第3話 神帝暦645年 4月17日

 うーーーん。春の陽気の下、愛妻のアマノが作った肉じゃがニック・ジャガーを食べているわけだが、あいつ、また腕を上げやがったな? くうう。このジャガー・イモが固いようで、するりとわずかな抵抗を残しつつも、箸でふたつに割ることができるのが素晴らしい。さすが、俺の愛妻が丹精込めて作ってくれただけはある。


「なーにをそんなに嬉しそうに、しかも美味しそうに食べてるのかなー? あたしの作ったミンチ肉のつみれミート・ボールも食べてよー?」


 ユーリがタッパに山盛りのミンチ肉のつみれミート・ボールを俺の方に、ずいっと差し出しながら、俺に言ってくるわけである。待て待て。いっぺんにそんなに喰えるわけがないだろ? まずは愛するアマノの肉じゃがニック・ジャガーを堪能してからだ。


「もぐもぐ。ユーリ、お前のミンチ肉のつみれミート・ボールはタレが甘すぎて、俺の舌にはきついんだ。もっと、相手のことを思って料理を作るべきだぞ?」


「うるさいなー。お父さんは、アマノさんの料理はべた褒めなのに、なんで、あたしの料理には手厳しいのー? 不公平だよー」


「お前が将来、良い男と付きあった時に、その男が美味い美味い! って言ってくれるように、俺はお前の料理に注文をつけているんだぞ? それくらい、わかってくれ?」


「なーにが、良い男だよー。そんなの死にかけの紅き竜レッド・ドラゴンが道端に転がってるのを見つけるくらいに不可能だよー」


「なんだ? ユーリ、お前の理想の男ってのは、そんなに基準が高いのか? まあ、若いから仕方ないのかもなあ? なんたって、ユーリはどこに出しても恥ずかしくないくらいの器量だからなあ? お父さんの自慢の娘だよ。もぐもぐ」


「うっ、うるさいなー。そんなに褒めないでよー。照れちゃうでしょー?」


 何だ、こいつ。何で照れてんだ? そんなに自分が器量良しなのが自慢なのか? なんか、褒めて損した気分だなあ?


「さて、肉じゃがニック・ジャガーも食べ終えたことだし、すっかり腹が膨れたぜ。しっかし、よくもまあ、汁がこぼれ落ちないよな? この弁当箱。何か特殊な魔法でも仕込んであるのか? アマノは」


 俺は不思議そうな顔付きで、まじまじと、肉じゃがニック・ジャガーがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた弁当箱を両手で持って、何が仕込まれているのやらとじっくりと観察するのである。


 だめだ。俺には魔力探査の才能がまったく無いだけあって、何がこの弁当箱に仕込まれているのかわからないぜ。ん? いっそのこと、訓練と称して、ユーリに魔力探査でもしてもらおうか? いや、ダメか。ユーリはまだ魔法についての基礎知識もおぼつかないんだし。


 ユーリの訓練を開始して、早1週間かあ。毎日、棒きれを散々に振るわせて、合間合間の休憩時間には、魔法の知識をユーリに叩き込む日々だ。直接的な魔法の指導についてはアマノが担当することになるのだが、その前に、魔法とはどういうものなのか? というところをユーリに教えるのは、俺が担当しているわけなのである


「ねえ。お父さんー。そのお弁当箱がそんなに気になるわけー?」


「ああ。あんなぎゅうぎゅうに肉じゃがニック・ジャガーが詰め込まれてんのに、汁がこぼれないんだぞ? ユーリも不思議に思わないか?」


「うーん。なんだろうねー? アマノさんは水と風の魔法が得意なんだよね? 確か、水の魔力がB級で、風も同じくB級だったよねー?」


「おう、そうだぞ。あと、アマノさんじゃなくて、お母さんと呼べよ。で、それがどうかしたのか?」


「ううん? ただ、聞いてみただけだよー? でも、魔力B級に認定されるには、魔術師サロンに登録しないとダメなんでしょー? アマノさんって、すっごいお金持ちだねー? お父さんはそこに眼をつけたのー?」


「いや、別にアマノの金目的で結婚したわけじゃない。愛だ、愛ゆえに俺とアマノは結婚したんだよ。そこは勘違いするなよ? でだ、ユーリ。お前も知っているようにアマノは元B級冒険者だ。それこそ、団長自らが他の一門クランからスカウトしてくるくらいだから、もし、本人がやる気をだしていたなら、A級冒険者にランクアップしていたかも知れないわけだ」


「なるほどねー。確かに、それくらいの冒険者としての腕前があれば、魔術師サロンに2系統も魔力B級登録をできるだけのお金は自分でねん出できるよねー。あーあ、あたし、魔力の才能はあるのに、魔力B級に認定されるだけのお金を稼げる冒険者になれるかなー?」


「まあ、成れる成れない関係なく、団長はすでにユーリに眼をつけているからなあ? 無理やりにでもB級冒険者にはさせてくれるんじゃないのか?」


 B級冒険者になるためには試験の前に、所属する一門クランのリーダーからの推薦状を冒険者ギルドに提出しなければならないのだ。だが、団長の場合なら、ユーリがC級冒険者で5年以上の実務を経験した時点で、その推薦状を出してくれるであろうと俺は思っている。


