1-10 閉ざす

仙桃院は問う。ならばなぜ戻ってきたかと。


 信元は答えた。

「……このまま引き下がるのでは、戌姫……いや、仙桃院様を傷つけただけになってしまう。」


 彼女はその言葉を聞いて、なぜかおかしくなった。表情は硬く保ってはいるが、心中は何かよくわからない感じ。



「信元殿、それで何をなさりたいのか。」



「いや……わかりませぬ。忘れ物があると申して引き返してきただけで、これといって何をなそうとかありませぬ。ただ……。」



 だた……。



 彼女は信元の言葉を待つ。辺りはただ暗闇が広がるのみ。



「ただ……主君の為信を嫌っているのは父上ぐらいなもの。元々あの密書も、敵方よりわたされ申した。」




 …………





「思うのです。われらの主君は、仙桃院様の存在を忘れたことはない。弟殺しも兼平の先代がしでかしたことに過ぎない。同僚の綱則からも聞いておりますが、あいつが嘘をつくはずがないのです。」



 忘れてはないと……。そのあとの話は、頭の中に入ってこなかった。そして、心とは裏腹の言葉で返すのである。



「別の女と二男一女を設けておいて、その言いぐさはないでしょう。」





 信元は次の言葉を話そうと口を開く。しかしその前に彼女は向こう側へ去り、障子戸を閉めた。

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