第9話 課税調査の季節
生活保護費は、世帯ごとに算定された「最低生活費」を基本に、収入がある人はそれを差し引いて、その差額を支給する。年金や児童手当等、公的給付は全額が収入認定されるが、稼働収入…働いて得た収入は、交通費や保険料等「必要経費」の控除のみならず、「基礎控除」が認められる。実際に収入認定されるのは、稼働収入手取りの7~8割である。したがって、働いている人は、最低生活費+αの生活費が保障されるのである。働いたお金を丸々収入認定されるようでは、働く気力も育たない。
被保護者…ケースには、「収入申告の義務」が課せられている。収入がない人でも最低年1回、収入がある人は、原則その都度の収入申告が必要である。ちなみに南大阪町福祉事務所では、全ケースの約6割に何らかの収入がある。
生活保護費の決定通知書は、保護開廃止の時と、保護費の変更がある時にのみ発行される。毎年4月には保護費の改定があり、全世帯に「保護費決定通知書」が発行されるため、収入申告書を同封して、未提出の場合は至急提出するよう促す。併せて、7月下旬に課税調査を実施する旨の通知文も同封しておく。
7月初旬。一人の女性が窓口にやって来た。高島八重子さん…65歳の単身女性である。担当の北山さんが応対している。10分ほど後…
「課長。高島さんの年金収入未申告がわかりました」
北山さんが私のところにやって来た。
高島さんは1月に65歳になっており、翌2月分から老齢基礎年金の受給が始まっていたが、収入申告を失念していたという。4月14日に2、3月分の8万円、6月15日に4、5月分の8万円が銀行口座に入金されており、年金証書と通帳を持参しているとのこと。
年金収入の収入認定は、2月分は4月、3月分は5月、4月分は6月、5月分は7月というように、2か月遅れになる。そして、収入認定の遡及処理ができるのは前々月まで…すなわち5月までということになる。
「3月分と4月分は遡及処理、5月分は当月処理で大丈夫だけれど…2月分は遡及できないので『63条費用返還』になりますね。3~5月分の12万円は、実質翌月の保護費で調整になるので…8月分の保護費はほとんど出ないことになる。2月分は、別途納付書払いで返してもらうことになります」
私は北山さんにそう伝えた。
「収入認定」と「63条費用返還」。どちらも、支給される保護費が少なくなるという点で共通しているが、前者は、被保護者が得た収入を最低生活費から差し引く。後者は、資力がありながら保護を受給した際に、すで支給した保護費相当額を返還してもらうということで、概念は大きく異なる。
高島さんは、北山さんの丁寧な説明に納得し、帰っていった。
翌週、町民税課に依頼し、被保護者全員の課税データの情報提供を受けた。前年…2016年1月から12月の収入に対する府・町民税額は、2017年6月1日に確定される。町民税課の業務が落ち着くのを待って、情報提供してもらうのである。データは5名のケースワーカーに配布し、それぞれで、1年間の収入申告額と、課税台帳上の金額を突合していく。収入申告がないケースでも油断はならない。未申告収入があるというケースはままある。
ちなみに、前年未申告収入については、本来的には大阪府南部福祉事務所に収入認定の権利があるが、大阪府生活保護課との協議で、後を引き継いだ南大阪町福祉事務所がその処理を行うことになった。
「課長。早速見つけました。石原茂さん。67歳の無職の高齢者なんですが、町内の電気工事会社で就労収入が上がっています。金額は少ないんですが…」
阿部主任が私のところにやって来た。課税額は「0」であるが、3万円ほどの収入が上がっている。
「課長。ナナハチ…ですか?」
「そうですね。残念ながらナナハチです。ちゃんと申告してくれてたら基礎控除や必要経費も考慮できたから、収入認定額はほとんどなかったんでしょうけどねぇ…」
私はそう返答した。
「ナナハチ」…生活保護法第78条に基づく「費用徴収」である。わかりやすく言えば、不正受給による行政罰である。ちなみに、先の「63条」は「ロクサン」という。「ロクサン」「ナナハチ」どちらを適用するかで、天と地ほどの差がある。前者は必要経費や基礎控除が認められるが、後者は問答無用で全額没収である。
10年ほど前、国の金庫番である会計検査院の指導を受け、厚生労働省は、課税調査で見つかった未申告収入は、原則「ナナハチ」で処理するようにという方針を立てた。法定受託事務である以上、その方針には逆らえない。
「阿部主任。石原さんへの説明と、ナナハチの起案をお願いします。もし石原さんが納得しないようであれば、私から説明しますから」
私はそう伝えた。
今年の課税調査では、5件ほどの未申告収入が発覚した。ケースワーカー1人1件の計算…この数字は、少ない方である。南大阪町はケースワーカーも標準数を満たしており、「郡部福祉」ゆえ、ケースワーカー1人当たりの担当ケースも60件程度と少ない。これが都市部へ行くと、標準でもケースワーカー1人当たり80件、多いところでは120件近く担当しているところもあると聞く。ここまでくると、とても目が行き届かない。
そして「未申告」には、確信犯とそうでないケースがある。確信犯に対しては、生活保護法第85条による告訴等も含め、毅然とした対応を取るべきであるが、そうでないケースへの対応が難しい。ケースの能力的問題から、収入申告義務そのものを理解させることが難しい場合もままあるのだ。
生活保護制度が金銭給付の制度である以上、この問題は永遠に付きまとうのだろう。
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