第21話 ゴミ屋敷にどう対処するか?
2018年の年明け早々、民生委員の葛山さんから、町民から苦情が出ているという一報が入った。片山芳久さん・74歳…高齢の単身世帯である。片山さんは身寄りの全くない天涯孤独の身で、私も担当していたことがあるケースである。
15年ほど前から自宅にさまざまなゴミを持ち帰るようになり、家の中のみならず、庭先までもがゴミで埋め尽くされている状態…大阪府南部福祉事務所時代からの、対応困難ケースの1つである。
葛山民生委員からの一報を受け、私と担当ケースワーカーの阿部主任、大阪府南部保健所の金井PSWにも来てもらい、家庭訪問を行った。PSW…精神保健福祉士の同行を求めたのは、周囲から漏れ聞こえる片山さんの状況から、措置入院や医療保護入院の必要性が考えられたからである。訪問には、家主の藤原さんにも立ち会ってもらった。
数年ぶりに訪問した片山家は、ゴミに家が埋まっているような状況…惨々たる状況を呈していた。葛山民生委員の話では、この数ヶ月ほどでさらに状況が悪化したとのことである。ドアを叩くと、片山さんがゴミを掻き分けて出てきた。不思議なことに、当の本人は小奇麗な格好をしており、ゴミ屋敷の主とは到底思えない。
「片山さん。こんにちは。役場の阿部です。こちらはウチの森山課長、隣は保健所の金井さんです」
「ん? お前ら誰じゃ! 敵討ちに来たのか! 成敗してくれるわ!」
片山さんはそう言い放つと、近くにあった箒を振り回し始めた。どうやら、江戸時代の武士のつもりでいるらしい。
「森山課長、阿部主任。これは…妄想が入ってますね。片山さんに統合失調症の既往歴はありませんか?」
金井PSWが、箒の攻撃を避けながら我々に問いかける。
「いや…昔から風変わりな人ではありましたが、既往歴はないですし、こんな様子は初めて見ました」
阿部主任が応じる。
片山さんの威嚇はさらにエスカレートし、一瞬の隙に阿部主任の胸倉を掴んだ。間に入り、2人を引き離す…。騒ぎを聞きつけた近所の住民たちが、家から飛び出してくる…。このままでは、我々のみならず、近隣住民にも危害が及ぶ恐れがある。
「阿部主任。110番通報してください。とりあえず、警察に保護してもらいましょう。金井さん、措置入院が、町長同意の医療保護入院は検討できますか?」
「今のこの状況であれば、検討できると思います。すぐに所に連絡して段取りします」
110番通報から約10分後、複数の警察官が駆け付け、片山さんはパトカーに乗せられた。その後必要な手順を踏んで、九重病院に措置入院となった。主治医の診断によれば、重度の認知症で、急性期を脱して措置入院が解除になったとしても、在宅生活の見込みはないとのことである。
片山さんの居宅は借家である。居宅に戻れる可能性がない以上、家賃…住宅扶助の支給は出来ない。すなわち、居宅を明け渡すことになる。問題は、室内外に大量に放置された「ゴミ」である。さて、どうするか…?
「阿部主任。環境課に連絡して廃棄物収集指定業者を紹介してもらってください。それから、一度現場を見てもらって、見積もりを依頼してもらえますか?」
「森山課長、費用はどうするんですか?」
「ん? 『家財処分料』で出すんですよ。実施要領に規定があるでしょ? 主治医の診断では、快復の見込みはない…6ヶ月以上の入院見込みがあると解釈できる」
「でも…とんでもない金額になりますよ!」
「…でしょうね。実施要領では、『必要最小限の金額』となっています。だから、町の指定業者に依頼して、町基準の安い費用でやってもらうというわけです。金額そのものに上限設定はされてないでしょ?」
「さすが『歩く生活保護手帳』ですねぇ…恐れ入りました!」
「阿部主任、それ…恥ずかしいから止めてよ…」
早速阿部主任が調整し、ものの数日で町の指定業者によるゴミ収集の段取りが整った。
「ところで課長、ゴミの収集の段取りは出来ましたが、誰がゴミを出すんですか?」
「ん? 我々が出すんですよ。人海戦術で…」
ということで、今日2月13日午後…課員総出で片山家のゴミ処理をすることになった次第である。畠山主査、古田就労支援員と岩本主任を課に残し、私も含めた5人で、作業着を来て片山家に向かった。
夏場であれば、暑さで作業の困難度は倍増するが、幸か不幸か、小雪の舞う寒い冬の日である。皆で黙々と作業を進める。見かねた近隣住民も、町内会を動員して手伝ってくれた。南大阪町には、まだこういう助け合い精神が残っているのだ。
人海戦術で、室内外のゴミは2時間ほどで姿を消した。ゴミの量は、パッカー車6台分にも及んだ。ちなみに、ゴミの集積で傷んだ室内は、片山さんが家主に納めていた敷金で補修される。
「阿部さん、課長さん…役場で補修費用出してもらえんかね? 敷金だけでは賄いきれんよ…」
一緒に作業を手伝ってくれた、家主の藤原さんがボヤく。
「藤原さん。申し訳ありません。こればかりは国で決められてることなんで、どうしようもないんですよ。どうかご理解ください」
私は頭を下げた。
「もう、生活保護の人を入れるのは止めようかなぁ…」
藤原さんは、そういい残してトボトボと歩いていった。ともあれ、一件落着である。
「ゴミ屋敷」が社会問題化して久しい。対応困難なケースが多い中、片山さんのケースは、本人が生活保護を受給していて、行政が介入する余地があったこと。結果として、本人を家から離すことができたこと。地域の協力があったことが、比較的早期の解決に結びついたのである。
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