第8話 曲がり角にはラスボスがいる!!

 追いかけてくる群衆は多種多様で、それこそこの町に住んでいるあらゆる人々が集まり何かの意思をもって追いかけてくるような、謎の狂気をはらんでいた。

 町を覆う灰色のしょう気の色も濃くなる一方、目の前にあるはずの正門は、走ってもいっこうに近づいている気配が感じられない。

 群衆の足音はどんどん近づいてくるし、道に並ぶ高さも距離も横幅も違う障害物を宗士はいつも通りに乗り越え続けた。

 それでも群衆の気配はどんどん近づいてくる。ちらりと後ろを振り向くと、部下の少女たちが平然と後に続いてくるすぐ後ろに暴徒同様の狂気を含んだ人々が武器も持たず素手で迫ってきていた。

 暴徒と違うのは、彼らは何も叫んでいないし目も怒りに満ちていない。

 まるで普段通りか、無表情なのだ。その後ろにあるのかもしれない、大きな意思を感じるほどに。

「ひっ」

 小さく悲鳴を上げる暇はない。かつての記憶と今の記憶が混在し、障害物の影にうまく張られていたワイヤートラップに気づくのがすこし遅れた。

 足先が触れてワイヤーがブツンと大きく弾ける。今まさに手をついていた中古車両が爆発し、勢いで道脇に設置されていたゴミ箱も連鎖するように爆発した。

 爆発は道に沿って相次いで続き、宗士はその場で飛び込むようにして道に伏せた。だがそこで足止めを食っている暇はない。群衆の足音はすぐそこまで迫っている。

「隊長だいじょうぶ!?」

 すぐ近くに倒れていた萌が宗士の手を取り立ち上がらせる。だが宗士は反射的に、自分の手をつなぐ少女の手を振りほどいた。

 萌は驚いた顔をした。宗士も驚いて手を引くが、少女はふたたび泣きそうな顔をしている。

 自分の頭の中で、いろんな記憶の断片がわき起こり混乱するようだった。

 泣きそうな顔をしている萌の後ろから、小麦色に焼けた美月が現れ黙って首を振る。

「こんなことって、こんなことって! こんなの、ぜったいあり得ないよ!」

 宗士は叫んだ。

「どんなことでも簡単に起こせるんだよ! この世界はッ!」

 返すように萌が叫び、その後ろで美月があきらめ顔で首を大きく横に振る。

 さきの爆風であたりが吹き飛び、近くにいたはずの群衆の足音は聞き取れなくなった。代わりに濃い霧と粉塵があたりを覆い、よく耳をすますと、キーンという甲高い耳鳴りの向こう側にかすかに人の動く気配が感じられる。

 ビル風が吹き抜け粉塵が薄くなると、群衆はすぐ目の前まで迫っていた。

 美月が小銃を構えて振りかえる。萌も群衆から宗士を守るべく、宗士を背にして後ろを向いた。

 少女たちの小さな背中を見ながら、宗士はまた一歩引いた。萌も美月も、宗士の動きをちらとも見ない。

「キミたちは、いったい誰なの。敵なの? それとも味方?」

「味方だって言って、隊長信じてくれる?」

 美月が群衆の方を向きながらこたえた。そこには、朝聞いたおちゃらけた様子の丁寧語は感じられない。

 萌の方は答えなかった。

「こ、これ……町ぜんぶの人たちだよ、ね」

 町に広がる不気味な沈黙のなか、宗士はひきつった声で誰ともなくつくやいた。

 そんななか、どこからともなく不自然な電子音がどこからか響く。

「?」

 何がどこで鳴っているのかわからない。その不自然で単調な電子音は、しかも宗士はどこかで聞いたことのあるような音だった。とりあえず自分のスマートフォンかとおもってポケットをさぐったが、特に着信もメールも何もなかった。

 代わりに動いたのが。

「この着信音、きらいよ」

 両手を広げている萌が片腕をおろし、どこの拾いものか分からないセーラー服のスカートのポケットからハンディタイプの無線機を取り出した。

 ちなみに、群衆の中には半裸の女子高生はいない。

「もしもーし」

 萌がそういい無線機に耳を当てる。萌のすぐ近くに宗士はいるが、無線機が誰かの声を拾っている様子には思えなかった。聞こえてくるのは低音と高音の入り乱れた、ほぼノイズ音にしか聞こえないランダム暗号通信だったからだ。

