第7話 パチンコ屋に入り浸る高山さん
6月中旬のある日…朝から玉城さんが難しい顔をして電話応対をしている。15分以上続いたであろうか。電話が終わるや否や、私のところにやって来た。
「課長。町民からの匿名通報です。私の担当ケースの高山功さん…30歳の単身男性なんですが、どうやら駅前のパチンコ屋に入り浸っているようです。今も店の外で並んでると…」
就労支援員の古田さんが、
「彼なら、私が2週間に1度就労支援の面接をしています。面接は来週ですが、その時にでも事実確認してみますか?」
続いて、話を聞いていた北山さんが、
「高山さんは、パチンコをしている事実を認めないのではないでしょうか? 開店前から並んでるなんて…パチンコ依存症の臭いがするんですよね…だとすれば、依存は『否認の病』です。いくら我々が聞いても、きっぱりと否定するでしょうね」
と続けた。
「うーん…。北山さんの意見を踏まえると…まずは事実を押さえる必要があるでしょうね。パチンコ屋に踏み込んで、高山さんがパチンコに興じている現場を押さえましょうか。そして、高山さんに役場に来るよう指示してください。お手数ですが…ちょっと見てきてもらってもいいですか?」
私は、玉城さんと古田さんにそう指示した。こういう場合は、不測の事態に備え、2名体制で臨むのが常である。朝10時半過ぎ、2名は駅前のパチンコ屋に向かった。
1時間ほどして、2人が高山さんを連れて戻ってきた。やはりパチンコ屋にいたようだ。高山さんはすっかり縮こまっている。私は古田さんと交代し、一緒に面接室に入った。
「高山さん、はじめまして。生活保護課長の森山です。今朝匿名の方から、高山さんが頻繁にパチンコをしているとの通報がありまして、担当の玉城と古田に確認に行ってもらいました。少し事情を聞かせてください」
「課長さん…私は保護を切られるんでしょうか…?」
高山さんは、オドオドした様子で答えた。
「いえ。ご心配なく。保護を切るということは、あなたに保障されている『最低生活』を奪ってしまうことになります。だから役場としても、そう簡単に切ることはありませんよ。それに、パチンコをすることも、生活保護法では禁じられてはいません」
そう伝えると、高山さんは少しホッとした表情を浮かべた。
「高山さん。問題は『程度』なんですよ。あなたは今求職活動中です。求職活動を続けているということで、保護の要件を満たしています。パチンコに興じて、それがおざなりになっているということであれば、かなり問題ですよね。正直におっしゃってください。パチンコ屋には週何回くらい行ってますか?」
「…週4日…くらいでしょうか? すみません」
「1回にどれくらい使いますか?」
「5000円…くらいでしょうか?」
「あなたは単身世帯なので、生活保護費はそんなに高くはない。1日に5000円も使って…ご飯はちゃんと食べられていますか?」
「パチンコをしていると、ついのめりこんでしまって、お昼は食べないことも多いです」
「高山さん…あなたどれだけパチンコ屋に入り浸ってるんですか! 『程度』を逸してますよ!」
私は敢えて強い口調で、高山さんにそう伝えた。
その後も高山さんとのやりとりは続き…保護受給前からパチンコにはまっており、パチンコ代の工面のために会社のお金を横領してクビになったことや、消費者金融に多額の借金があることが語られた。
「高山さん。事情はよくわかりました。とりあえず今後は、パチンコは慎しんでください。これからあなたをどうサポートしていくかは、ちょっと課内で検討させてください。結果は担当の玉城から伝えますから、必ずその指示に従ってください。いいですね?」
「…わかりました。今日はすみませんでした!」
高山さんはそう言い残し、役場を後にした。
「パチンコ…ギャンブル依存症。ほぼ間違いないでしょうね。一度嘱託医の藤井先生に意見を求めてみましょう。それから、債務整理も必要ですが…これはあとでいいです」
私は玉城さんにそう伝えた。
「課長。債務整理も急いだ方がいいのではありませんか? 債務額がどんどん膨らんでいきますよ!」
「いや。債務整理の優先順位は低いです。これはまた後で説明しますね。それよりも、生活保護費がパチンコに流れることを食い止めるのが最優先ですよ」
「北山さん。申し訳ありませんが、少し玉城さんをサポートしてもらっていいですか?高山さんがギャンブル依存症だとすれば、あなたの臨床心理士としてのスキルが生きると思うんですよ」
「課長。お任せください。一応基本的な知識は持っているつもりですから」
北山さんは快諾してくれた。
「玉城さん。庶務の畠山主査と調整して、嘱託医の藤井先生に相談のアポを取ってください。今後のこともあるので…北山さんも同席してもらっていいですか?それと…急ぎではありませんが、何かの折に高山さんの債務の状況を把握してください」
「玉城さん、いっしょにやりましょう!」
北山さんが応じる。
「課長、北山さん、ありがとうございます。心強いです!」
生活保護の現場は厳しい世界である。ケースワーカーは皆手一杯で、人間関係もどこかギクシャクしてしまうことが多いが、南大阪町の生活保護課には、皆で協力して1つのケースに対応しようという空気が満ち溢れている。これは、元々の「町」としての気質によるところが大きいのだろう。「コンパクトシティ」の良さでもあると思う。
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