


 まあ、本当に魔法の才能の有る奴ならば、所属する一門クラン側に少々の利子をつけられようが、すぐにD級冒険者へと位階ランクを上げて、収入が割りと良いクエストに連れ回されて、さっさと完済できるのだがな。ちっ、なまじ自分の魔法の才能を信じていた若造だっただけに、俺もすぐに返済できるぜとタカをくくっていたのが大失敗だったぜ。


「ユーリ君の魔力が常人と違い、ケタ違いに高いのは彼女の身体的特徴からと、冒険者ギルドの適性検査でもわかっていたので、あとはそれぞれの魔導士たちに鑑定と魔力回路の開放をお願いしました。ちゃんと、その魔導士から鑑定証明書をもらっていますので、なんなら、見てみます?」


 そう言うと団長が俺に2枚の魔力鑑定書を渡してきやがったわけだが、こりゃすげえな。水、風共に現段階で魔力C級もあるのかよ。こりゃ、下手をすると5,6年も経つころには魔力B級に余裕で達するんじゃねえのか? ユーリの両目は真紅であり、魔力の才能があることは魔力検査を受ける前からわかっていたことだ。だが、この結果は、俺の予想以上と言って過言ではなかったのである。


「うーーーん。得意な属性はまだしも、どちらも魔力C級って、どういうことなんだ? こりゃ、まともなところに預けて、しかるべき訓練を受けさせれば、魔力はA級にまで到達することだって可能なんじゃないのか?」


 俺がうきうき笑顔で団長から手渡された魔力鑑定書をまじまじと視ていると、団長は仕事机に両肘を当てて、ふうううと長いため息をつきやがる。


「そんなお金、どこから捻出するんですか? あなたが稼いでくれるのであれば、良いんですけど? でも、そんな甲斐性、あなたにありましたっけ?」


 くっ! 痛いところをついてきやがるぜ、団長は。


「まあ、魔力B級までなら、C級冒険者にでもなれば、それくらいの費用は3年もクエストに出ずっぱりでもしてれば、その分のお金は稼げます。でも、その先が問題なんですよねえ?」


 そうなんだ。魔力B級クラスまでなら、団長の言う通りなんだ。だが、A級クラスとなるとそうも言ってられないことになるのは、俺もわかっている。まずは、魔力B級に到達した時点で魔術師サロンに登録しなければならないわけなのだが、これが貴族さましか相手をしないのかよと思えるくらいの登録料を取られることになる。


 まあ、わかりやすく言えば、B級冒険者がB級クエストを1年分、出ずっぱりの収入を全部、つぎ込んだくらいだ。C級冒険者なら3年分といったこところである。


 E級冒険者の1年分の平均収入は金貨12枚(※日本円にして約120万円)だ。これは庶民の1カ月の生活費が大体、金貨1枚で済むのと同程度だ。D級冒険者ならその2倍の24枚を稼げるようになる。そしてC級冒険者なら36枚ってことになる。だが、これはあくまでも平均収入なのだ。多く稼げる年もあれば、まったく稼げない年も、もちろんある。


 まあ、B級からは収入が跳ね上がるから一概に平均は出せなくなるわけなのだが、無理やり言わせてもらえば、金貨100枚くらいだと言われている。


 要は何が言いたいかと言うと、一般庶民が3年は喰いっぱぐれしないほどの金を魔術師サロンは登録料だけで請求してくるわけなんだ。魔力B級でこれなら、魔力A級ともなれば、どうなるか? 俺は思わず、再び部屋の天井を見上げて、ふうううとため息を出してしまうのも無理がないと言ったところである。


「なあ、団長。あんた、A級冒険者なんだろ? だったら、ちょちょいのちょいで俺の可愛い娘に投資をしようと思わないわけ?」


「ツキトくん? 知っていると思いますが、うちの【欲望の団デザイア・グループ】は延べ31人の団員が所属しています。一門クランと言うものは、色々と国や行政、そして冒険者ギルドが便宜を図ってくれる代わりに、その一門クランの規模に応じて、国へ税金を納めなければなりません。さらに言えば、C級冒険者になって、やっと、借家を自分の収入のみで借りて生活ができる程度なんですよ?」


「そ、そうだよな。【欲望の団デザイア・グループ】の半分近くはD級冒険者以下だもんな。そいつらの宿賃は、一門クラン、いや、団長が出しているもんなあ?」


「まあ、その宿賃も一門クランならば、国や行政、そして冒険者ギルドが合わせて2分の1くらいは出してくれていますよ? そりゃあ、冒険者は下手をすると、ただの夜盗くずれと同じようなもんなんですし。そんなやからに町中で暴れられるられるよりは、一門クランに所属してもらっていたほうが、国としても助かりますしね」


 ああ、やばい。藪をつついて魔法の杖マジック・ステッキだったわ。こうなると団長の愚痴は長くなるんだよなあ。とっとと、退散すべきだったわ。


「正直、位階ランクの高い冒険者が稼いだ分が、そのまま、若手に流れていくシステムなわけなんですよ、この一門クランってのは。まったく。それなら、冒険者組合健康保険税も融通を利かせてくれませんかねえ?」


 うーーーん。これはどうにかして、団長を煙にまいて、この部屋から退散するすべを見つけ出さないとだなあ?

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