「……」

 萌はしばらく真剣に無線機に耳を当てていた。

 乱れがちな音波状況と間延びを繰り返す暗号通信だったが、途中でぶつっと切れて音が途絶える。

 萌は無線機から耳を離すと、表情を変えることなく無線機を地面に落としてかかとで潰した。

「ダメ。通信チャンネルも限界みたい」

「そう。もうダメなのかも……やっかいな事になりますわねっ」

 わざとらしく言い直して美月が振り返る。その言い方に意味があるのかと宗士も思ったが、それより目の前に迫り来る群衆たちの方が気になった。

「この人たちは、何者なの」

「知りたい? おほん。お知りになりたい? この人たちはわたくしたちの、テーキっ」

 やや楽しそうに美月が答え、小銃を彼らに突きつけて撃つ真似をする。宗士たちを囲む人々の反応はない。

「この人たちはボットよ。意識なんかない、与えられた命令だけを全うする、見た目は人間だけど自律人工無能型の下等なプログラム」

「でも朝までちゃんとしてたよ?」

「朝まではね。わたしたちが助けに来なければ、隊長このひとたちとずーっと日常ごっこ送ってたんだよ!?」

 一対二対多数の包囲網の中。萌がそう言うと群衆の方に反応があった。

 しばらくすると町の人々の包囲が解けて、人々の一角からあきらかに普通ではなさそうな人たちが現れた。

 それは、全身黒ずくめで中肉中背。上半身ほぼ全裸あるいは全裸に真っ黒な薄いスーツを着ているようにしか見えないが、それ以外になんの特徴も持たない真っ黒な三人組だった。

 顔にも特徴がない。むしろ目も耳も鼻もない。それらしい突起はあるけどそこには何もなかった。

 見ようと思えばスーパーマンっぽく見えなくもないが、雰囲気は正義の味方とはとても思えない。

 三人のうち二人は女性型。大きくくびれた足腰と特徴的な胸。

 真ん中の男性型は発達した筋肉の質感を露骨に表現し、発達した大きな脚を見せている。全員が典型的な男性像女性像をなぞってはいるが、個人を象徴するような特徴は一切無い。

「なに……この人」

 宗士はどん引きしながらそう言った。だが、前に立ちふさがる萌と美月は何も動じなかった。

「夢の国の住人ね」

「夢の国?」

「どんな無茶ぶりでも絶対できるからって意味かなー……って、隊長がそう言ってたんだよ」

「ボクが? 前に?」

 萌がそういって振り返ると、おなじタイミングで真っ黒な三人組は美月と萌の前に立ちはだかり腰に手を付け右腕を小さく掲げた。

「侵入者に告ぐ。あなたたちはこの世界の日常を乱している。今すぐ降伏するか、この世界からすみやかに出て行きなさい」

 非情に機械的な音声だった。

「ことわります!」

 萌は元気にそう答えた。それから宗士を振り返って

「この人を返してもらうこと。それから、今すぐあなたたちの管理者は機能を停止しなさい。できないのなら、わたしたちが実力で強制停止します!」

 黒塗りの男女たちに、小さな背中の萌は毅然とした態度で答えた。その言葉が何の意味を持っているのか、最初宗士は意味がよく飲み込めずぽかんとしていたがが、すぐにその意味が分かり始めてはっとする。

