第24話 最終回・卒業

 年度末も押し迫った3月29日の午後一番、山本浩さんが窓口にやってきた。担当の玉城さんが応対している。


 「課長。ちょっといいですか? 山本さんが課長にもお話ししたいことがあると言ってまして…」


 「ん? 山本さん? 了解、すぐ行きます」


 窓口に赴くと、山本さんがうれしそうな顔をして座っていた。


 「森山さん! やりました!」


 そう言って彼が差し出したのは、介護福祉士国家試験の合格通知である。


 「おおっ! ついにやりましたね! おめでとうございます」


 私はカウンターから外に出た。そして、山本さんとがっちり握手を交わした。


 以前にも記したとおり、山本さんは、私がケースワーカーをしていた頃に保護を開始したケースである。心臓ペースメーカーを装着しながら介護の仕事に就き、介護福祉士国家試験受験に必要な実務経験を積み上げた。そして3回目の挑戦で、合格をもぎ取ったのだ。


 「森山さん。玉城さん。もう1つ報告したいことがあるんです。資格が取れたので、4月1日から、今の職場で正職員として雇ってもらえることになりました。給料は月額25万円になる見込みです」


 山本さんはそう言って、「雇用契約書」を差し出した。


「山本さん、ダブルでおめでたいやないですか! ホンマよかったですねぇ…」


 私は山本さんの肩をポンポンと叩いた。


 「あの…正職員になれたので、生活保護はもう必要ないかなと思っています。保護をやめる手続きをしてもらってもいいですか?」


 山本さんは我々にそう告げた。


 「では、辞退届を書いていただきましょうか。4月1日付けで保護を廃止する手続きをしますね」


 玉城さんが山本さんにそう告げた。


 「玉城さん、ちょっと待って。4月のお給料が入るのは月末25日でしょ? それまでの生活費はどうしますか? 辞退ではなく、5月1日付けで就労廃止にしたらどうでしょう?」


 私は玉城さんにそう伝えた。


 「山本さん、課長もそう申しておりますので、4月分の保護費は予定通り支給しますね。4月25日のお給料の明細をいただいて、5月1日付けの廃止手続きをします。健康保険は、社会保険になりますよね? 廃止に伴って必要な手続きは、後日お伝えするようにします」


 「森山さん。玉城さん。最後の最後まで、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません!」


 山本さんは、そう言って深々と頭を下げた。


 「山本さん。あなたは自分の力で実務経験を積んで、資格も取って、正職員になった…我々はそのサポートをしただけです。あなたが頑張ったから結果が出たんですよ」


 私は山本さんにそう告げた。


 長年生活保護業務に携わっていても、こういう理想的な形で生活保護を卒業していく人に会うことは少ない。山本さんは約9年間生活保護を受給していた。保護が長期化してくると、次第に自立心が薄れてきてしまうものであるが、彼は最後まで諦めることはなかったのである。


 2018年3月30日…南大阪町民生部生活保護課…南大阪町福祉事務所の初年度が無事に幕を閉じた。そして4月3日、同じメンバーで2018年度がスタートした。


 早速電話が鳴った。


 「はい。南大阪町生活保護課・広瀬です!」


 広瀬さんが、矢のような速さで電話を取る。彼女は今日も元気だ!


 さあ、2018年度はどんなドラマが待っているのだろう…?


 庶務の畠山主査、主査でケースワーカーの岩本さんと阿部さん、ケースワーカーの北山さん、玉城さん、広瀬さん、就労支援員の古田さん、そして私…


 南大阪町福祉事務所…今年度もさまざまな人間模様に向きあっていく。(完)

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生活保護課長・森山直樹 泉北亭南風 @sembokuteinampu

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