第23話 年度末3月
暦は3月に入った。3月は、次年度の保護基準の改正の準備や、ケースごとの援助方針の更新の作業があることに加え、転居に伴う廃止やケース移管、世帯員の転出に伴う世帯変更等の作業も多くなるため、多忙を極める。
そんな折、梶本民生部長からお呼びがかかった。次年度の生活保護課の体制についての内々示である。6名の正職員メンバーの異動はなし。非常勤就労支援員の古田さんも継続雇用が内定…。次年度も現体制のままで業務が続けられることになりそうである。肝心の私はというと、古巣の大阪府庁からの返事待ちだとのことである。
3月8日午後、大阪府庁で「生活保護担当課長会議」が開催された。次年度の実施要領改正や保護基準の改正、生活保護施行事務監査の方針等が示される。4時間の長い会議が終わった後、福祉総務課に立ち寄った。中島福祉総務課長から顔を出すように言われていたのだ。
「森山君。君も承知している通り、南大阪町から、君をあと1年残してくれるようにという強い要望が出ている。大阪府としては、人事交流のルール通りということで一旦押し返したんやけど、町長が直々に総務部長に申し入れしたらしい。で、人事課との話では、君さえ了解してくれるなら、もう1年はやむを得ないかなぁということになっている」
中島福祉総務課長はそう切り出した。
「中島課長。以前にも申し上げたとおり、私は南大阪町に恩があります。町が私を使いたいとおっしゃってくださるのは非常に光栄です。大阪府に迷惑がかからないのであれば、お受けしたいと考えています」
私はそう返答した。
「じゃぁ…決まりやね。人事課には私の方から伝えておく。申し訳ないけれど、引き続きよろしく頼むわ」
「承知いたしました」
こうして、私の南大阪町残留が決まった。ただし、3月26日の異動内示日まで、課内の人事異動も含めて一切口外は出来ない。
「生活保護担当課長会議」後、課内では、次年度に向けた準備作業が本格化した。普段は残業するなと口を酸っぱくして課員たちに言っているが、この時期ばかりはそうもいかない。皆必死になって業務を捌いている。あっという間にお彼岸が過ぎ、3月26日の異動内示日を迎えた。
南大阪町では、管理職への内示は午後1時、一般職への内示は午後3時という慣例がある。なお、内示対象者は他課等へ異動する者と昇任する者である。
午後1時。私の前の内線電話が鳴った。電話の主は梶本民生部長である。私は呼ばれるままに部長室に赴いた。心なしか、課員たちの視線が痛い。
「森山課長。申し訳ありませんが、もう1年生活保護課長として南大阪町に力をお貸しください。よろしくお願いいたします」
「部長。ありがとうございます。精一杯、責任を持って務めさせていただきます」
私が生活保護課に戻ると、課員たちが神妙な顔をしてわらわらと集まってきた。
「課長…お世話になりました。大阪府に戻られても、私たちのことは忘れないでください」
広瀬さんがそう言って、泣きそうな顔をしている。
「へ? 私はもう1年残りますよ。今の呼び出しは異動ではなくて、残留の内示です。私の契約は1年単位ですからね」
私がそう言うと、皆は一狐につままれたような表情を見せた。
「森山課長! ありがとうございます!」
阿部主任が抱きついてきた。
「おいおい、阿部主任! 私はそっちの気はないから…」
皆お祭り騒ぎである。そして、心底喜んでくれている…私はそれがとてもうれしかった。
ひとしきり落ち着いた後、私は事の顛末を課員たちに説明した。1月末の生活保護法施行事務監査の後、田代町長から直々に残留を依頼されたこと。当初は渋っていた大阪府の人事も、最後は根負けしてしまったこと。そして何より、私の希望で残留したこと…。
あっという間に3時になり、再び私の前の内線電話が鳴った。電話の主は梶本民生部長で、岩本主任と阿部主任を部長室に連れてくるようにとのことである。
「えっ! ウチは異動はないはずやけどなぁ…」
私は心の中でそう呟いて、両名を連れて部長室に赴いた。
「岩本主任、阿部主任、来年度は、生活保護課の主査として森山課長をサポートしてください」
梶本民生部長は両名にそう告げた。南大阪町では、昇任については理事職のみで決定し、内示当日まで課長職にも知らされないようだ。
その日の夜は皆残業をやめ、駅前の小料理屋に集結した。いつになくいいペースでお酒が進む。
「『歩く生活保護手帳』万歳!」
「こらーっ! 阿部! それは恥ずかしいからやめろー!」
「森山課長、暖かくなったらツーリングですよ!」
「あっ、いいなぁ…後ろに乗せてください!」
「いやだ! 走って後ろをついてきなさい!」
楽しい宴は夜遅くまで続いた。
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