 今までもやもやとしていた疑問は直感を通して事実のように認識され、自分は今どこか、自分でもわからない異世界のような所に住んでいる事実を認識させられた。

 では、ここはどこだろう。目の前の少女たちは自分の仲間で、元いた場所に自分を連れて行ってくれると言っている。

 黒塗りの男女や群衆を前に毅然とした態度を取る彼女らは、宗士の価値観に言わせれば非常識そのものだった。

 対する黒塗りの男たちも現実的にはあり得ない姿格好だし、今こうやって少女や自分たちと対峙している間、彼らはじっと動かなかった。

 呼吸の動きもない。肩の揺れ、表情のゆがみも一切ない。

 それこそ、ロボットか何かのようにじっと止まって、顔は宗士の方だけを見ている。

 人間ならどこかとその全体をぼんやりと見ているものだし、動きだってゼロとイチみたいに明確ではない。

 彼らは今でこそ人間離れしている雰囲気だったが、宗士はその違和感に今朝まで気づかなかった。

 周りに立っているのも、ごく普通の町の人たちだ。

 なのに今はちがう。朝の姿が普通なのか。それとも今が普通なのか。

 町全体に、何らかの大きな意思を感じる。

「なんなの、これ」

 町中には静寂が広がり、宗士のうめきに似た声が通りの中で空虚に響いた。

 微動だにしない黒塗りたち三人組のうち、端に立っていた女性型の一人が動きだす。

 萌の動きをそっくり真似ると、両手を腰に当てて胸を張った。

「いますぐ、あなたたちは、機能を停止するか、この世界のルールに従いなさい。しないのならば、私たちが実力であなたたちをデリートします」

 所々不自然な音調ではあったものの、前に一歩踏み出た黒塗りの彼女は萌に警告を発した。そして声はあからさまに人工音声だったが、心なしか実在しそうな誰か声に聞こえなくもない。

「ダメ、ですわね。隊長どうします? あ、ちがった」

 小銃を構える美月が宗士を振り返り、てへぺろといった感じで小さく舌を出す。

「隊長代理の萌ちゃん?」

「むー。ところで理香はどこにいっちゃったの?」

「さあー?」

 もう一人いたはずの隊員を気にして萌が左右を見回すと、遠く群衆とも離れた路地の一角でじっとこちらをのぞき見ている人影がある。

「あっ、あそこにいる人じゃない?」

 理香と呼ばれる彼女がそこにいるし、しかもすぐ後ろには今朝方争ったあの肌黒の大男が立ってこちらを見ている。むしろ、理香を探すより男の方が目立っていた。

「裏切ったとかかな?」

「く、くうーっ! あーいーつーめーまた勝手なことをッ」

 萌はその場で地団駄を踏んだが、彼女の様子を見ても、美月が相変わらず小銃を構えていても、目の前の群衆や黒塗りの男女たちはいっこうに動じる様子を見せない。

 静かに、挙げていた腕を下げて、胸を張った。

「再度警告します。この世界から立ち去るか、その機能を停止しなさい」

「お断りしますッ」

 萌は両腕を腰の後ろに下げた両吊り式のホルスターにかけ、ホックをはずしてゆっくりと拳銃を抜いて構える。

 黒塗りの男そのいちと、黒塗りの女その2その女3はまったく動じない。それどころか、声も出していないのに後ろの町の人たちの方が動き出した。

「くうっ! そうやって数で調子にのっちゃってェ! それ以上近づくと撃つぞ! 撃つぞ撃つぞ!!」

 だが萌は撃たない。

 心なしか拳銃の先が小さく震えているように見える。宗士はそれをみて、彼女も怯えているのに気がついた。

 自分の手のひらにも汗がにじんでいる。この汗は緊張からか。それとも、嫌な何かを感じてのことか。

 少女の背中には今朝弾を撃って空になった対戦車ランチャーの、ランチャーの部分だけが背負われている。美月も小銃を撃たずに弾倉だけ交換して構え直した。道路に落ちた弾倉には、弾は一発も入っていなかった。

 じりじりと人々の包囲網が狭まり、萌と美月、それから宗士はじりじりと交代していく。

「逃げよう!」

 宗士は萌に向かって提案した。

「……わかった。煙幕なら、あと一発くらい」

 そう言って萌がホルスターにくくりつけた炸裂弾に手を掛けると、前に立つ美月が急いで下がって萌の手を抑えつた。

「それ、最後の煙幕だったんでしょう?」

「そうよ。美月は火薬のにおいが好きなんだっけ?」

「それを使って、次はどうする気ですの?」

 美月が振り返り、ものすごい形相で萌の目をにらみつける。

 萌も負けじと美月をにらみ返す。

「これで敵の目をごまかす。風のない町中での使用なら、百メートル四方が約六十秒間煙幕で覆われる」

「その次は?」

「ここから逃げるのよ!」

「ここからどこに逃げるのよ! それに、こんなになっちゃった隊長も連れて行かなきゃいけないんですのよ!?」

「隊長なら頭から下はしっかりしてる!!」

「そんなんじゃ意味ないじゃない! 隊長は先行してMMICSの停止スイッチを手に入れて、この町のどこかに潜伏している。隊長の潜伏先を探し出して合流したら、共同してMMICS、インテンデンツの停止スイッチを起動してインテンデンツの暴走を止める! 完璧じゃないの! それ以外の作戦がどこにあるの!?」

