森岡信治葬儀 天正五年(1577)桜時
家中安泰
2-1 桜散る
桜は満開だったが、夕刻より降り始めた雨が強まり、次第に風も吹き始めた。一晩にして木々は緑の姿をあらわにする。平川の両岸の砂利や流れの淀むところに、桜のその淡い色が重なっているようだ。
窓より遠目で川原をみる。きっと外はすがすがしいだろう。雨が通り過ぎたのもあり、空は晴れわたる。……館の中というと対照的で、白と黒の色、香木のしけたような匂い。
「まこと、この様なときに亡くなられたのが不憫でならぬ。大浦家三代にわたり仕えた忠臣が、桜をじっくりと眺める暇も与えられずに、あの世へ去ったのであるから。」
大勢の家来衆が、一人の男を見つめる。上座にいるその男はたいそうな"あご髭"をはやし、まだ二十七にすぎないが相応以上の風格を持つ。
彼こそが、津軽為信である。
「そう、森岡信治という人物は、まこと雷のような男であった。昨晩の嵐はまさにそうであり、信治が、嵐を出迎えて、そして従えて、天上界へ昇ったのだろうと私は思う。」
一同、静かである。少しだけすすり泣く声も聞こえるが、この場にいるほとんどは武士なので、わめくことはない。
ちなみに為信の横に座すのは、この福村館の主である森岡信元。信治の跡取りとしてすでに代替わりをしている。無論悲しいことは当然だし、主君の為信が自らこちらへ出向いてくれたことには感謝している。ただこれまでの経緯があるので、なんとも複雑な思いがある。
……今、津軽家臣団はこの館に集結している。為信は名舌を、家来衆は感激し、葬儀は滞りなく終わったのである。
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