1-9 信治の子
男のどすの利いた怒鳴り声。
「なにも危害を加えようとしてないわ。今すぐほどかぬか。」
子供らは少しだけ怯えながらも、男を足でけったり胸元を拳で殴ったり。どれほど痛いかは定かではないが、最低でも子供らにされていること自体が屈辱である。
仙桃院は初め事態を飲み込めず、少しばかりそのまま見ていたが、途中ではっと気づき“やめなさい”と子供らに一喝した。
やっとのことで騒ぎは落ち着く。男と子供らは互いに不機嫌そうで、辺りが暗くともはっきりとわかる。……彼女は縄をほどくように命じたが、もともと縄のしめ方などめちゃくちゃで、埒があかなくなったと見るや、彼女自らが小さめの太刀で切り落とした。やはり凶器を持ったとき男は驚いている様子だったが、そんなはずはなかろうと目をつむり、身を彼女に任せた。
……子供らは元いた庫裏へ戻っていった。……落ち着いて見渡すと、池の隣にある梅の花が月明かりで照らされている。桜ほどきらびやかではないが、梅は梅で奥ゆかしい美を持っている。
男は口を開いた。
「……私は、森岡信治の次男で信元と申す。森岡の家を背負い、津軽家に仕えている者です。」
「そうですか……。ほかの兄弟より優秀と聞き及びます。……父上の命でいらしたのですか。引き続き説得せよと。」
信元は首を横に振る。
「いえ、引き返したのは父の命ではございません。独断でこちらへ戻りました。それに父には、説得されるのを気長に待つだけの力はすでにありませぬ。」
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