「じゃああなたが止めなさいよ!」

「どうやって! 隊長は見つけたけど普通じゃないし、頼みのインテンデンツを止められるスイッチだって見つかってない、隊長ができないなら私たちだけで任務を遂行しなきゃいけないのにそんなバカスカ弾使って、任務が遂行できると思ってらっしゃるの!? あんたバカじゃないの!?」

「バカバカうっさいこの変態猫っかぶり!!!」

「あンたに言われたくないわよタイチョー代理見習いのちっちゃいの!!」

「うるさいうるさいうるさいッ!!!」

 顔を真っ赤にして叫びながら、萌は半泣きになって右手の拳銃を構え直し美月の頭に狙いを付けて、発砲した。

 空気の衝撃が宗士の鼓膜をゆらし、軽い発砲音が町中に響く。

 そのあと、町には白紫色の硝煙がたちのぼった。

 弾は美月のすぐ近くを通り過ぎ、後ろに立っていた黒塗りの男の胸に命中した。

「!!!」

 萌に胸を撃たれた黒塗りの男は撃たれた衝撃で小さく震え、しばらく立ち続けたあとに大きな音を立ててその場で倒れる。

 それを合図に周りの群衆が大きく動き始め宗士たちを完全に囲む。

 残りの女達もまたすぐに群衆の中に紛れて見えなくなったが、一瞬だけ群衆の後ろで何事も無かったかのように立ち上がった黒塗り男の姿が見えて、群衆にまぎれた。

「こっ、こんなの相手にどうやって勝てって言いますの!? そうだ、さっきの通信でSQ本部はなんて?」

「緊急事態発生につき、しばらく連絡は不能。各員は以後高度な潜伏を継続、任務を続行せよ。次の」

「次の?」

「……そこで終わり」

「隊長?!」

「隊長ッ!!」

 美月と萌二人が宗士を振り返り、無言の群衆が一気に襲いかかってくる。

 人が波のようになって動き捕まえてくる手を宗士は振り払い、懸命に前に進んだ。

 そこには学園があり、正門があって、その先には、偽りだろうが何だろうが自分が通う安心安全なセーフティーゾーンがある。

 そうして記憶の隅には、逃げろと言う言葉。それよりも何か心に引っかかる、何かを成し遂げなければならないという謎の焦燥感。

 知ってか知らずかあとの少女ふたりたちも後に続いた。

 迫る大量の腕、人々の顔、名前も知らないし会ったこともない平凡そうな人たちが一斉に宗士たちにつかみかかり、宗士は手に持っていたカバンで人々を押し返した。

 宗士の手足に腕という腕が迫り、宗士が押しのければ人が倒れ、倒れた人もまた宗士の脚にしがみつこうと這い寄ってきて誰かに潰され、潰した人がさらに宗士に迫る。それを繰り返し群衆は波のうねりのようになって宗士に覆い被さろうとした。

「隊長こっち! つかまって!」

 そこへ、どこに隠していたのか分からないフライトバックパックを背負った先ほどの萌と美月がやってきて、空の上から宗士を引っ張り上げた。

「うわあッ!」

「暴れないで隊長! 落ちる!」

 ぼぼぼっという心許ない排気音をとどろかせ、萌のバックパックは翼を展開し空を飛ぼうとする。しかしバックパックは出力をあげて高度を取るどころか、町の群衆のすぐ上を跳ねるようにして萌と宗士を引きずることしかしない。

「くぅっ! お、重い!」

「おおお、落ちるよ萌ちゃん!」

「こなくそーお!」

 宗士はこの空飛ぶ少女の名前を叫んで、心の片隅でちょっとだけ違和感を感じた。だがそんなひそかな考えも迫る群衆を足で踏みつけ飛び跳ねる恐怖には勝てない。

「わ! わ! わ!!」

「これに掴まるのよ隊長代理!」

 高めに空を飛んでいる美月がワイヤーを垂らし、萌に掴まらせる。萌は宗士を片手で引き上げもう片手でワイヤーを掴むがその下にぶら下がる宗士は、ただただ二人を信じて人々の真上を飛び跳ねることしかできない。

