エイプリル・フール

持明院冴子

エイプリル・フール

 凄い嘘をつけば鼻が赤く膨らんで伸びる。つまらない嘘をつけばせっかく伸びた鼻は白く小さく縮んでしまう。嘘を付かなければやがて鼻が無くなってしまう。そのような定めで生まれてきた。

 高鼻天狗として生きる事は最初は難しかった。おのれの嘘によって下界の人間が死ねば死ぬほど鼻は立派になり権威が増す。

 自然災害は酷ければ酷いほど下界の人は畏敬の念を抱き崇め奉るのであり、それとまったく同じ構図で高鼻天狗も崇め奉られている。

 最初は嘘が嫌で、嘘を付かないで過ごしていた。しかし生まれついての立派な高鼻が次第に白くなり小さくなってくると、周囲の有象無象からつつかれたり、下界の奴らから指さして笑われたりするようになった。

 不思議な力も激減した。この事は命の危機をあらわした。権威は信仰になる。信仰は天狗にとっての血肉だったのだ。

 互いを食い合うようで決して楽しくはないのだが、やらなければならない。

 どちらが悪いのだろう。きっとどちらも悪くない。「定め」が悪いのだ。高鼻天狗はそう割り切っている。団扇一つで疫病を流行らせ、突風で船を沈め、嘘を付いて次々子供や老人をさらい、池に突き落とし谷底に蹴り落とした。

 ある日、海の向こうから烏天狗がやってきた。高鼻天狗には青天の霹靂だった。天狗業は儂一人と思い込んでいたからだ。知恵のある高僧が天狗に転じて……などという戯言は下界の奴らが作った話で、天狗はこの世に唯一人のはずだ。そのはずだった。

 烏天狗には長く伸びて膨らんだ鼻が無かった。嘴に空いた二つの孔だけである。明らかに異形だが下界の人々の信仰はそちらに向かってしまった。

 烏天狗は高鼻天狗のような悪さをする必要が無かった。硬い嘴だけで鼻が無いから、伸びたり縮んだりすることで己が振り回される事もないのだ。

「新たなまれびとだ!」「珍しい!」

 ただそれだけで下界の奴らは両手を合わせ頭を下げる。烏天狗はまだ嘘もつかないうちから下界の奴らの信仰を集めてしまったのだ。

 烏天狗は時には人々を良い方向、正しい方向に導いたりもした。それも高鼻天狗には気に入らなかった。一度文句を言いに行ったのだが、随分遠くから来たらしく話がまるで通じない。狭い国土でしょっちゅう鉢合わせる事にも疲れた。

 高鼻天狗は生まれて初めて嫉妬という感情を知った。どす黒い怒りが巨体の内側にめらめらと燃え盛り、どうにもやりきれない。団扇を力任せに振り回して大嵐を呼び、村をいくつも壊滅させたがまだ気が納まらない。鼻だけが赤く長く伸びて行くが、そのせいで異形になり過ぎた。人々は嫉妬に狂って威厳ある姿とかけ離れてしまった高鼻天狗を見ず、烏天狗しか見なくなった。

 困った。人々の信仰を集めなければ自分は何もかも失ってしまう。素直に本当に困って高鼻天狗は初めて己の姿を水鏡で見た。そこには見るに堪えない不格好で不吉な顔があった。

 憎しみは何も残さないどころか己にすべて跳ね返ってくる。淡々と人々を陥れて殺していた時の方がはるかに良かったのだ。

 やがて偽物の高鼻天狗が跋扈し始める。偽物の方が下界の奴らには受けているし、像はあるし、絵なんかも描いてもらっている。儂はもう駄目だと観念した。

心の底から天の力によって己を消し去って欲しいと願った。突き出た岩の上で跪き、夕日を浴びながら目を瞑った。儂よ、消えろ……。

 目を開ける。携帯のアラームを止めながら日付を見る。2018年4月1日だった。

「エイプリルフールか……」

 会社に行きがてら嘘を考えよう。だが私は昔から嘘をつくのが大の苦手で、巧く出て来ない。その理由は述べた通り前世が嘘で苦しんだ天狗だったからなのだ。

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エイプリル・フール 持明院冴子 @saek0

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