第4話 生活保護課が最も忙しい日
4月も下旬に差し掛かった。世間的にはゴールデンウィークも近く、快適な気候も相まって気持ちの良い季節であるが、この頃は、月で生活保護課が最も忙しくなる時期である。何が忙しいのか…? 次月に支給する生活保護費の算定である。
南大阪町役場の生活保護費の支給日は、毎月5日である。1ヶ月あたりの保護費は、生活扶助等の現金支給だけでも3000万円に達する。医療扶助や、直接業者に支払う「現物支給」をも合わせれば、6000万円以上の金額が動くことになる。なお、生活保護費の4分の3は国が、残り4分の1を地方自治体が負担することになる。今回、南大阪町が福祉事務所を設置したことで、この「4分の1」は大阪府ではなく、町が支払うことになった。実質的には地方交付税で補填されるため、町の負担は最低限に抑えられるのであるが、なかなか衝撃的な金額ではある。
生活保護費は、世帯ごとに計算される「最低生活費」を基本に、世帯収入の有無やその金額により増減する。収入がない世帯であれば、単純に世帯ごとの「最低生活費」の支給に留まるのであるが、年金や就労収入がある世帯は、毎月の収入に応じ、最低生活費からの「足らず」を生活保護費として計算して支給することになる。これが結構ややこしい。
実務上は、毎月保護費の「締め」の日が設定されており、現金支給の生活保護費は、各担当ケースワーカーが「生活保護システム」を用いてケースごとに算定、「締め」日までに生活保護課長が決裁する。
そして翌日の朝、課長が「保護費支給点検表」を出力して各ケースワーカーに配布。内容に誤りがあればすぐに修正、再度課長決裁を受ける。すべての修正が終われば、庶務担当の畠山主査が生活保護システムを閉鎖。財務会計システムに接続して、会計課に支払いを要求。承認されれば、口座支給分は、保護費支給日に自動的に各ケースの指定口座に振込がなされ、役場支給分は、生活保護課長名義の管理口座に一括で入金される。これらは支給日の前日に畠山主査が引き出し、人海戦術で封筒分けして、支給の時まで課の金庫に厳重に保管される。
今回、南大阪町として生活保護費の「締め」処理を行うのは初めてである。システムが正常に作動するかすらもわからない。そして、私と岩本主任以外は生活保護システムに触ったことすらない。さらに、岩本主任以外の4人のケースワーカーは、生活保護費の算定作業すら初めてである。
今月の「締め」日は20日である。5月の連休の関係で、保護費支給日が5月2日に前倒しされるため、「締め」日も通常よりも前倒しになっている。ケースワーカーたちは、岩本主任のサポートの下、粛々と算定作業に勤しんでいる。私は回付されてきた「決定調書」を一つ一つチェックしながら決裁をしていく。300世帯…気の遠くなるような作業である。
「玉城さん、このケース、就労収入の認定額間違ってますよ」
「広瀬さん、このケース、障害者加算が算定されてません」
「阿部主任、このケース、家賃額が契約書と違ってます」
「北山さん、このケース、お子さんの高校就学費はどうしますか?」
私は誤りを発見次第、各ケースワーカーに声をかける。
皆悪戦苦闘しているものの、皆で相談しながら着々と作業を進めている。その作業は、20日の終業直前まで続いた。
私はこそっと席を外し、役場地下の売店で、飲み物を人数分仕入れてきた。そして、作業が終わるのを見計らい、皆に差し入れた。
「乾杯!」
誰が声かけするでもなく…畠山主査や就労支援員の古田さんも、自然と輪に加わっている。課員が一つになった瞬間である。
21日の朝、保護費の点検作業も無事に終了。畠山主査による支払い処理も何事もなく終了した。やれやれ…第一関門はクリアである。今後この作業は、毎月延々と続いていくことになる。
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