第20話 鈴木さんは暴力団員だった

 2月に入り、私は南大阪警察署に、「暴力団員照会」を行った。生活保護制度下では、現役の暴力団員への保護の適用を禁じている。生活保護法上は、保護が必要な者にはその経緯を問わず適用する旨規定されているのだが、一方で、保護の実施要領では、資産や能力の活用を忌避する者までをも一律に保護適用すべきではないとの考え方が示されている。


 南大阪町福祉事務所のケースには、通称「モトボウ」…「元」暴力団員が7名ほどいる。彼らについては年に1度、警察署に「暴力団員照会」を行うことになっているのだ。


 南大阪警察署に照会文を送った3日後、回答が戻ってきた。回答書が2枚入っており、うち1枚には6名、もう1枚には1名の調査結果が記載されている。6名は「シロ」、1名は「クロ」であった。


 「岩本主任。ちょっといいですか?」


 私は岩本主任に、鈴木浩一郎さんのケースファイルを持ってくるよう伝えた。


 鈴木浩一郎さん・43歳。元山口組系興和会の組員である。覚せい剤使用で数度の逮捕歴があり、大阪府南大阪福祉事務所時代から保護を受けている。保護開始は2012年12月で、刑務所収監中に組を破門され、出所後の生活が出来ないとのことで保護を適用したケースである。私も査察指導員として、保護開始時に担当ケースワーカーと一緒に動いた記憶がある。保護開始時に、すでに組を脱退していることを破門状や暴力団員照会等で確認していたが、今回の調査では、興和会の若頭として登録されているとのことである。いつ復帰したのかは回答書上わからず、その後の警察署への電話照会でも、特定は出来なかった。


 「『モトボウ』の鈴木浩一郎さん…調査の結果、現役の暴力団員であることがわかりました。保護は廃止せざるを得ません。とりあえず調査結果を突きつけて、本人から話を聞きましょう。役場に呼び出してもらっていいですか?もちろん私が同席します。それから念のため、民生総務課にいる警察官OBの竹内さんにも同席してもらいましょう。総務課には私から依頼します」


 民生総務課児童福祉係では、児童虐待の通報があった際に備え、警察官OBを雇用している。必要な時には、生活保護課でもサポートしてもらえるように課同士で取り決めをしているのだ。


 翌日の午後、鈴木さんが何食わぬ顔でやって来た。岩本主任はポケットにICレコーダーを、私はポケットに非常通報装置のボタンを忍ばせ、竹内さんとともに面接室に入った。着座位置は、奥に鈴木さん、その前に竹内さん、両サイドに岩本主任と私…万が一鈴木さんが暴力行為に及んだ場合を想定してのことである。


 「鈴木さん。本日はお呼び立てして申し訳ありません。単刀直入に要件を申し上げますと、実は私どもの暴力団員照会で、あなたが現役の暴力団員…興和会の若頭であることがわかりました。実際のところはどうなんでしょうか? お話をお聞かせ願えますか?」


 私は鈴木さんを刺激しないよう、やんわりとそう切り出した。


 「…1年ほど前に組に戻りました。でも名前だけで、シノギもないので、生活保護がなければ生活が出来ませんねん」


 「鈴木さん。名前だけであったとしても、現役の暴力団員に生活保護を適用するわけにはいかないんです。したがって、保護は明日付けで廃止になります。よろしいですね?」


 私は鈴木さんの目を見て、端的にそう伝えた。


 「課長さん。何とか勘弁してくださいよ。私に死ねというんですか!」


 「いいえ。誰もそんなことは申しておりません。本来ならば、生活保護法第78条の規定に基づき、あなたが暴力団に戻った1年前からの生活保護費も返してもらわなければいけませんが、それはチャラにしましょう。ですので…ご了解いただけませんかね?」


 しばらくの沈黙の後、鈴木さんが切り出した。


 「では、また組を辞めたら保護はかけてもらえるんですか?」


 「保護の要件を満たせば、いつでも保護は適用します。あなたの場合は、暴力団を辞めること。きちんと通院して、『覚せい剤性精神病』の治療に専念すること。主治医がGOサインを出したら、熱心に求職活動をすること。それが保護再開の条件です」


 「組を辞めたのはどないして証明したらええんですか?」


 「まずは、組の破門状や絶縁状を提出してもらいます。それから、二度と暴力団には戻りませんという誓約書、今後どのような生活をするのかを記した自立更生計画書も合わせて提出してもらいます。その上で、再度警察署に暴力団員照会を行い、リストから除外されているかどうかを確認します」


 私は敢えて事務的に、鈴木さんにそう伝えた。


 結局鈴木さんは、大きな声を上げることも、暴力行為に及ぶこともなく、すごすごと役場を後にした。


 「岩本主任。明日付けで生活保護廃止決定の通知書を起案してください」


 私は岩本主任にそう指示した。


 「課長。ありがとうございました。私一人で対応しなければならなかったらどうしようかと思っていました」


 「北山主任。我々はチームで仕事をしています。確かに、鈴木さんの担当ケースワーカーはあなたですが、鈴木さんの保護をどうするかは課として判断します。鈴木さんに限らず、対応困難ケースは課全体の問題として対応します。ご安心ください」


 「課長。鈴木さんの『ナナハチ』…78条は本当に流していいんですか?」


 「『ナナハチ』は、鈴木さんの『悪意』と、保護費をいくら搾取されたのかを立証する必要があります。我々に黙って暴力団に復帰したのは、『悪意』ではあるんですが、今回の場合、いつ組に戻ったのかを立証することができない。まさか『29条』で組に照会するわけにもいかないでしょう? だから、『悪意』はあったとしても、そのことでどれだけの保護費が搾取されたのかが立証できない。鈴木さんにはああいう風に言いましたけど、つまるところ、今ある情報だけでは『ナナハチ』の適用は困難ということです。実際問題、暴力団員への『ナナハチ』適用は、福祉事務所、個別ケースによって対応はマチマチなんですよ」


 「なるほど…さすが『歩く生活保護手帳』だ…」


 横で聞いていた阿部主任が茶々を入れる。それをきっかけに、課内に張り詰めていた空気が一気に緩んだ。

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