五話 日常と動き出した少年
5-1
俺がいつもの時間に家から出ると、やっぱり美鈴が待ってくれていた。
美鈴を見るだけで、朝が始まったと思える程だ。
だけど今日は美鈴もおかしかった。
「・・・・・・あ、涼ちゃんおはよー・・・・・・」
美鈴は眠そうにうとうとしている。
そしてそれは俺も同じだ。
「・・・・・・おはよう。・・・・・・行くか」
「うん・・・・・・。涼ちゃんおはよー・・・・・・」
俺と美鈴はそのままふらふらと歩き出した。
頭が疲れて、まぶたも鉄のように重い。腕もだるかった。
書いてる時はあれだけ元気だったのに、書き終わるとどっと疲れが出た。
それにしてもどうして美鈴も眠そうなんだ? それを聞いてみると、
「涼ちゃんが頑張ってたから、わたしも頑張ったの。でも朝陽がのぼる前にちょっと寝ちゃったぁー」
だそうだ。
よく分からないがご苦労さん。
結局、午前中の授業を全て寝た。
それでも昼休みには空腹で目が覚め、弁当を食べる。
そのあと腹がいっぱいになってまたうとうとし出す。
一緒に弁当を食べていた日宮は呆れて俺と美鈴の寝顔を見ていた。
「・・・・・・まあ、なにも言うまい。互いに若いからな。それにしても朝までとは、中杉も意外とやるな。俺にはマネできん」
日宮が何を言ってるかは全く理解できなかった。多分、頭が冴えていてもそうだと思う。
俺は日宮に、美鈴は神村にあとでノートを写させてと頼んだ。
「まだ見ぬ子供の為だ。致し方あるまい」
日宮は腕を組んで頷いた。
「いいけど、あんたらあれからなにしてたの?」
神村は不思議そうに眠る俺達を見下ろした。
あいにく答える気力はない。
そしてなぜか釘笠も俺達と同じく机に突っ伏して寝ていた。
聞いた話では、今日うちのクラスに授業をしに来た教師達はみんな機嫌が悪かったらしい。
なんでだろうな?
五時限目は寝て、六時限目の英語が始まると、俺は目を覚ました。
鞄から昨日書いたノートを取り出す。
もう一度読み返してみるけどやはり恥ずかしい。
もうぐちゃぐちゃだ。ろくなものができていない。
今世紀最大の駄作と銘打てるレベルだと宣言できる。
こっ恥ずかしいのを我慢して、俺は混沌としたノートを人が読めるように整理していく。
よく寝たお陰で、この作業は割とスムーズに進んだ。
あれをここに。それがそうなって、あそこに落ち着く・・・・・・。
授業もそっちのけでシャーペンを動かしていく。
周りから見ればようやく勉強し出したかと思われているかもしれないが、残念ながら英単語の一つも書いていない。
チャイムが鳴るとほとんど同時に、その作業は終わった。
まあ、すこしはマシになったはずだ。
少なくとも俺以外は読めない暗号ってことはない。
俺は背もたれにもたれ込み、ノートを鞄にしまった。
ホームルームが終わると放課後になった。
日宮が鞄を持って、俺の所へとやって来る。
「やっぱり気になるから一応聞いておく。中杉。どうした? どこまでいった?」
「どこ? ・・・・・・いや、うん。ちょっと、やることができた・・・・・・かな」
「ほう」
日宮は意外そうな表情で顎を触わり、格好良く笑った。
そして横を通り抜けながら俺の肩に手を乗せた。
「ははっ。そうか。やることがあるっていうのはそれがなんであれ良い人生を送れている証拠だ。俺も頑張らないとな。じゃあ先に帰るよ。湯飲みはもう少し待ってくれ」
「おう。じゃあな」
日宮はどこか楽しげに歩いて行く。
すると教室の出口で日宮は振り返り、俺に告げた。
「中杉。心が折れたらいつでも言え。お前らは俺が一生食わしてやる」
だから、らってなんだよ?
「そりゃあどうも。頼りにしてるよ」
俺が軽く片手を上げると、日宮は爽やかな笑顔で去って行った。
「さてと・・・・・・」
俺は振り向いた。
しかし、そこにはさっきまでいたはずの釘笠の姿はない。
どこかに消えてしまっていた。
多分この前行ったあの部屋だろう。
フットワークの軽いバカめ。
俺は面倒に思いながらも、結局話をするならあの部屋しかないと気付いた。
さすがに今からする話を赤の他人には聞かれたくない。
俺のそれは、まだ生まれたばかりの柔肌で、笑われたら吹き飛んでしまうからだ。
移動するかと腰を上げると、美鈴が話しかけてきた。
「どうしたの? 涼ちゃん。何か用事があるの?」
「・・・・・・うん。ちょっとな。先に――――」
「わたしも一緒に行っていい?」
上目遣いで小首を傾げる美鈴。
俺は少し悩んだ。
美鈴は幼馴染みで大事な友達だ。
そしてなにより俺を心配してくれていた。
ある意味、今から俺はその答えを出すつもりだ。
当然それは美鈴にも伝えるべきだと思う。
だけど問題がある。俺はあまり美鈴を釘笠に会わせたくない。
タイプも真逆だし、この前も少し不機嫌そうだった。
あまり好きなタイプじゃないのかもしれない。
それにあそこには石川もいる。変なトラブルがあったら後々大変だ。
例えばさっきからちょくちょく鞄から見えている包丁の柄とか凄く怖い。
それも一本じゃない上、明らかに使途不明な形状のものまである。
学校指定の鞄にはちゃんと教科書を入れましょう。
色々考えた挙げ句、俺は嘆息した。
「じゃあ、行くか」
「うん♪」
美鈴は嬉しそうに頷いた。
俺達は誰も居ない教室を後にして、バカの大将が住まう根城へと向かった。
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