戌姫と信元
1-6 反乱の種
それは紛れもない証拠だった。すでに紙はしなびているが、字ははっきりと読める。……為信の懐刀、沼田祐光が同志に送った密書だ。
信治は苦笑しながらも読み進めた。仙桃院に容赦ない。とりあえずは耳を塞ぐことなく聞いてはいるが、思考は止まっている。受け入れることのできぬ事実。
「……であるからにして、沼田はこのほかにも同じような文書を万次党などの親しい者に送っております。」
再び、心の鼓動が早まっていく。……ありえぬ、ありえない。それでもまだ確証はない。このままでは信治に負けてしまう。彼女はわざと信治を睨みつけ、強めに話し出す。
「森岡様。……この書面のどこにも主人の字と花押がない。あくまで沼田が指示をだしたこと。主人がやったことにはなりますまい。」
信治は思わず笑ってしまった。後ろの二人はただただ、彼女と信治の話を見守るのみ。
「おかしいことを言いなさる……戌姫様。沼田が動いているということは、確実に為信の命を受けております。あなたが一番ご存じなはず。」
彼女は思わず、悲鳴を上げた。信治と、彼に付き従っている二人、外で密かに聞き耳を立てていた子供らも、……時は止まる。
…………
しばらくたち、日は西の海と山の狭間へ落ちいく。いまだ揺れる彼女は“お帰りください”とだけいい、その場より去った。……信治は落胆する。戌姫が立たなければ、勝算はない。腰を上げようにも立つことできず、その病人は連れの二人に支えられ、その場を後にした。
森岡信治はそのちょうど一か月後、五月の雨がちな日にこの世を去った。だがその意志は無くなることなく、誰ともなく受け継がれていくのである。
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