 目の前には、学園の正門がある。

「あそこに落として!」

 宗士は正門を指さした。

「なんでッ!?」

「あそこはここより安全なんだ! キミたちの話はきっと正しいとおもう。けどそんなことより、ボクにはやらなきゃいけないことがあるんだ!」

 宗士は真上の萌に叫びながら、自分の足下にしがみついてくる名前も知らない群衆の頭を蹴った。

 セーラー服にジェットパックを担いで、萌はさらにブースターの出力を上げようとする。だが出力は上がらず、宗士と萌はどんどん高度を落としていった。

「早く! ボクを離して!」

「た、隊長!」

 宗士は萌を、この空飛ぶ謎の少女に感謝の念を込めて見上げた。

「ボクはまだ逃げちゃダメなんだ。ボクには何か、まだするべきことがあるんだ」

「何かって、何を……」

「隊長ー! 隊長代理ー! もう、ダメー!」

 一番上で二人を縦吊りにしている美月が、腕をぷるぷるさせながら必死で叫ぶ。山のようになって宗士の下に集まっていた群衆の一人が、宗士の足を引っ張って力を入れる。

 宗士と萌と美月はがくんとその場で止まり、高度を落とした。

「さあ離して!」

「ッ!!!」

 宗士は懇願するように萌に叫んだ。萌は自分を見下ろし、また泣きそうな顔をしている。

 上では別の意味で泣きそうな顔をしている美月が、顔を真っ赤にしていた。

「今さらこの手を離せだなんてっ! そんなのわたしにはムリッ!」

「今さら何してンだコラァー!!」

「だってわたしたち、ずっと隊長のこと探してきてて! 今までずっと! 今までっ! ずっとずっと、この世界の中でッ!!」

「大丈夫!」

 気づけば宗士の頬に、ぽたぽたと誰かの水滴が落ちてきた。それは誰かの悔し涙かそれとも、ふとした拍子に感情が高ぶって湧き出てきた悲しみの涙なのか。

 それともワイヤーのいちばん上で歯を食いしばりながら二人を引っ張っている、美月の汗か。

 一瞬どの水滴なのかなと余計なことを考えたりしたが、宗士は余裕の構えで萌に合図する。

「大丈夫!! ボクを信じて!」

 その余裕がどこから沸くのか自分でも信じられなかった。宗士は学園の中でも地味な存在だし、運動だって勉強だってできない方だ。そういう自覚があるし、そういう記憶も持っている。

「っ!?」

 誰かが足をつかんで強く引っ張り、宗士を地面に向けて激しく振った。

 宗士は自分から萌の手を離し、萌も掴みきれずに宗士の手を離す。宗士は勢いよく地面に落とされ、バランスを崩した萌と美月は群衆の波の中に墜落していった。

 だがすぐに噴射剤を駆使して人々を蹴散らすと、彼女たち二人はすぐに翼を開いて空を飛んだ。

 宗士は空飛ぶジェットパックなんか持っていない。

 そもそも、そんなまか不思議なものはこの世界に存在しない。

「いててて……」

 顎と頬に強い痛みを感じる。皮膚もすり切れ血が出ていたが、正門はすぐ目の前だ。

 振り落とされた宗士は這いずるように立ち上がった。だが、足を道路に打ったせいか痛みで前に進めない。

 宗士は歩くのをやめ、自分を追いかける人々の方を振り返った。

「隊長っ!?」

「たいちょおおおおー!!!」

 空を飛ぶ不思議な少女たち。二人が、宗士を見て、絶叫を上げる。すると、ワイヤーを持っていた美月の方が、ワイヤーを捨て、翼とブーストを広げ宗士の方に猛然とダッシュしてきた。

「たいちょうあぶなああああいっ!!!」

 両腕と翼を広げ、美月が懸命に助けにやってくる。おなじくらい、群衆が宗士に迫り腕を伸ばす。

 美月の手。

 群衆の腕。

 爆裂するブースターと輝くアフターバーナー。

 どちらが先に宗士に触れるか、それを見届けられるほど宗士の心に余裕はなかった。

 だから宗士は顔をひき腕をかかげて目をつぶったが、次の瞬間なぜか鈍い音がして。

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