「うっわー。あたしの自由意志とか関係ないんだねー? できることなら、C級冒険者ではじょうと行ったところまでで充分だよー」


「なんでだよ? そんだけの魔力適正があれば、時間はかかってもB級冒険者には成れるんだぞ? 若いうちから、そんな、日々生活できればそれで充分だなんてのはさすがに夢がなさすぎだと思うぞ?」


「それで充分だよー。お父さんもC級冒険者なんでしょー? あたしもお父さんと一緒のクエストで充分だよー?」


「俺の場合は俺にただ才能がないから、こうなってるだけなの。なんだ、お前? 俺への嫌みか何かか? さすがにこの冒険者稼業を舐めてたら、痛い眼を見るぞ?」


「そ、そんなことはないよー? お父さんが大怪我して帰ってきたことだって、あたし、知ってるもんー。だから、冒険者稼業を舐めているとかそんなことはないよー?」


「なら、お前は大怪我しないように強くなろうとするんだ。お前が強くなれば、お父さんはそれだけ安心できるからな?」


「う、うん。わかったよー。反省するー」


 うんうん。素直でいい娘だ。いつもこんなに素直なら、俺も苦労しないんだけどなあ? しっかし、なんで、今の時点で水と風の魔力がC級もあるユーリの目標がこんなに低いんだろうな? 俺がうだつのあがらないC級冒険者を長年やってきているのを目の当たりにしてきた所為だったりするのか? 


 俺なんか、C級冒険者の段階で、火と風の魔力がどちらもC級までは上がったが、これ以上は無理だと、アマノが師事している魔導士にはっきり言われたんだぞ? ユーリは現段階で俺と魔力の桁に関しては大差など無いんだ。ユーリは望めば、望むだけの実力者になれる可能性が高いってのにさあ?


「さて、午後からはわかっているとは思うが、魔法やモンスターに関する座学と、あと呪符の作成をしてもらうからな? 嫌と言うほどこき使ってやるから、覚悟しておけよ?」


「えええー? 座学はともかくとして、呪符の作成は疲れるんだよー。いくら、魔法の触媒作りだって言われても、1日20枚以上も書いてたら、大変なんだよー?」


「まあ、確かに呪符の作成は疲れるなあ。俺だって、嫌だ。できることならあんなことはしたくない。でも、これが意外と金になるから侮れないんだよなあ」


 そうなのである。魔力が高いニンゲンには、とある副業があるのだ。それは魔法を使う際に使用する呪符の作成なのである。


 大体、戦闘中にのんびり魔法の詠唱を唱えてたら、お前は何をしているんだ。そんなことしいてる暇があったら、その手に持ってる武器で殴ってダメージを稼いでろ! と同業者からは怒鳴られるわけである。


 それを回避すべく開発された技術が、この【呪符】なのである。要は詠唱の文言と魔法の発動のためのトリガーとなる魔力をあらかじめ、この【呪符】に仕込んでおくのだ。


 これが、正式な魔法店で買うと、結構、良い値がするわけなのだ。だが、良い値がするだけあって、魔法発動の成功率が99パーセントなので信頼性と安心感が高いわけなのだ。


 信頼性の高さはそのまま、自分の命の安全性に直結するわけだ。だから、金を持っているB級冒険者以上は、しかるべき魔道具店マジック・ショップなどの正規店で呪符を購入するわけだ。


 だが、呪符を魔道具店マジック・ショップで買うだけの金の余裕がないC級冒険者以下はどうすれば良いのか? それは簡単だ。自分で呪符を作ってしまえば良いのだ。


「そう言えば、呪符に使う材料はまだ残ってたか? ユーリ」


「うん。確か、まだ100枚分は余裕で作れるだけは残っているよ?」


「そうかそうか。じゃあ、まだ、墨と和紙の補充はしなくて良さそうだな」


 そうである。墨と和紙と筆さえあれば、作れてしまうのである、呪符は。しかもヒノモトノ国は、頭がおかしいのか、和紙がすこぶる安いのである。そういや、大昔、西の大陸:ポルト=ペインのニンゲンがヒノモトノ国にやってきた時に、庶民が紙で鼻をかんでいたことに驚きまくったと、とある文献に残っていたな。


 なんでこんなに質のいい紙を作れるのかに驚いたのはもちろんのこと、それをあろうことか鼻をかむために使うのを外国のニンゲンが視て、口から泡を吹いて卒倒したみたいだな。


 ちなみに呪符に使う和紙は100枚で銀貨1枚(※日本円で約1000円)だ。まあ、金貨1枚でだいたい3~4人家族が一か月間喰っていけるとしたら、銀貨1枚は金貨の100分の1の価値となる。あと、銅貨もあるわけなんだが、これが銀貨のさらに100分の1の価値となるわけだ。


 ちょっと夕飯のオカズを山盛り生姜焼きショウ・ガッ・バーンにして、それに麦酒ビールを1杯つけるとして、さらにこの2人前くらいがちょうど銀貨1枚ってところだな。


「さて、そろそろ昼休憩は終わりだ。そろそろ、座学の時間に入るぞ。今日は魔法とその起源についてだ。どうだ? 興味津々だろ?」


「お父さんは、歴史マニアすぎてついていけないんだよー。もう少し、はしょって解説をしてほしいところだよー」

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